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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第2章
13/60

白ご飯のおにぎり 5


 興奮荒く、ボアはユークレースを視界に収めると、その横に転がる一回り小さいボアを見て、ひときわ大きな咆哮を上げた。

 それはどこか、怒り狂うという感情が滲み出たような。


「……もしかしなくてもおかーさん?」


 素早く立ち上がったユークは、ひくりと口元を引きつらせる。

 そのまま剣を構えたユークだが、次の瞬間顔を青ざめさせた。


「――アルフィッ!!」

 突然方向を変えたボアが、ユークよりも近くにいたアルフィリアに狙いを定めたのだ。

 瞬間、ボアの足の地面が抉れる。




 矢のように突っ込んできたそれを、アルフィは咄嗟に地面に転がることでなんとか避けた。

 すぐ前に太い脚と、土煙が視界を覆う。耳のおかしくなるほどの轟音と衝撃。思わず目を瞑ると、数秒遅れて何かが無理やりへし折られるような、耳障りな音が響いた。

 アルフィが顔を上げると、また大きな木をなぎ倒し、ボアが地面を抉っているところだった。


「ちょ、なんで私狙っ、」

「アルフィ!」


 すっかりターゲットロックオンされたアルフィが顔を青ざめると同時に、ユークの鋭い声が飛ぶ。反射的に向けた視界、こちらに向かって地を蹴るユークの姿がある。

 だが、その瞬間大ボアのほうが地面を蹴った。土が抉れる音と共に、アルフィに向かって突進してくる。

 まずい、と思った。ダガーがこれ以上ないほどに赤く震えている。咄嗟に握りしめた手で印を切ろうとするが、詠唱が間に合わないとどこかで理解していた。


 血の気が引き、胸の奥が冷たくなった瞬間、銀の塊がアルフィの前に飛び出した。

 土煙を上げて突進する茶色の質量の前、あまりにも小さな銀の粒だった。

 だが、ジークハルトは低い声を上げた。唸り声のように喉を鳴らし、口を開けた。



 その瞬間。





 轟音と共に、アルフィリアの目の前が真っ赤に染まった。
















 咄嗟に顔を庇い、目を瞑る。熱風が頬を打った。

 全身が熱い。

 そして――こげ臭い。


 何が起こった、と目を開ける。呼吸はできるようだ。

 アルフィリアを庇うように、目の前の地面に小さなジークハルトの姿がある。その向こう、こちらに向かってきていたはずの大ボアが、なぜか燃えていた。

 正確には全身が若干こげ、残る毛皮を小さな火がちりちりと焼いているようだ。大ボアは苦しそうに叫び声を上げると、そのまま横に倒れ、ごろごろとのた打ち回った。火を消そうとしているらしい。

 まるで火の中に突っ込んできたような。そんな印象を受ける。


 呆然としたアルフィの二の腕が、強く引っ張られた。

「っつ!」

「大丈夫か!」

 ユークだった。座り込んだままのアルフィを強引に立たせると、ユークは若干青ざめた表情でアルフィの肩を掴む。

「怪我は!?」

「っ、大丈夫だ」

 肩を掴まれた痛みに思わず顔を歪めるが、それだけ告げるとユークははっとしたように手を離した。

 それから顔を伏せ、短く息を吐く。




「……何が起こったんだ」

 呆然とそう呟くアルフィには答えず、ユークはアルフィの腕を強引に引っ張って大ボアの軌道線上から逸らした。それから眉をひそめ、今だのた打ち回る大ボアを見る。


「……とりあえずこの隙に一旦退却」

「え?」

「ジーク!」


 ユークがアルフィの腕をつかむと同時に、銀色の竜がユークの頭にぶつかった。体当たりを喰らったユークはややよろけたものの、ジークがその隙にユークの肩へ体を巻き、固定させる。

 ジークがしがみついたのを確認し、ユークは片手に剣、片手にアルフィの腕を持って走り出した。


「ちょ、ユーク!」

 引っ張られる形になったアルフィはややたたらを踏んだが、ユークの足は止まらない。足をもつれさせないよう必死に動かし、アルフィは焦ったように叫んだ。

「キノコが!」

 先ほど転がったせいで依頼された袋を落としてしまったのだ。暗にそう告げるが、すべてを言い切る前にユークに遮られた。

「ジークがいれば大丈夫!」

 前を見るユークは振り向かない。


「キュ!」

 ユークの頭上に頭を置いたジークが、指差すように鼻先を一方へ向けた。その方向を確認し、ユークが走る。

「退却してもどうにもならないんじゃ……!」

 大ボアの助走の威力は周りの木をなぎ倒すし、その速さは人の足では対応できない。よほど遠くまで行かなければすぐさま追いつかれるだろう。そう思いアルフィは問うのだが、「逃げるんじゃない」というユークの返答に閉口した。

「狭い空間じゃこっちが不利だから」

 言い切るユークに、不安の影は見当たらない。










 やがてすぐさま、開けた空間が姿を現した。

 木が生えていないぽっかりとした広場のような場所だ。そして目の前に岩壁がそびえ立っている。

「いきどまり、だ……」

 やや息を切らしたアルフィが、苦しそうにそう告げた。足を止めたユークは、ゆっくりと周辺を見渡す。


「いや、これくらいあれば十分だよ」


 冷静にそう言うと、アルフィを崖の傍に立たせた。森から一番距離のある場所だ。

「ボアに狙われたんじゃ逃げ場がないぞ」

 ぼやくアルフィに、ユークはふと笑って、一言。



「その前に仕留めるから大丈夫」



 ぽかんと口を開けたアルフィに構わず、ユークは頭に巻きついていたジークをひょいと押し付けた。反射的にアルフィはジークの体を受け取る。

 アルフィの胸の前でぷらん、と揺れるジークを覗き込んで、ユークは少しだけ得意そうに口元を吊り上げた。

「ちょうどいいやアルフィ。ジークの実力を見せてあげる。……ジークハルト」

「キュ」

 アルフィの持つジークの鼻先に、ユークはそっと剣の持ち手を差し出す。アルフィに向かって刃が向かないように配慮した持ち方で。


「火の祝福を」

 ユークが命じるとともに、ジークはその持ち手の部分、ちょうど刃とツバの境目の部分に、深く息を吐きつけた。

 ふー、と。



 瞬間、思わずアルフィは息をつめた。

 ジークの口から吐かれた息が、きらきらとした光を帯びたのだ。それがユークの持つ剣に吸い込まれたかと思うと、刃の部分よりパキパキとした音が鳴る。

 心なしかユークの持つ剣がわずかに光ったように思えた。

 赤く、熱量を帯びたような。



「……やっぱこんなものか」

 しかしユークは冷静にそれを分析した。少しだけ痛ましげに眉をひそめ、感触を確かめるように剣を振る。赤い光の軌跡がわずかに残り、剣は風を切った。

 ジークも少しだけしょんぼりしたようだ。慰めるようにユークの手が伸びてその頭を撫でる。

「ううん、十分だよ」

 やりとりに首を傾げたままのアルフィを見て、ユークは口元を吊り上げた。

「……なんなんだ?」

「見てれば分かるよ。きっと驚く」

 そして背を向けた。森の入り口に向かって歩き、剣を構える。





「俺は魔法を見たことがなかったけど、」

 森の奥から、木がへし折られる音がした。やがて聞き覚えのある轟音が振動を伝える。先ほどよりも強く、それは大きくなっていく。

「これなら知ってるんだよね」

 やがて。






 ユークの目の前の木が、軋んだ音を立てて倒れていった。

 ドオン、と大きな振動を立て横倒しになぎ倒されたその根元。

 体を焦げ付かせ、ぎりぎりと歯ぎしりさえ聞こえてきそうな、全身で怒りを表現する大ボアの姿がある。

 気のせいでなければ、先ほど見た時よりも怒り狂っているようだ。


 その目はすぐ前のユークではなく、奥に居るアルフィに向けられていた。

 漲る殺気にアルフィの体が強張る。冷たい何かが背筋を駆け抜けた。

――恐怖を感じるのは生存本能からか、それとも。



 めきめきと周辺の枝を折り、大ボアが全身を現す。よほど怒り狂ってきたようだ。どこかに体を打ったのか、ところどころから血が滴り落ちていた。

 体が傷ついても怯まず追ってきたのだろうか。

 やがて大ボアが土を踏み荒らす。頭を低くした瞬間、その頭部をアルフィに向けて突進した。





 正確には、しようとした。







「……――――ダメだよ」

 静かな声だった。緊迫した空間に逢わない、冷静な声だった。

 瞬間、紅い閃光が走る。その軌跡が灼熱に炎上する。



 獣が認識したときは遅かった。その目がとらえた時には遅すぎた。

 大ボアの脇腹に青灰色の青年がいた。青く静かな瞳が細められている。その青年が持つ剣、側面から切りつけた一撃。先ほど弾かれたはずの切っ先が、赤い炎を帯びて大ボアの体にのめりこんでいた。

 それは内側から大ボアの体を焼き、一度体の中で止まるとそのまま力任せに上に引き上げる。

 噴き出す血すら出なかった。ただ傷口から炎が燃え上がった。


 ユークレースが剣を振るうと同時に、その光が灼熱の炎となり、大ボアの腹を抉った。







 大ボアの絶叫。断末魔のそれだ。耳を潰すような叫び声を上げ、大ボアはゆっくりと倒れていった。

 ドオン、と。先ほど倒した木の横にその巨体が転がり落ちた時、すべてが終わっていた。




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