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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第2章
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白ご飯のおにぎり 4

 いくらジークハルトの鼻が利くと説明されても、アルフィリアは信じられない。

 そう素直に言うと、ユークレースはひとつ頷いてから「じゃあ、その実力を見せてあげる」と笑った。

 そんなわけで、朝からキノコ狩りの森まで出向いているのだが。


「……驚いた」

「でしょ」

 得意そうに頷くユークの手には、依頼書に載せられている絵と同じキノコがある。

 その目の前、大きな木の根元には鼻を引くつかせたジークの姿があった。すんすんと鼻を押し付けている場所に、キノコの群生がある。







 アルフィの話を聞いた後、ユークは森に出向く前に冒険者ギルドに寄った。依頼書のキノコのサンプルなどはないか、と受付嬢に聞いたのだ。

 受付嬢は頷いて、「たまたまあったんですよ」と言いながらユークに実際のキノコを持ってきた。なんでも今回依頼されたキノコはそこまで珍しいものではなく、しかるべき場所では普通に売られているものなのだそうだ。ただ群生地が限られているので数が少ない。ちなみに食用ではなく、主に薬などに使われる。

 キノコをひとつ手に取ったユークは、ためつすがめつそれを見、やがて丁寧に返した。

 その後冒険者ギルドを出たユークは、鞄に手を突っ込んでジークに匂いを嗅がせ、森に赴いてジークを外に出した。後は地に降りたジークが匂いを嗅いでぽてぽて歩くのを、ユークとアルフィがのんびりついて行っただけだ。




「この様子だと、薬草探しも楽に終わりそうだな」

「本物があればいいんだけどね」


 今にもキノコにかじりつきそうなジークを、後ろからユークがひょいと抱え上げた。その間、アルフィが手袋をはめた手でキノコを丁寧にもいで袋に入れていく。

「ジークは一度嗅いだ匂いはすぐ覚えるよ」

「では、また機会があったら頼らせてもらおう」


 キノコをすべて採取し終わり、アルフィは立ち上がると周りを見渡した。

「魔物はいないようだな」

「少なくとも今、気配は感じないかな。でも油断は禁物。アルフィ、どれくらい採れた?」

「うーん、もう少しかな」

「ならもうちょっとがんばろっか。ジーク、よろしくね」

 ユークの腕の中でジークが「キュイ」と鳴いた。





 ユークが胸の前で抱いていたジークを離すと、ぱたぱたと羽根を動かしてジークは器用に飛ぶ。しばらく危なげにふらふらと飛んでいたが、やがてぽてりと地面に降りると、そのままぽてぽてと歩き出した。

 先ほどと同じように後ろからついていきながら、ふとアルフィはユークに問いかける。

「なぁ、さっきから疑問に思っていたんだが。ジークは空を飛べるのか?」

「んー? 飛べるよ。……今の姿じゃダメみたいだけど」


 前方に大きな木の根がある時など、ジークは背中の小さな羽根を動かしてふよっと浮き上がり、木の根を飛び越えている。少しの距離なら空を飛べるようだが、しばらくすると苦しいのか高度が下がっていき、やがてぽてっと地面に降りる。その繰り返しだ。

 羽根の大きさと、体の大きさが合わないらしい。


 前に話したことあるっけ? などと前置きして、ユークはジークを見守りながら話す。

「ジークはね、ホントはもっと大きいの。人を乗せられるくらいの大きなドラゴンなんだよ」

「へぇ」

「なんであの大きさになってるのか分かんないんだけどね」

 気が付いたらあぁなっていた、なんてユークは言う。

 アルフィは少し眉を寄せた。相変わらず、ユークレースという青年には謎が多い。

 そうは思うものの、

「……そうか」

 特に深く聞く気もない自分も自分だが、などとわずかに自嘲する。


「羽根の大きさの割に良く飛べるな」

 それ以上の質問を避け、あえて検討違いの疑問を乗せる。質問の方向性を変えたことにユークも気づいたのだろう。頷いて、こう答えた。

「風の術を少し使ってるんだよ」

 ユークが当たり前のようにそう言うので、アルフィは危うく聞き逃すところだった。納得しかけ、いや待て待て、と首を回した。ユークの方に。

「なんだそれ」

「竜術、って呼んでるんだけどね。ドラゴンが持つ特性で…………ん?」


 ユークが説明しようとした矢先、前方を歩くジークの歩みが止まり、低いうめき声を上げた。その声に顔を上げたユークが周囲をくるりと見回し、少しだけ顎を引く。

「アルフィ、分かる?」

「……今ちょっとだけ反応があった」

 アルフィも顔を強張らせ、腰に下げたダガーに手を触れた。持ち主の危険を感知する魔具が、〝危険〟の信号を出したのだ。

「アルフィは動いちゃダメだよ」

 そう言い、ユークは腰に下げた剣をするりと抜いた。銀の刃が太陽の光を受け、一瞬だけ煌めく。

「……群生地近くに魔物がうろいているって、本当だったんだね」

 ジークがそのまま体勢を低くし、臨戦態勢の構えを取る。ユークもまた、剣を両手で構えた。







 一瞬の気配。

 かさり、と横の草音がした瞬間。


 茂みから、茶色の獣が勢いよく突っ込んできた。










 矢のように飛び込んできたそれは、そのまま真正面に突っ込んでくる。――――アルフィリアの方へと。

 ぎょっとしたアルフィが肩を強張らせるのと同時に、ぐいと肩が引っ張られた。青灰色の髪がアルフィの視界を埋めたかと思うと、そのまま地面に押し倒されるように突き飛ばされた。

 アルフィは反動で目をつぶるが、思ったほどの痛みがない。その代わり、暗い視界と共に土煙と耳をふさぎたくなるような轟音が大地を揺るがす。

 アルフィが目を開けると、目の前に見慣れたフード付きマントの留め具が見える。ユークレースがアルフィの体の下になり、抱きかかえるように地面から庇っていたのだ。

「ユーク……!」

「大丈夫? アルフィ」

 頭の上から冷静な声が聞こえ、アルフィが顔を上げるとユークは前方を静かに見ていた。

 頭を抱えるように腕を回していたが、アルフィが動いたのを感じたのか手を離す。

 アルフィが地面に手をついて起き上がると、ユークは一足先に起き上がり、油断なく茂みを睨み付けていた。



 獣が踏み荒らした草が宙を舞う。そのまま獣は背後の木に激突したらしい。

 頭から木の根元に突っ込んだ獣は、数秒の間の後、わずかに後退してゆっくり体ごと振り返る。根元に衝撃を受けた木は、そんなに大きくはないものではあったが、根元から歪んで方向を曲げていた。みしり、みしりと、きしむ音が鳴りやまない。


 歪む木を背後に構えるのは、額が石のように固い皮膚で覆われた、イノシシのような獣だった。

「……ボアだ」

「ボア?」

「森や洞窟に住む、イノシシ型の魔物だ」

 その様子を逸らさず見ていたアルフィリアが呟くのを、ユークレースは警戒を解かず聞き返す。

 ぎりぎりと噛みしめたイノシシの歯の間からよだれが滴り落ちる。とがった鋭い牙が見え隠れし、その赤い目は爛々と輝いている。興奮状態にあるのだろう。

「あの体当たりを喰らったら人間など真っ二つにされるぞ」

「うん。あの木を見てれば分かる」

 ユークがそう答えた瞬間、ボアの背後で木が音を立てて倒れていった。

「うーん。あの皮膚固そうだな。この剣で切れるかな」

「……だが、獲物は小さい。まだ子どものようだ」

 眼前に見るボアは人の胸あたりまでの大きさのもので、ボアにしてみればやや小ぶりのサイズだと言えるだろう。成人した獣は、人の身長を超すサイズのものもいる。

「あの威力でそうなんだ」

「……危害を加えなければ、あちらから襲うことはないと聞いたことがあるんだがな」

 アルフィが怪訝そうに呟く。

「縄張りに入っちゃったかな」

 ユークが呑気にそう返す。

「とりあえず、あれを穏便に止めるのは難しそうだね」

 興奮状態にある魔物は、目を吊り上らせて前足をしきりに土に打ち付けていた。眼前には剣を構えたユークの姿がある。

「アルフィ、次は頑張って避けてね」

「…………自信ないんだが」

 心のこもっていないエールを受け、アルフィの唇がひくり、と強張った。


 同時に、土煙を上げてボアが突っ込んできた。




 アルフィが横に飛び退くと同時にユークも飛び退いた。しかしユークは足を軸にして、わずか体を逸らしただけだが。

 ぎりぎりまで寄せ、軌道修正のできない勢いの場所で躱す。一直線に向かってくる敵には有効な戦法だ。

 すれ違う寸前、ユークは体重移動をそのまま滑らせるように剣を振るった。側面を狙う軌跡は陽の光を反射し、一筋の銀光となってボアの脇腹を狙う。

 だが刃が届いた瞬間、弾かれたのはユークの腕だった。


「――――ッ!?」


 キン、と金属音が響く。わずかバランスを崩したユークは少しだけ焦りの表情を浮かべたが、すぐさま飛び退いてその場から撤退した。

 ボアは勢いそのまま、茂みに頭から突っ込んだ。

「……――った」

 ユークが口元を吊り上げ、剣を持つ腕を振るった。わずかに残る痺れを払うために。

「皮膚が硬質化してんのか。だとすると、」

 茂みから茶色の矢が飛び出す。その勢いは到底人の目で追えるものではない。

 追撃を予め予想していたユークは同じように躱す。猪突猛進型の魔物だ、早々攻め方を変えてこない。

「っと、」

 いささかよろけた足を持ち直す。紙一重で躱し続けるのは集中力を使う。このまま疲労を誘う手もあるが、と思い立ち、ユークはアルフィをちらりと見た。

「あんまり、長引かせるのもね」

 ユークはそう呟き、足を打ち付けて助走に入ったボアに向き直る。そうして剣を構えた。

 そうして、少しだけ自らの立ち位置を変える。


 やがて土煙を上げ突進してくるボアをまた躱すと、その起動線上、ボアの頭は太い木の幹に激突した。

 轟音に耳を塞ぐアルフィ。しかしユークは眉ひとつ動かすことなく、揺れる地面を蹴る。土煙を纏い、幹から顔を離したボアの顔目がけて剣先を振り下ろした。

 瞬間、赤い血しぶきが舞う。


――――グェアァァァァァァ!!


 突き立てた剣はボアの目を抉る。痛みに絶叫を上げる魔物を、素早く抜いた切っ先の血が拭われる前に、その腹に向かって一振した。

 獣は、側面の皮膚は固くとも、急所――腹に当たる部分はいくぶんか柔らかい。

 すくいあげるように振り上げた一撃はボアの腹を切り裂き、血しぶきをあげてボアは倒れた。







「……いっちょうあがり?」

 じたばたと暴れるイノシシを足元に、ふぅと一息ユークは息を吐いた。

 体が大きく丸い分、一度側面に倒れるとボアは立ち上がれないらしい。じたばた暴れてはいるものの、時期に大人しくなるだろう。

「ユークッ」

 派手に血を出したが、ユークの衣服にはあまり飛ばなかったようだ。剣についた血を振り払うユークにアルフィは思わず鋭い声を上げた。ユークが振り返ると同時に、アルフィが強く叫ぶ。


「――――避けろっ!」


 その声に反応できたのは戦士としての反射神経か、戦闘の記憶を覚えた身体能力のおかげか。

 ともなくユークが横に跳躍すると同時に、その背後から獣が飛び出してきた。

 そしてそれはまた、轟音を上げて木をなぎ倒した。




「……あらぁ」

 跳躍時、受け身を取って地面を転がったらしい。地面に寝そべったまま、ユークがぽかんと口を開ける。

 一撃で木をなぎ倒すほどの威力。駆け回る後に残るのは、えぐれた地面と蹄の跡だ。


 先ほどの大きさとはまるで違い、人の身長を超すボアが、鼻息荒く振り返った。



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