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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第2章
11/60

白ご飯のおにぎり 3

 うつろな表情で、青灰色の髪をした青年がベッドに座って頭を抱えている。


 放っておけば地の底にでも落ちていきそうだな、とアルフィリアはこっそり思いながら、タオルでがしがしと頭をかいていた。


 宿に帰って早々様子が変だとは思っていた。だがユークレースが何も言わないので、アルフィはそのままシャワーを浴びると告げ、数十分後、綺麗さっぱりしたところで沈んだユークと出くわした。

 正直、ビビッた。

 ちなみに銀色の竜は、俯いたユークの隣で丸くなっている。


「で、だ。いい加減なにがあったか話してくれてもいいんじゃないか?」


 女将さんが用意してくれたピッチャーから水を注ぎながら、アルフィは黙り込んだままのユークに視線を向けた。いい加減にしないと、部屋の中までぬめっとしそうだ。

 ユークはのろのろと顔を上げる。非常に意気消沈しているらしい。目の下に隈が見えた気がしたのだが、錯覚だろう。たぶん。


「……うん、あのねアルフィ」

「うん?」

「笑わないで聞いてくれる?」

「……はぁ」

「…………――俺ね、ネコ苦手なの」



「………………そうか、意外だな」

 なんと言っていいか分からなくなったアルフィリアは、とりあえずそう相槌を打った。










 時刻はすっかり夜の帳も降りた頃。外が暗闇に染まる時間、宿の一室、向かい合わせのベッドにそれぞれ腰かけ、二人は向き合っている。

 事の一部始終(だがジークハルトを見せたことは言わなかった。なんとなくだ)を聞いたアルフィは、何とも言えない表情を浮かべていた。

 すなわちノーコメント。


「いやあの、ジークは鼻が利くんだ」

 寝台に腰かけて俯いていたユークは、弁解するように顔を上げる。その手は意味もなく上下した後、横のジークハルトを撫でるのに落ち着いた。

「だから、匂いさえあれば探せるから」

 同意するように丸くなったままのジークが少し顔を上げ「キュイッ」と鳴いた。


「……鼻が利くって。犬じゃあるまいし」

「実際犬よりすごいと思うよ。結構匂いで物事判断するみたいだし」

 ユークの付け足しに、ジークが誇らしげに鼻を鳴らすのは良いのだが、アルフィは半眼になってユークを見る。


「肝心のお前さんがダメなら意味ないだろ」

「う」


 ぐさっときたらしい。胸を押さえてよろける仕草をしたユークに、アルフィは首を傾げた。

「そんなに苦手なのか?」


 その瞬間、ユークががばりと顔を上げる。


「だってあいつらの爪! あんな可愛いナリしてね、すっごく痛いんだよ!

俺、子供の頃ネコと戦ったことあってね、その時に首筋ズバッてやられたんだけど血ものすごい出てね、死ぬかと思った! それに引っかかれた時、ちょうど爪がポキッて折れて!」


 必死に訴えるユークが指差した顎のあたりには、確かにうっすらと傷が残っている。


「しばらく折れた爪が皮膚に刺さったままで、抜くの二三日かかって、もうその間傷が……うぅ、やなこと思い出した」


「……確かに、想像すると痛いな」

 大変だったのだろう、青くなって体を震わすユークに、アルフィは遠い目をしてそれ以上の言葉を止めさせる。

 両手で二の腕をさすったユークは、そのままふぅとため息をついた。


「それ以来、なぁんか苦手になっちゃってさー……見るだけでこう、拒否反応が。触るなんてもってのほか。近寄って来られた時にはね、もうさぶいぼが」

「……そうか」

 ちなみにネコの毛とかは大丈夫らしい。人によっては持病を引き起こし命にかかわることもあるので、少なくともユークのそれは深刻なレベルではなく、要するに小さい頃のトラウマなのだろう。


 そこまで聞いて、当然の疑問をひとつ。

「じゃあなんでそんな約束したんだ」

「…………女の子が泣いてたら、どうしてこう逆らえない気分になるのかな」

 ふっと遠い目をして、ユークはそんなことを言った。










「じゃあガンバレ」

「アルフィ様ぁっ!!」


 くるりと背を向け立ち上がったアルフィの腕を、ユークがぐいっと引っ張る。思わず後ろにのけぞり返ったアルフィは、顔を引きつらせて振り返った。

 一応手加減はしているらしいが、ユークが眉を下げてこちらを見上げている。やけに視線が低いのは膝をついているからだ。


「いやだってさ、ちっさい女の子が泣いてんだよ! ほっとける!? 泣き止ますにはあぁ言うしかないじゃん!」

「自分で言い出したことだろーが! 私は知らん!」

「いやお願い助けてアルフィ様! 自分でしたことは重々承知です! ですが今ここであなたに見捨てられたら俺死んじゃいますぅ!」

「でぇい煩いうっとおしい! 腕ぶんぶん振り回すな! ジークがいるだろうが!」

「ジークだとネコ運べないじゃん!」

「自分のケツは自分で拭け!」

「女の子がケツとか言っちゃいけません!」

「怒るとこはそこかっ!」


 ぜぇはぁ。ぜぇはぁ。


 一連の喚きが終わると、二人は荒い息でにらみ合った。

 振りほどこうとするアルフィと縋り付くユーク。

 赤の他人から見たら誤解を生みそうな状況だが、幸いにも観客は白銀の子竜一匹だけだ。その竜といえば、ベッドの上で丸くなりながら紅い目を興味もなさそうに閉じ、くぁ、と欠伸をした。


「……結局、お前の要望はなんだ」

 ため息をついて息を落ち着かせたアルフィは、そのままユークに問いかける。ユークは立ち上がりながら力なく告げた。

「ネコ探すの手伝ってください」

 それから顔を上げた青年は、心底困ったように眉を下げて苦笑する。

「……これでも結構反省してるんだよ。自分でできないこと約束してくるな、ってね。

でもあの時のリコリスちゃん見たら、……放っておけなくてさ」

「……」

「昔からこういうの弱いんだよね、俺」


 はー、と深くため息をついたユークは、そっと掴んでいた手を外した。

「ごめん、やっぱ調子良すぎるね。自分で何とかするよ」

「……できるのか」

 外された腕を引き戻し、軽くさすりながらアルフィは問いかける。ユークは肩を落とした。

「いやー自信ないんだけど、まぁ自分が蒔いた種なので」

 それからとぼとぼと自分のベッドに歩くと、ベッドに座って頭をガシガシとかいた。



 アルフィは眉を顰めてそれを見ていたが、やがて大きなため息をつく。


「……この町にも、ガイドブックに載ってない美味しいものがあるはずだ。暇があれば町の人に聞いて回る予定だった」


 唐突にアルフィがそう言い、ユークが顔を上げた。

 アルフィはぷいと顔をそむけ、わざとらしく唇をとがらせる。

「勘違いするな。私は美味しい店を探すんだ。……そのついでだからな」

 ぽかんと口を開けたユークが、目を瞬きさせた後、へにゃりと笑った。

 髪もぼさぼさで情けない顔だったが、心底嬉しそうな笑顔だった。

「ありがと、アルフィ」


「あとキノコ探し! 仕事は仕事だ、ちゃんと終わった後だからな!」

「そりゃもちろん」

 ついには体ごと背けたアルフィを、ユークはくすくす笑いながら、

「どこへだってお供させてください」

 優しい目で、そう言った。






 安心したらしいユークが穏やかな表情で、隣にいるジークの頭を撫でている。

 ジークは気持ちよさそうに鼻を鳴らした。ベッドの上を占領し、すっかりくつろぎモードのようである。

 考えてみればいつも狭い鞄に入れられっぱなしだから、さぞかし窮屈な思いをしているのだろう。羽根を伸ばして気持ちよさそうに鳴く姿は幸せそうだ。


 背中でちらりとその様子を見たアルフィは、けれどふと、表情を陰らせた。


「……無事に見つかれば、いいんだがな」

「アルフィ?」


 しばし考える素振りをしたアルフィは、やがて意を決したように振り返る。

「見つからなかったときどうするんだ。見つかったとしても、無事じゃなかったときは」


 真剣な顔で問いかける、その瞳に笑みはない。先ほどとは打って変わり、睨み付けるように、諭すように、アルフィはまっすぐとユークを見て問うた。

「あの子に、残酷な真実を教えられるのか?」

「……まだそうと決まったわけじゃない」

 アルフィの言いたいことを察したのか、けれど穏やかにユークは返す。


「それに俺は、分からない真実を恐れて何もしないより、何かをしてから後悔する方がいい」


「……」

「その時はその時だ。その時に考えるよ」


 アルフィはため息をついた。諦めたそれだ。


「……さっき後悔してたくせに」

「それは言わないで。暖かく水に流して」

 さっとユークが視線を逸らす。

 その様子に、アルフィはなんだかおかしくなった。おかしくなって、くすくす笑い出す。

「……お人よし」

「……アルフィには言われたくない」

 バツの悪そうに、ユークは反論した。











「でもねぇアルフィ。いくら俺がお人よしでもね、見逃せないことだってあるんだよ」


 話がひと段落つくと、ユークが声色を変えた。同じ穏やかな顔だが、目が笑っていない。


「今更なんだけど今後のこともあるから、ちょっとここで言わせてもらいます」

「なんだ?」

 咎めるようなそれにアルフィがいささか怯えて返事をすると、ユークは目を細めた。


「アルフィ。キミと俺が同室ってどういうことですか」



 もう一度おさらいするが、現在二人がいるのは宿の一室。縦長のそれは等間隔にベッドが並び、バスルームと簡単なキッチンがついている一般的な客室だ。

 部屋が特別広いわけではないが、狭いわけでもない。くるりと周りを見回し、アルフィは首を傾げる。


「変か?」

「………………変に決まってるでしょ」

 だいぶ長い沈黙を経て、ユークはそう答えた。その顔から笑みが消えている。


「いくら旅の仲間とはいえ俺は男なの。そしてキミは若い女なの。同室っておかしいでしょ同室って」

「シングルの部屋がないと女将が言っていた。ツインの部屋をふたつ取るのもおかしいだろう」


 宿に泊まる手続きをしたのはアルフィで、ユークはその時席を外していた。

 女将もまた、アルフィに「いいのかい?」と聞いてきたのだが、アルフィは「心配ない」と首を振ったのだ。「まぁそうなんだね」と、なにか分かったような顔で頷く女将の様子は気になったのだが、何が分かったのかアルフィは首を傾げたが、あえて問うことはしなかったが。


「それにこうして衝立も貸してもらっただろう」

 ユークとアルフィのいるベッドの間に、今は外されているものの簡単な衝立が置かれている。広げればお互いの姿は見えなくなる。

「……そういう問題じゃない」

 ユークはため息をついた。


「キミね、俺じゃなかったらどうするのさ。俺だったから良かったようなものの、もうちょっと自覚持とうよいろいろ」

「自覚?」

「仮にも女の人なんだからさ。もっとこう、若い男と一緒のシチュエーションには気を使わないと。とりあえず無防備にお風呂とか入らない。そして風呂上り見せない」


 なんで俺こんなこと言ってんだろ、とかぶつぶつ言いながらユークは渋面を作る。

 アルフィはシャワーを浴びた後だから、いつもの格好ではなく簡素な服である。さすがに薄い服ではないが、いつもより身軽な格好をしている。ちなみにユークはまだシャワーを浴びていないから、マントは脱いでいるもののそのままの格好だ。

 アルフィはきょとん、と首を傾げた。


「信用してくれと言ったのはユークだ。だから信頼することにしたんだ」

「……」

「ユークはそういう奴ではないだろう?」


 見境なく、誰彼かまわずとか、そういう性質の男ではない。その面でアルフィは妙な確信を持っていた。


「でも、ユークの気に障ったなら謝るよ。これからは気を付ける」


 親しき仲にも礼儀ありと言うが、ユークとアルフィの関係は始まったばかりだ。少しずつ模索していかなければならない。

 ネコのことにしろなんにしろ、お互い知らないことが多すぎる。

 部屋が同じだとユークが気を使うなら、二つ取るようにしよう。密かにアルフィがそう決意していると、ユークが疲れたようなため息をついた。




「……アルフィ、約束をつけたすよ」

「なんだ?」

「今度から宿の部屋を取る時は俺と一緒に。あと、そんなふうに他の男の前で無防備にならないこと」




 頭をぼりぼりとかきながら、ユークは億劫そうに立ち上がった。立ち上がった拍子にジークが転がる。

「俺もシャワー浴びる」

「あぁ……って待て、ユーク。意味が分からないんだが」

「とりあえず風邪ひく前にちゃんと髪かわかしなさい」

 すれ違う時、追いすがるアルフィの頭をぽん、と叩いた。そうして顔を上げた先には、ユークの苦笑が浮かべられている。



「ほんとキミ、俺で良かったね」

「?」

 首を傾げるアルフィの頭を、ユークの手がくしゃくしゃと撫でた。



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