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竜と食べ歩き。  作者: コトオト
第2章
10/60

白ご飯のおにぎり 2

 固まったユークレース。泣きそうな少女。

 どんな絵面だとアルフィリアはため息をついた。


「それはネコじゃないんだ、残念ながら」


 アルフィが声をかけると、二人が同時に視線を向ける。一方は潤んだ目、もう一方は救いの目。

 ふたつの視線を受け、アルフィは胸を張って堂々と言い放つ。


「蜥蜴だ」

「…………とかげ?」

「そう、蜥蜴だ」


 ユークが傍目にもわかるくらい口元を引きつらせた。



「依頼でな。とある人に、しばらく預かってくれと頼まれたんだ」

「いらい?」

「そう。だから私たちのものじゃないんだ。預かりものなんだよ」

 見せることはできないんだよ、と付け足すとユークが安堵した表情を浮かべる。

 その表情の変化に、言葉に表さずとも何を考えているか丸わかりで、心の中でアルフィはため息をついた。


「ネコさんだと思ったのか?」

 気を取り直し、アルフィもまた少女に向き直る。少女は少し俯いた後、自らのワンピースの裾を握った。



 と。

 タイミングが良いのか悪いのか、食堂の入り口から女将が姿を現す。木の板を踏んで足音を奏でた女性は、右手に紙の束を持ちながら、意外そうに目を見張った。

「おや、リコリス。どうしたんだい?」


 リコリスと呼ばれた少女は、首を傾げて傍に寄ってきた女将を振り返った。その後、何も言うことなくふいと視線を逸らし、逃げるように身を翻す。


「リコリス!」

 礼儀を欠いた行動に女将の鋭い叱咤が飛ぶが、リコリスはそのまま走り去ってしまった。


 女将がため息をつく。

「すみませんね、旅人さん。あの子が何かしませんでしたか?」

「いや、少し話をしただけだ」

 アルフィが微笑んで首を振る。若干一名痛いところを突かれたものの、迷惑をかけられたわけではない。


「娘さんか?」

「あぁ、そうだよ」

 問いかけたアルフィに、女将は苦笑を浮かべながら肯定した。

「宿屋の娘なのに、愛想がなくて困るよ。まったく、誰に似たんだか」

 けれどその言い方は疎むようなものではなく、困っている様子なものの優しい物言いに、どこかホッとしてしまったのはアルフィだけではないだろう。

 女将はテーブルの上を片づけながら、少しずつ話をしてくれた。


「もともと引っ込み思案な子でね。人見知りするから接客もできなくて。まぁうちの旦那が似たような性格してるから、そっちに似ちまったんだろうね。

それでも旦那は料理だけは美味いから、こうして経営できるんだけどね」


 その代わり表に出る仕事はぜんぶあたしがやるんだよ、と女将は困ったように言う。

 美味しい料理は、先ほどから姿を見せない旦那さんが作ったものなのかとアルフィは感心した。


「それにしても知らない人に自分から話しかけるなんてね」

 女将が思い返すようにそう呟けば、ユークが女将を見上げて聞いた。


「ネコ、って言ってましたけど。女将さん、ここでネコを飼っていたんですか?」

「あぁ、」


 そのキーワードに思い当たる部分があったのだろう。合点がいったように目を瞬きさせた女将は、やれやれ、と肩をすくめる。


「特にウチで飼っていたわけではないんだけどね。このへんを縄張りにしたのか、勝手に軒下に居座って、餌ねだってるネコが居たんだよ。ま、ウチに来るお客さん相手にも愛想振りまいてたから、困るものでもなかったんだけどね。

あの子、リコリスが特に可愛がっていたんだ」


 そこまで話し、女将はふと、優しげな光を目に宿した。


「普段はあたしの後ろに隠れておどおどしてたくせにね。自分から餌を買いに行ったり、ネコのことお客さんに褒められると嬉しそうに笑ったり。一人でお客さんの前に立てなかったのに、ネコと一緒にいると平気なんだよ。宿の外で一緒に遊んでるのを常連さんも見てくれて、一種の名物じゃないかって言われたこともあったね」


 人見知りの少女が、ネコと触れ合ううちに変わっていく。その過程が容易に思い浮かべることができて、その様子をきっと、誰もが微笑ましく見ていたのだろう。そう感じることができる物言いだった。


「……けど、最近そのネコ来なくなっちまったのさ。それ以来あの子がふさぎ込んじゃってね」

 女将が眉を下げて肩をすくめる。どことなく女将も寂しげだった。


「ネコ、か」

 ユークが誰に聞かせるというわけでもなく、呟いた。












 部屋の用意をしておくから少し外を回ってみると良い、と言われ、ユークとアルフィは宿を出た。


「どうしよっか?」

「女将さんの言っていた甘辛餅を食べに行く」


 ユークの問いかけに、アルフィはすがすがしいくらいにきっぱりはっきり宣言した。手本にしたくなるくらいの綺麗な即答に、ユークは苦笑を浮かべる。

「俺はまだいいや。……新しい剣でも見てくるかな」

「なら別行動とるか。町の中だし護衛の必要もなかろう」

 ダガーも持ってるし、とアルフィは腰に下げてある剣筒を叩く。少しだけ思案したユークは、こくりと頷いた。


「一人で危ない場所に行かないように。あと一人で危ないことに首突っ込まないように」

「……オカンかお前は」

 アルフィの目が半分になった。


「ねぇアルフィ、離れてても連絡の取れる手段ってないの?」

「……んー、私は知らないがあるんじゃないのか? 魔具屋に行けば何か見つかるかもな。だがそういうのは高そうだな」

「作れないの?」

「……作れないよ。そういうのは専門知識が必要なんだ」

 ユークの言いたいことを察し、アルフィはひとつこれ見よがしに息を吐いた。

「危なくなったら大声で呼ぶことにするよ。ユーク、ってな」

「うん、呼んで。そしたら何処に居ても駆けつけるから」

 にっこり笑って肯定したユークに、アルフィは半眼のまま呟く。

「……信用ならん」

「そんなこと言わないの!」




















 アルフィと別れたユークは四角い鞄を持って、ひとりふらふらと歩いていた。

「どこ行こうか、ジーク」

 鞄に向かってこっそり話しかけるが返答はない。鞄に入っているときは声を出さないでねと約束したのはユークだから当たり前のことだ。気にせずユークは空を見上げる。

 暖かい晴れの天気だ。散策がてら街を見て回るのもいいだろう。


 ふと、視界の片隅で目に止まるものがあった。

 トウモロコシの明るい黄色。するりと身を翻して走る小さな姿だ。

 思わず足を止めて、その方向に視線を向ける。ピンク色のワンピースが、小さな路地に消えていった。

「……」

 ユークはためらわず、足をそちらに向けた。



 小さな路地を歩くと、くねった回り道をして、やがて宿屋の裏にたどりついた。

 工具が置いてあるのだろうか、小さな倉庫が置いてある前に少女の後ろ姿がある。

 倉庫の入り口の前で、何か俯いているようだ。足元には平べったい皿と、乗せられた数本の煮干し。


「それ、ネコちゃんの?」


 問いかけると、びくりと肩が強張った。

 恐る恐る振り返るリコリスを怖がらせないように、にっこりと笑いながら手を振る。

「こんにちは、リコリスちゃん」

「……」

 リコリスはスカートのすそを握って、俯いてしまった。

 唇をかみしめてわずかに震えている。ユークは苦笑を浮かべると、ゆっくりと傍に近づいて行った。


「ちゃんと餌あげてるんだ。えらいね」

「……」

「あ、これネコの絵が描いてあるんだね」


 リコリスの隣にたどり着くと、そのまま脇に鞄を置き、膝をついてしゃがみこんだ。淡いピンクの平べったい皿は雨風にさらされたのか、やや薄汚れている。ためらわず手に取り、皿に描かれた小さな黒猫を指差してにっこり笑った。


「ネコちゃん専用?」

「……」

「黒猫なの?」

 ユークが首を傾げると、リコリスは少しだけ目線を動かして、それから小さくぼそぼそと答えた。

「……が、う」

「ん?」

「……とら」

「……とら模様?」

 こくりとリコリスが頷く。そうなんだ、とユークも頷いた。

「虎猫なんだ」

「……ちゃいろ」

「ん?」

「ちゃいろの、ぶち」

「しま模様は茶色なんだね」


 リコリスがたどたどしく答える小さな声を、ユークはひとつひとつ丁寧に拾い上げて答えた。

 おずおずと見上げる青い瞳には、ニコニコと笑ったままの青年の顔が映っているだろう。


「虎猫ってさ、なんか強いイメージがあるんだよね。群れのボスみたいな」

「……」

「むかーしね、俺、虎猫と喧嘩したことがあるんだよ」

「……」

「近所におっきなネコが居たんだ。そいつが困った奴でね。おっきいくせに身軽だからどこでも入ってきて。当時ね、俺がとっても大事にしてた木の模型をね、どっから入ってきたのかわかんないけど部屋に入ってめっちゃくちゃにしちゃったんだよ」


 昔を懐かしむように話すユークの言葉に興味を引かれたのか、リコリスが少しずつ顔を上げてくる。ユークはあえてそちらの方を向かず、皿に視線を落としたまま続けた。


「俺、昔からあんまり怒らなかったけど、その時ばかりはもうカンカンに怒ったの。ホウキ持ってね、こらしめてやるーって虎猫が住んでたあたりに押しかけて、そこからは大ゲンカ。叩いたり引っかかれたり、しまいには大人も出てきて止められて、こっぴどく叱られたよ」


 それからユークは顔を上げると、顎の下あたりを指差した。


「ここにうっすら傷残ってない? これね、その時にできた傷なんだよ」

 リコリスがそっと覗き込んでくる。しばらく見せてやると、リコリスが小さく声を出した。

「……いたく、ないの?」

「うん。もう痛くないよ」

 頷くと、リコリスがほっとした顔をした。ユークは優しく目を細める。

「リコリスのネコちゃんも、それだけ強い?」

「……わかんない。でも」

 数秒の沈黙の後、リコリスは首を振った。


「きっと、つよいよ」

「強いんだ?」

「ナァもおっきかったの。リコリス持てなかったの」

「おっきいネコさんだったんだ。ナァ、っていうの?」

「うん」


 こくりとリコリスは頷く。そして顔を上げ、少しだけ誇らしげに胸を張った。


「リコリスがつけたの。オトコノコ。ナー、って鳴いたからナァ」

「ナァくん?」

「うん」

 頷いたリコリスは、力説するように拳を握る。

「いつも逃げるけど、たまに触らせてくれるんだよ。リコリス、いつも触ってた。ふわふわしてるんだよ」

「へー、いいなぁ」

「でも、噛んでこないの」

「噛まないんだ?」

「爪も出したことないの」

「引っかかれたりもしなかったんだね」

「リコリスが触っても、お客さまがたくさん触っても、逃げなかったんだよ」

「そっか。優しいネコさんだね」

 ユークがそういうと、リコリスがその瞬間、顔を綻ばせた。

「……うん」


 出会ってから初めて見せた微笑みに、ユークは小さく安堵の息を漏らした。








「…………でも、いなくなっちゃった」



 笑みから一変、少女はユークの安堵とは裏腹にしょんぼり肩を落としてしまう。

「もう、三日も来てないの」

「……うん」

「おとーさんもおかーさんも、そのうち帰ってくるから放っておきなさいって言うの。

でも、リコリスは不安なの。も、もし、どっかで、うごけなくなっちゃってたら、って……さみしいって、おなかへったって言ってたら、かわいそう……!」

 リコリスは感情が高ぶったのか、ぽろぽろと涙を零し出してしまう。


「けが、してたら、どうしようって……!」


 すると横から、すっと指が伸びてリコリスの頬を拭った。優しい目をしたユークが、リコリスを覗き込んでいる。


「そうだね、心配だね。ナァくんがどこかで迷子になってるかもしれないもんね」

「……、う、」

「でもねリコリス、ネコって意外と強いんだよ」


 少女の頭をゆっくりと撫でて、ユークは諭すように続けた。

「だからね、きっとさみしいって泣いてないと思うよ」

「……ほんと?」

「うん、だってさっき言ったじゃない? ナァくんは強いんだって」

 おずおずと見上げるリコリスに、ユークはにっこり安心させるように笑ってみせる。


「リコリスもナァくんに負けないようにしないと、リコリスがめそめそしてたら、帰ってきたナァくんに呆れられちゃうよ」


「……うん」

「よし」

 やがてこくりと頷いたリコリスの頭を、ユークは優しく撫でた。











「泣かないようにリコリスが我慢したら、ご褒美に俺がナァくんを探してくるよ」





 きょとんとしたリコリスが、その瞬間ぱぁっと顔を輝かせた。

「ほんと!?」

「うん、ほんと。俺にはね、探し物が得意な相棒がいるんだ」

 にっこり笑うユークに、リコリスは首を傾げる。


「あいぼー?」

「そう。……そうだねぇ、誰にも言わないって約束してくれたら見せてあげる」

 悪戯っぽくそう言うユークに、リコリスは少しだけ考えた後、こくりと頷いた。

「うん、誰にも言わない」

「約束できる?」

「約束する」

 ユークが差し出した薬指に、リコリスは小さな薬指を絡ませる。

 ゆびきりげんまん。うそついたらはりせんぼんのーます。


「よし、じゃあ、ほら」

 ユークが四角い鞄を手に取り、ふちを開けてリコリスに見せる。

「覗いてごらん」

 リコリスが身を乗り出し、それから大きな青い瞳がまんまるく見開かれた。






 挨拶をするように、鞄の中でジークハルトが「キュウ」と鳴く。


「……これ、ドラゴンだ」

「そう、良く知ってるね。ドラゴンだよ」


 子どもが言い当てるくらいだから、アルフィの言っていた通りドラゴンの出てくる童話はメジャーなようである。蜥蜴の説明をしなくて済んだとひそやかに安堵する。


「ジークハルトって言うんだけど。こいつはね、鼻が利くんだよ。だからナァも探せると思うよ」

 ユークはそう説明するが、リコリスは聞いているのかいないのか、ただ茫然と鞄の中身を見ているだけだ。

 やがて見下ろされているジークが居心地悪そうに首を傾げる頃、リコリスはようやく合点がいったのかみるみるうちに顔を輝かせてユークに言った。


「じゃあお兄ちゃん、ゆうしゃさまだ!」

「……え?」


 きょとんとするユークに、リコリスはきらきらとした瞳を向ける。

「わたし、知ってるもん! ドラゴンはゆうしゃさまと一緒にいるんだよ! ゆうしゃさまを悪いまおうの元へ連れてってくれるんだ!」


 リコリスの物言いに、ユークはひそやかに目を細めた。何かを考えるように目を閉じると、それから顔を上げてにっこり笑う。


「実はね、違うんだリコリス」

「えー?」

「俺はね、このドラゴンを勇者様の元へ連れて行く予定なの」

 だからね、と口元に人差し指を持ってきて、リコリスに顔を近づける。

「他の人に知られちゃいけないんだ。これは内緒なんだよ」

「ないしょ?」

「ひみつなの。勇者様に逢うまでは」

「ひみつ」

「うん。秘密にしてくれないと、ナァくんも探せないんだ」

 しー、と指を立てると、リコリスはぱっと口に両手を当てた。それからこくこくと頷く。


「約束だよ、リコリス」

 ユークは満足そうに頷いた。



たらしユーク。

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