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去ったあとで  作者: あめとおと


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1/4

偽りの聖女だった私の、その後


彼女が聖女だった頃の話を、覚えている者はもう少ない。


王都の外れ、小さな巡礼宿で、リリアは洗濯物を干していた。


冷たい水で指先は赤くなり、かつて宝石に飾られていた手とは思えない。だが、それを気にする者はいないし、本人ももう気にしていなかった。


「リリア、水桶もう一つ頼むよ」


主人に呼ばれ、彼女は「はい」と素直に返事をする。


昔なら考えられないことだった。


かつて彼女は“選ばれし聖女”だった。


奇跡を起こす存在。

民に愛され、王子に寄り添い、誰よりも祝福されるはずの少女。


――そう、思っていた。


実際には違った。


奇跡は彼女の力ではなかった。

祈りの儀式も、治癒の光も、国を守っていた結界も。


すべて、本物の聖女が支えていた。


静かで目立たない、あの少女が。


リリアはただ、称賛を受け取っていただけだった。


最初は知らなかった。

途中で気づいた。

でも――やめられなかった。


拍手は甘く、視線は心地よく、王子の優しさは自分の価値だと思いたかったから。


だから彼女は笑った。


本物の聖女が断罪された日も。


「偽物が排除されてよかった」と。


その三日後、結界は崩れた。


魔物が現れ、治癒は止まり、祈りは空を切った。


国は混乱し、調査が始まり、真実はあまりにも簡単に暴かれた。


彼女は処刑されなかった。


ただ、聖女ではなくなっただけだった。


称号を失い、家名を外され、王都を去ることを命じられた。


それだけ。


それだけだったのに。


誰も彼女を見なくなった。


洗濯物を干し終え、空を見上げる。


夕焼けが広がっている。


ふと、巡礼客の会話が耳に入った。


「新しい聖女様、すごいらしいな」

「辺境の疫病、一晩で鎮めたって」


リリアは手を止めた。


名前も聞こえた。


聞き覚えのある名前だった。


胸の奥が、少しだけ痛む。


嫉妬ではない。


後悔でもない。


ただ、理解だった。


――あの時、隣に立っていたのは奇跡そのものだったのだと。


風が洗濯物を揺らす。


彼女はそれを押さえ、少し笑った。


「……明日は、晴れそう」


誰に向けるでもない言葉。


拍手もない。

視線もない。

奇跡も起きない。


けれど、水桶は重く、夕食の匂いは温かかった。


そして彼女は、ようやく知った。


祝福とは、与えられるものではなく、

失ってから気づくものなのだと。





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