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第6話

翌朝、俺は身支度を整えながら、今日の計画を頭の中で組み立てていた。

街に出る。まずはそれが第一歩だ。食料の補充もしたいし、生活用品もいくつか足りないものがある。何より、収入を得る手段を見つけなければ話にならない。


「ご主人様、お出かけの準備ですか?」


ユキがテーブルの向こうから声をかけてきた。昨日の夜、スマホの基本操作を一通り教えて予備のスマホを渡したのだが、今朝もさっそく画面をスクロールしている。覚えが早いどころの話ではない。


「ああ。街まで結構かかるから、早めに出ようかな。」


「かしこまりました。お気をつけて。」


ユキの声は相変わらず淡々としているが、どことなく見送りに慣れていない感じがした。まだ二人の生活が始まって間もないのだから、当然か。


靴を履き、ダンジョンの入口へ向かう。洞穴を抜けると朝の空気が肺に入り込んできて、思わず深呼吸した。ダンジョンの中も快適だが、やはり外の空気は違う。土と草の匂いがして、遠くで鳥の声が聞こえる。

そういえば、ユキも外に出たいとかあるのだろうか。今度聞いてみよう。


祖父母の家を通り過ぎ、舗装された道に出た。最寄りのバス停までは徒歩で30分ほど。田舎暮らしの洗礼だが、元社畜の俺にしてみれば満員電車に揺られるよりよほどマシだ。


バスを待つ間、俺はスマホを取り出した。

街に着いてから何をするか、もう少し情報を集めておきたかった。銀行口座の残高が脳裏をよぎり、胃がきゅっとなる。いかん、考えるな。今は前に進むことだけを考えろ。


ふと、指が止まった。

スマホの画面に表示されたニュースの見出しに、見覚えのある名前があったからだ。


『最年少Aランクパーティ"烈風"、大型ダンジョン第12層を突破! リーダー風見隼人「仲間の力です」』


あぁ、こいつだ。

会社を辞めた日の朝、テレビで見た若い攻略者。あの日の俺はベッドの中で惰眠を貪りながら、画面の向こうの眩しすぎる笑顔に、半ば呆れ、半ば羨んでいた。

あれからまだ一ヶ月も経っていないのに、自分の状況がここまで変わるとは思いもしなかった。


攻略者か。


改めてその言葉を意識すると、自分が今どれだけその世界のことを知らないかを思い知らされる。ダンジョンマスターにはなったが、攻略者の実態についてはほとんど何も知らない。テレビやニュースで断片的に見聞きしてきた程度だ。

街に出る前に、もう少し調べておくべきかもしれない。


バスの到着まではまだ時間がある。俺は検索窓に「攻略者 なるには」と入力した。


まず出てきたのは、攻略者協会の公式サイトだった。

攻略者協会。攻略者たちを統括する組織で、攻略者として正式に活動するにはここへの登録が必要らしい。ランクの認定、依頼の仲介、ダンジョン攻略の安全管理。要するに攻略者にとってのハローワークと資格認定機関を足したようなものか。

元社畜的にはそういう説明が一番しっくりくる。


ランク制度はE~Sの6段階。新規登録者はEランクからスタートし、実績を積んで昇格していく。Sランクは国内に数人しかいないらしい。さっきニュースで見た"烈風"はAランクパーティだから、相当な実力者ということだ。


さらに読み進めると、登録の条件が書いてあった。年齢制限は15歳以上。身分証明書と、協会指定の適性検査を受ける必要がある。適性検査の内容は「基礎体力測定」と「魔力感応テスト」。スキルの有無は登録時点では問われないが、実際にダンジョンに入ってスキルを覚醒させないと、まともな活動はできないとも書かれていた。


スキル覚醒。

この単語が気になって、さらに調べてみる。

人間は誰でも潜在的な魔力回路を持っているが、通常の生活では起動しない。スキルを覚醒させるには、ダンジョン内部の高濃度魔力環境に身を置く必要があるらしい。逆に言えば、ダンジョンの外でいくら身体を鍛えても、スキルは絶対に身につかない。


「なるほどな……。」


だから攻略者志望の人間は、危険を承知でダンジョンに入るわけだ。スキルを得るためには、モンスターがうろつくダンジョンに飛び込むしかない。しかも何のスキルが覚醒するかは個人の素質次第で、戦闘向きじゃないスキルが発現するケースも多いという。

なかなかにギャンブルだ。


俺もダンジョンマスターになって召喚の天賦こそ得たが、ダンジョン外では天賦は発動しない。攻略者としては完全にゼロからのスタートになる。


もう一つ、気になる情報があった。

ダンジョンマスターと攻略者の関係性についての記述だ。


攻略者にとって、ダンジョンは攻略すべき対象であり、ダンジョンマスターは倒すべき敵である。ダンジョンの最深部にあるコアに到達し、破壊することで膨大な魔力と経験値を得る。それが攻略者の最終目標。

つまり、攻略者から見れば、ダンジョンマスターは「ラスボス」だ。


その事実を改めて文字で読むと、腹の底がひやりとした。

もし俺が攻略者になったとして、ダンジョンマスターだとバレたら、どうなるのか。


……考えたくもないが、少なくとも歓迎はされないだろう。


バスが来た。

スマホをポケットにしまい、乗り込む。乗客は数人の高齢者だけで、車内は静かだった。窓の外を田園風景が流れていく。


揺られながら、俺は考えを整理していた。

調べ始めたはいいが、本当に攻略者になるのか。なったとして、うまく行くものか。


しかし、バスに揺られながら俺の気持ちは固まっていた。


「今さら普通の会社員をやる?無理だね。」


上司からも部下からもプレッシャーを感じる毎日、帰って寝るだけの生活、趣味に興じる活力もない休日。うんざりだ。


攻略者として登録する。ダンジョンマスターであることは隠す。Eランクから地道に活動して、収入と実戦経験を積む。それが当面の方針だ。

幸い、ダンジョンマスターかどうかを外見から判別する方法はないらしい。天賦はダンジョン内でしか発動しないから、外にいる限りは普通の人間と変わらない。適性検査で引っかかる可能性も低いだろう。多分。


まずは攻略者協会の場所を確認しよう。今日は下見だけでもいい。登録に何が必要か、現地で直接聞いてみるのが確実だ。


バスが大きく揺れ、スマホに通知が来た。

ユキからだ。メッセージアプリの使い方も教えたのだが、もう使いこなしているらしい。


『ご主人様。インターネットで「ダンジョンマスター」と検索したところ、攻略者との関係性について気になる記述を見つけました。攻略者はダンジョンマスターを敵と見なしているようですが、ご主人様が外で活動される際、大丈夫でしょうか。』


思わず苦笑した。俺がさっきまで考えていたことと、まったく同じことを心配してくれている。


『大丈夫。ダンジョンマスターだってことは隠して活動するつもりだ。外にいる限り、バレる心配はほとんどないらしい。』


返信を送ると、数秒で既読がついた。


『承知いたしました。ですが、くれぐれもお気をつけください。』


『ありがとう。何かあったら連絡する。ユキも、分からないことがあったらメッセージくれ。』


『はい。ご主人様。……このすまーとふぉん?でしたか、非常に便利ですね。』


ファンタジーな存在がスマホに感心しているという絵面を想像して、つい口元が緩んだ。


バスの窓の外に、少しずつ建物が増えてきた。

田園風景が住宅地に変わり、やがて商業施設の看板が目に入る。最寄りの街、といっても地方都市だ。都心と比べれば賑やかさはそこそこだが、それでもまあまあ混雑している。


バスが終点に着き、俺は降りた。

まずは攻略者協会だ。スマホの地図アプリを開くと、駅前から徒歩10分ほどの場所に協会の支部があるらしい。


歩き出しながら、俺はもう一度スマホの画面に目を落とした。

さっきのニュース記事がまだ開きっぱなしだった。"烈風"の風見隼人が、仲間と並んで笑っている写真。Aランク。俺はこれからEランクだ。同じ攻略者でも、天と地ほどの差がある。


だが、不思議と悲観する気持ちはなかった。

元社畜の新入社員時代を思い出す。何も分からないまま放り込まれ、毎日怒鳴られ、それでも少しずつ仕事を覚えていった。あの時と同じだ。最初は誰だって何も知らないところから始まる。


違うのは、今度は自分で選んだ道だということ。

誰に命じられたわけでもない。自分の意思で、ここに立っている。


駅前の通りを歩きながら、俺は攻略者協会の建物を探した。


――――

貯金残高:450,000円 / ダンジョン蓄積魔力:20

スキル:なし

眷属:ユキ(エルダーエルフ)

――――

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