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第2話

一度落ち着くべく家に帰ったとき、俺はまだ現実を受け止めきれていなかった。

自分の身に起きた出来事を説明しろと言われても、説明できるはずもない。ダンジョンに足を踏み入れたら、何かが目覚めた。それだけだ。だがその「何か」は、確実に俺の身体に刻み込まれていた。

脳の中には常に構造図がある。ダンジョンという空間そのものが、俺の意識の延長線上にあるような感覚。それが実感を持ち始めていた。


「ダンジョンマスター、か。確か珍しいんだっけ?」


呟きながら、俺はベッドに仰向けになった。スマホを手に取り「ダンジョン」と検索する。

出てくるのは一般的な知識ばかりだ。

ダンジョンの出現以来、その存在は一般にも広く知られており、社会制度・法律・経済のすべてがダンジョンの存在を前提として成り立っている。

ダンジョンマスター(管理者)と攻略者の人口比はなんと約1:100,000。ダンジョンマスターは圧倒的少数派であり、強大な力を持つがゆえに羨望と警戒の対象となっている。

現在、地球上のほとんどのダンジョンはすでに発見・占有されており、新たなダンジョンの出現は極めて稀な事象とされている、らしい。

うちの裏山のダンジョンはよく発見されずに残っていたものだ。


さらに検索を進めてみる。

ダンジョンは自然発生する魔力の結晶体であり、最初にダンジョンのしきいを越えた者が自動的にダンジョンマスターとして覚醒し、ダンジョンコアとの精神的リンクが形成される。確かに、これは俺が体験した内容とも一致する。この記事は信頼に値するみたいだ。

一度マスターが定まったダンジョンの所有権を移転するには、攻略者がダンジョンを最深部まで攻略し、ダンジョンコアに直接触れる必要がある。コアに触れた瞬間、旧マスターの権限は剥奪され、新たな触れた者にすべてが移譲される。ただし、攻略者がコアに触れてもマスターに「なる」かどうかは選択できる。攻略者にとってダンジョンは明確に敵であるため、多くの攻略者はコアを破壊し、蓄積された魔力と経験値を回収することを選択する。


「……マジか。これって、ダンジョンがあることがバレたら一瞬で攻略者が押し寄せてくるんじゃ……?」


その夜、俺は眠ることができなかった。昼間読んだ記事のこと、それに、常にダンジョンとのリンクを感じていて睡眠に落ちることができなかったのだ。

夜明け前、何度目かの深呼吸をしながら、俺は一つの決意を固めた。

試してみるしかない。ダンジョンに行って、その力を確認する。それ以外に、自分の状態を理解する方法はないはずだ。


朝日が昇り始めた頃、俺は再び洞穴へ向かった。ダンジョンが俺を導いているかのように、ふらふらと吸い寄せられるように。

洞穴の入口に到着し、俺はゆっくりと中へ進んだ。このダンジョンはまだ出来たばかりのため、ろくに拡張もされていない。

しばらく歩くと最も広い空間に到達した。奥にはダンジョンコアが浮遊している。この状況もめちゃくちゃ危険だよな、早く何とかしないと。


ともあれ、俺は脳に浮かんだ知識を実行に移すことにした。


天賦。

ダンジョンマスターに覚醒した際、唯一にして固有の特殊能力「天賦」が付与される。

天賦は自らのダンジョン内でのみ効力を発揮するが、その力は攻略者のスキルを遥かに凌駕する。「ダンジョン内では神に等しい」という表現は、天賦の強力さを端的に示す際に、用いられることがあるようだ。


そして俺に与えられた天賦が「召喚」。異なる存在を、此の世に呼び寄せる力。

何を呼び寄せるかは、俺の意思でもコントロールはできない。

召喚にはコストを伴う。魔力か現金から選べるらしいが、現金って……。ファンタジーらしくない選択肢もあったものだ。

ちなみに召喚の天賦に限らず、この2種類のコストはダンジョン内のあらゆる操作に共通らしい。経験値はあくまで俺自身の成長に使うもので、ダンジョンのコストには充てられないようだ。

支払ったコストが大きければ大きいほど、強力な眷属を召喚できる確率が上昇する。確率ってところが、またいやらしい。


今回は、魔力をコストとして選択することにする。マスターになった瞬間から、何となくダンジョンが保有している魔力の総量を、感じられるようになっていたからだ。


「これって全部使ってもいいものなのか?よく分からん……。まあ、確率を左右するならケチってもしょうがないか。」


俺は、空間の中央に立ち、目を閉じた。そして、脳に浮かぶままに言葉を発した。


「幽世の導に従い来たれ異郷の住人。」


次の瞬間、ダンジョンから魔力が吸い上げられるような感覚とともに、空間が歪んだ。

その歪みは何か硬質なものを引き裂くような音を奏でながら、やがてゆっくりと回転し、一つの渦になり、渦はゆっくりと人の姿をかたどり始める。


そして――ダンジョンの地面に、人影らしきものが文字通り崩れ落ちた。


「はっ……?」


俺は、反射的に後ずさった。何が起きたのか理解できなかった。

ゆっくりと近づいて確認すると、落ちたのは、一人の女性のようだった。

しかし、その体は血が乾いたような跡に覆われ、四肢のうち右腕と左足は根元から欠損し、両目も失われているように見えた。

酷い状態で性別も判然としないが、ひどく汚れた白銀色の長い髪が唯一女性らしさを表していた。


近づいて耳をすますと女性は弱弱しく呼吸をしていた。生きている。だがその呼吸は浅く、危うい。

とにかくこの女性をどうにかしなくてはならない。その直感だけが、俺を動かしていた。

救急車?いや、まず真っ当な医療で救える状態ではないのは明らかだ。救急車の到着を待たずに彼女は死ぬだろう。

思考が高速で巡り、そして最近ダンジョンマスターとして目覚めたときに得た一つの知識に思い至る。


「そうだ、ポーション!」


ダンジョンマスターは、コストを支払うことでダンジョン内のエリアを拡張したり、モンスターやトラップを配置したりといったカスタムを行える。

その一つとして、ポーションなどの消耗アイテムを生み出すことができるということを、俺は昨日知識として把握していた。


となると、支払うコストだが……。


魔力は召喚の際にほぼ全て支払い、経験値なんてものも昨日まで一般人だった俺には無い。

残った最後の一つが、現金。


「さっそく現金頼みかよ!ファンタジーどこ行った!」


なんてボヤいてみるが、目の前の現実は変わらない。使う暇もなく残していた貯金と、最近支給された退職金をポーションに変換していく。

どういう仕組みか、脳内にはポーションとの交換レートも自然と浮かんでいた。

ちなみに俺はポーションの使い方なんてわからない。だが目の前の女性は意識も無いようで、飲むことはできないだろう。

だから、瓶詰で現れたポーションを、変換したそばからぶっかける。間違っていたら、それはもうしょうがない。とにかく急がないと。


5万……10万……30万……。どんどんと脳裏に浮かぶ全財産の数字が減っていくストレスは中々のものである。


あれ、俺は見ず知らずの相手になぜここまで必死になっているんだろう。なんて考えも浮かぶが、しかし、ここまで来たらもう止まるなんて選択肢はない。

次々とポーションを消費し、100万円が消えた頃。女性の呼吸が徐々に安定していくのが分かった。


ほとんど止まりかけで風が鳴るような呼吸だったのが、すーすーと一定のリズムで刻まれ始めたのを確認し、俺は胸をなでおろす。

命の危機だけはひとまず抜けたのではないだろうか。


――――

貯金残高:3,000,000円 / ダンジョン蓄積魔力:0

スキル:なし

眷属:ユキ(エルダーエルフ) ★New!

――――

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