08 初演習 前編
最初の演習地は、学院外縁に設けられた初級訓練区画だった。
学院は星蝕への貴族の義務を果たすことを目的として、設立された経緯がある。
だから、有事での恩寵や魔術の扱いを身体で覚えさせる演習の時間が圧倒的に多い。
整地された草地に、人工的に配置された岩塊と低木。
結界の内側には、人工魔物が放たれている。
攻撃性は抑えられているが、動きは実戦を想定したものだ。
生徒たちが所定の位置に並ぶと、教官が一歩前に出た。
「演習に入る前に、ひとつ伝えておく。
入学式でも伝えられたと思うが、学院内では、爵位や家格を意識した呼称は原則用いなくていい。
特に星約同士は、名や姓に敬称は不要だ。対等な関係でなければ、連携に支障が出る」
「これは命令だと思え」
演習では座学の教師と違い、軍の士官クラスから教官を招いている。
実践経験を経た本物の軍人が放つ威圧感に空気がわずかに引き締まった。
そのまま、説明が続く。
「今回の課題は、星約ごとに下級の人工魔物三体の制圧。
前線は前衛・後衛の役割を、後方は継続支援と安定供給を意識しろ。
どちらも、連携が崩れた時点で減点対象になる」
周囲では、すでに小声の打ち合わせが始まっていた。
◇
前線に振り分けられた者の中でも、レオニスとセラフィナは、特に注目を集めていた。
器用に魔術を使いながら大剣を扱うレオニスと、回復の光が触れずに広がるセラフィナの恩寵は同世代にも知られている。
一方で――
同じく前線に振り分けられたリネアとクロウも、地形図を静かに見下ろしていた。
おそらく、下級の人工魔物は動きが単調のはずだ。制圧するのが弓なら、位置取りが重要になる。
「……クロウ。一つ、確認してもいいですか」
少し遠慮がちな様子のリネアに、クロウは弓を下げたまま、視線だけを向けた。
「ああ、問題があるなら今言ってくれ」
「私の回復の恩寵は、あまり強くないので触れないと使えません」
前提を、はっきりと言葉にする。
「だから、前衛の真後ろか……あなたが、すぐ届く距離にいたいです」
一瞬、間があった。
クロウは地形図にもう一度目を落とし、紙の上に記された魔物の配置予測を確認した。
「……了解した」
短く言って、指先で位置を示す。
「なら、フォレストはこの岩塊の内側。三歩下がった位置なら、俺に届く」
「そこなら、触れられる距離を保てます」
「無理に前へ出る必要はない」
「はい。必要なときだけ出ます」
それで話は終わった。
余計な説明も、疑問もない。
(……やりやすい)
自然と、リネアはそう思っていた。
◇
開始の合図と同時に、獣型の人工魔物が動いた。
――速い。
けれど、雑だ。
(動きは直線的。誘導は簡単)
射線を確保するために、魔術で足場を作りながら、クロウは魔物の死角となる高い位置を確保している。
リネアはそのやや後方で、前に出ない。
代わりに、魔力の流れと地形を読む。
「右、二体。間合いに入るのは三秒後です」
「了解」
返事は短い。
次の瞬間、光の矢が放たれ、最初の一体の動きを止める。
さらに、もう跳躍したもう二体目も正確に捉えた。
「クロウ、後ろに!」
次の瞬間、低木の向こうから、歪んだ影が現れる。
瞬時にクロウの弓が引かれる。
放たれた矢は、人工魔物のを掠めたが致命傷ではない。
だが、十分だ。
「今です」
リネアは補助魔術の術式を展開して、取り逃した人工魔物の視界を僅かに歪める。
支援に気を取られて、クロウの射線が乱れることはない。
三体目。最後の一体の額を矢が打ち抜いた。
制圧完了。
人工魔物が霧散し、結界が静まる。
教官が一歩前に出た。
「ノクエル、フォレスト班」
自分たちが呼ばれて、リネアは顔を上げる。
「安定していた」
「位置取りが良い。恩寵に頼らず、後衛が前に出すぎないのも良い。取り逃した魔物も、冷静に捌いたな」
簡潔な評価。
魔術盤が映すその様子を見ていた生徒たちからは、ひそひそと声が上がる。
「減点なしか」
「瞬殺のレオニスのとこは別格として、位置取りが上手かった」
「崩れないのは、結構強い」
リネアは、静かに息を吐いた。
横で弓を下ろしたクロウが、ちらりとこちらを見る。
「……問題なかったな」
「はい」
一拍置いてから、付け足す。
「連携、取りやすかったです」
「そうか」
それだけで、会話は終わった。
今は、それでいい。
リネアは、次の演習地を示す旗へ視線を向けた。
恩寵を使わずに済んだことに、そっと胸を撫で下ろす。
星約も演習も、始まったばかりだ。




