04 星約 後編
署名式を終えたあとは、各自クラス分けされた教室へと移動させられた。
星約相手とは座学や演習も、一緒に受けることになるので基本的に同じクラスになる。
星対が変わればもちろんクラス移動もあり得るが――。
生徒たちが振り分けられた教室に入ると、担当教師が簡単に言った。
「では、名と家名、恩寵の系統だけ述べていけ。詳しいことは授業が始まれば、どのみち知ることになるから、後日でいい」
一人ずつ立ち上がり、短く名乗る。
拍手も、歓声もない。
星約の衝撃が残っているせいか、皆どこか現実感が追いついていない様子だった。
そのまま簡単な注意事項が伝えられ、入学二日目が終わった。
◇
校舎を出ると、すでに空は柔らかな茜色に染まっていた。
「長い一日だったな」
レオニスが伸びをしながら言う。
「星約の発表だけだったのに、妙に疲れたな」
「みんな緊張してたもんね!」
セラフィナが大きく頷く。
「でも、ちゃんと決まったし。これで一安心ね」
その声は、心から明るかった。
「私とレオニスは、まあ予想通り」
「言い方」
「だってそうでしょ?」
くすっと笑ってから、セラフィナはクロウを見る。
「クロウは?」
「……どういう意味だ」
「星約の感想」
少し考えてから、クロウは答えた。
「第一印象は、良くも悪くない」
「あれ?"悪くない"んだ」
セラフィナは楽しそうに目を細めた。
「クロウ、珍しいね?」
「……そうでもない」
「幼馴染だから、わかるよ」
胸を張るセラフィナに、レオニスが苦笑する。
「まあ、フォレスト家ならそういう評価になるだろう」
「どんな子なのかな……」
セラフィナが、そわそわと歩調を速めた。
「ねえ、私、先に寮に帰っていい?」
「どうした、急に」
「だって、リネアさんにちゃんと挨拶したいんだもん!」
屈託のない声。
「自己紹介は形式的だったし」
「……そういうものか」
「そういうもの!」
セラフィナは力強く頷いた。
「クロウの星約の相手だよ?仲良くしたいに決まってる」
「変わらないな、お前は」
「えへへ」
寮の方角を指差して、弾む声で言う。
「じゃ、また明日ね!」
軽い足取りで去るセラフィナの背中を見ながら、クロウは小さく息を吐いた。
(……星約、か)
今日一日で、決まったことは多い。
けれど、実感はまだ追いついていない。
◇
セラフィナの姿が見えなくなって、残された二人の間に、ほんの短い沈黙が落ちた。
レオニスは歩きながら、ちらりと横目でクロウを見る。
「……悪かったな」
唐突な一言だった。
「何がだ」
「俺とセラフィナのこと」
「今さらだ」
クロウは肩をすくめる。
「最初から、そのつもりでいた」
「それでも、だ」
レオニスは視線を前に向けたまま、続ける。
「俺がセラフィナと星約になる以上、お前のところで何かあるだろうとは、思っていた」
「宰相派か」
「どうだろうな。神殿だって最近はどうも怪しい」
この数十年、頻発はしていても大きな星蝕は観測されていない。
平和な治世。
それは同時に、軍の発言力が削がれやすい状況でもある。
それでも星蝕は恐れられ、災厄を制圧する王立軍やそれに連なる貴族は頼られる。
平民からの支持も高い。
だからこそ――
他派から見れば、俺たちは扱いづらい。
「俺は、セラフィナがいる」
レオニスは淡々と言った。
「個人の感情を置いておいても、星約としては上等だよ」
「……そうだな」
セラフィナの恩寵はおそらく学院の中でも抜きん出てる。
演習でも前線配置になる者にとって、彼女と組めることは明らかに優位だ。
学院での成績は卒業後の評価にも直結する。
だからこそ、血族の末端の出自に関わらず、ヴァレンティ家がセラフィナを早くから引き入れてきた事実がある。
まだ幼かったクロウが出会った時から、レオニスの婚約者候補として。
「でも、お前は違う」
クロウは否定しなかった。
ノクエル家は、軍務卿ヴァレンティ家にもっとも近しい分流。
軍務参謀卿は王立軍では実質二席目に座す。
他派が勢力調整で手を出しやすいのは自分だろうと、予想はしていた。
クロウは小さく息を吐いた。
「……正直、候補は何人か考えてた」
「子爵か男爵あたり?」
「ああ。宰相派の下位貴族か、あるいは神殿」
「あまり露骨な組み合わせは、学院“だけ”では決められないだろ」
――だからこそ、
「フォレストは……少し意外だった」
「だよなあ」
レオニスと空を振り仰いだ。
「歴史はある。国への貢献もそれなりだが、当代は中立でとにかく出世欲が薄い。
娘の恩寵も特段強いとは聞かない……まあ、地味だよな」
「どこからも、都合がいい」
「そういう意味では、な」
政治的には、理解できる。
「……本人は、どう思ってるんだろうな」
クロウの脳裏に、壇上で向き合った少女の姿が浮かぶ。
驚いてはいた。
だが、怯えてはいなかった。
視線が合ったときの、あの感覚。
(……変な感じだった)
恋愛感情でも、警戒でもない。
期待や打算とも違う。
自分を見ているようで、見ていない。
肩までの薄い栗色の少し癖のある髪と、水色の瞳。
容姿はそれなりに整ってはいるが、特別に目を引く華やかさは無い。
ただ、風のない日の湖面のような、静かな眼差しだけが印象的だった。
「リネア・フォレストか」
「名前で呼んだの、初めてじゃないか」
「……そうかもしれない」
不思議と、口に出しても重くならなかった。
「裏がないなら、“悪くない”相手だと思うぞ。お前の勘も信用できるからな」
レオニスは軽く笑ってから、少し声を落とした。
「セラフィナのこと、気にするなとは言わない」
「気にしてない」
「そうか……」
「俺たちは、これでいい」
「……ああ」
それは、幼い頃から何度も確認してきた答えだった。
セラフィナと出会ったときから、恋と呼んでいいのかも分からない感情は静かに閉じられている。
求められる役割。
選べない位置。
そして、選ばれないこと。
それが当たり前のことで、期待も落胆もない。
歩きながら、クロウは強く差す西陽に目を細めた。
(星約、か)
意外ではあった。
だが、拒む理由はない。
リネア・フォレストが、自分をどう見ているのかは、まだ分からない。
ただ一つ。
あの眼に、嫌な予感はなかった。
それだけで、今は十分だと思えた。




