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リネアの選択  作者: とたか たか


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33 揺らがない

 演習が始まってからすぐに、小隊は目に見えて形になっていった。


 学院が選び、均した編成は的確だった。

 前線の圧力、後衛の補助、観測と判断の速度。

 どの隊も少しずつ無駄が削られ、動きは洗練されていく。


 リネアたちの隊も、セラフィナたちの隊も。大きな破綻はなく、むしろ安定していた。

 昼休み、中庭でその話題になったときのことだ。


「上手くいってるのは、分かってるのよ」


 セラフィナが腕を組み、少しだけ不満げに言う。


「でも?」


 リネアが首をかしげる。


「これから、校外演習があるでしょ?

 あれが別隊なのは、やっぱり少し寂しいよ」


 理屈は理解している顔だった。

 恩寵の系統、戦力の分配、学院の評価。

 それでも、感情は別だ。


 レオニスが軽く肩をすくめる。


「まあ、順当な編成だ。文句はない」

「ないけど、寂しいものは寂しいの!リネア、私のこと忘れないでね」


 素直に嘆いて、リネアをぎゅっと抱きしめる。リネアも気持ちとしては同じだった。


「でも、どこもちゃんと機能してるね」

「ああ」


 クロウが短く答える。

 そのとき、ガイたちが通りがかりに口を挟んだ。


「イリスんとこも、意外とまとまってるしな!」


 レオニスが鼻で笑う。


「“意外と”って失礼だろ」


 イリスの小隊は、主君と従者たちという特殊な構図のまま、なぜか統率が取れているようだった。

 演習外でもメンバーが彼女に付き従う様子には独特な空気がある。


「……あれはあれで、完成されてるよね」


 エマが苦笑しながら評した。

 確かに、どの隊も大きな問題はない。

 だからこそ、とレオニスが続けた。


「この感じだと、星約に大きな動きはなさそうだな」


 空気がわずかに変わる。


「解除の申請を出した組がいるって話、出てないし」


 セラフィナは即座に首を振った。


「解除なんて考えたこともない」

「俺もない」


 ね、と迷いのない調子で、セラフィナとレオニスが頷き合う。


「お前らもだろ?」


 一瞬だけ、静かな間。


 クロウはリネアを見た。

 ただ、同じ場所に立っていることを確認するような視線。

 リネアも、真っ直ぐ見返した。

 言葉は特に交わすことなく、それからクロウが前を向く。


「ああ」


 短く、確かに。

 その隣で、リネアも控えめに頷いた。





 星約再編の発表を数日後に控え、学院内はわずかに落ち着かない空気に包まれている。

 人気のない階段の踊り場で、腕を引かれてミカは足を止めた。


「ミカ」

「どうしたの?」


 以前、演習で補助枠を務めた同じクラスの女子生徒だった。


 干渉の恩寵に何度も助けられたことで、気づけば必要以上に距離を詰めてきた子。

 そして、自分と星約を組み直したい、とも。


「ちょっと話したい」

「いいよ」


 彼女は視線を落ち着きなく彷徨わせて――そのまま、ミカを見た。

 すぐに逸らすが、完全には外れない。


「私、ちゃんと考えたの。

 あのときは浮かれてただけじゃない」


 言葉を選ぶように視線を落とす。


「やっぱり、ミカと組みたい」

「なんでそこまで?今の星約も悪くないと思うけど」


 しばらく沈黙が落ちる。

 それから、少し頬に赤みがさして、意を決したように息を吸い込む。


「……好きなの」


 熱を含んだ視線がミカを捉えた。

 さっきよりも、はっきりと。


 ミカは、数秒だけ黙る。


「ごめんね」


 柔らかい声だったが、温度はなかった。


「……どうして?」

「君、星約と険悪になったでしょ。俺が原因」

「それは……」

「これで平民の俺と組めば、卒業後の社交にもきっと障りが出るよ」


 貴族の中にはミカの出自に差別的な者も少なくはない。

 彼女の星約である男子生徒にも、表立っては出さなくてもその傾向があった。


「でも、クラスでは私たち仲も良かったじゃない。

 演習でも助けてくれた。だから、私……」

「クラスメイトだし、補助枠だったからね」


 特別な意味はなかったという線引き。

 それでも、女子生徒は怯むことなく一歩踏み出す。


「諦められない」

「無理だよ」

「身分なんて、どうとでもできるわ」


 強く言い切る。


「……俺のどこが、そんなにいいの」


 困ったように息を吐くミカに、女子生徒は一瞬、言葉を詰まらせる。


「だってすごく綺麗で、明るくて、いつも優しくって……」


 そこで、視線がミカの顔に絡みつくように留まる。


「恩寵だって珍しいし。皆も、そう言ってる」


 言葉を重ねる。


「だから、星約として側にいないと心配なの」


 “心配”という言葉の中に、囲い込む意図が滲む。

 少し冷えたミカの目に気づくと、焦って続ける。


「星約のこと、お父様に相談したっていいんだから。

 ミカの恩寵ならきっと欲しがる。私の家は学院に顔も効くもの」


 追い詰められたように、少しだけ皮肉げに笑う。

 ミカは、はあ、と小さくため息を吐いた。


 そのまま、ゆっくりと手を伸ばす。


 彼女の顔の上部を掴むように、額から目元にかけて覆う。

 指がこめかみを押さえ、視界が狭まる。


「……ひっ!なに」

 

 乱れた髪と指の隙間から、赤い瞳が覗く。

 逃げ場のない距離で、視線が絡む。


 そのとき。


 女子生徒の瞳が虚ろになる。

 胸の奥で燃えていた熱が、すっと冷めていく。


 あの日助けられた記憶。

 特別だと錯覚した時間。

 優しさだと信じた行動。


 それらの意味づけが、静かに書き換わる。


 ――助けられたのは事実。

 ――でも、それ以上ではなかった。

 ――当たり前で、特別な意味はない。


 手が離れると、彼女はふらつき、瞬きを繰り返す。


「……あれ?」


 苦しくなるような胸の切なさも、焦がれるような想いも、もうどこにもない。

 理由のわからない空白だけが残っていて、妙にすっきりと澄んだ気分だった。


 それなのに、今話していた内容は霞がかったように遠くおぼろげだ。


「わたし……」


 困惑した声。

 ミカは、いつもの笑顔に戻っていた。


「楽になった?」


 その一言に、彼女は戸惑いながらも、小さく頷いてしまう。


「……うん」

「ならよかった。教室もどろっか」


 階段を下りる足音が、やけに軽かった。

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