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リネアの選択  作者: とたか たか


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29 揺れる星約

 二学期最初の演習の授業は、いつもの演習地ではなく教室で行われた。

 教官の軍服とは違う、落ち着いた学院正装。

 教壇に立つ教師が、眼鏡の位置を整えた。


「えー、今期からの演習は、星約単位を基礎としつつ、複数星約での連携を行います」


 教壇の奥に張り出された大きな紙に簡単な図が描かれる。

 星約ペアが四組。そして、それを括る円。


「実際の任務では、複数名が同時に行動する場面が多い。

 星約単位を保ったまま、六〜八名程度の小隊行動を学びます」


 教室に小さなざわめきが広がる。


「これから二週間は従来通り、星約単位での基礎演習。その後、学院側で小隊編成を行います」


 ここで、何人かがちらりとミカに視線を向ける。

 教師もその様子に気づいたようだった。


「なお、星約が不在のミカ・エルヴェインは代替連携の訓練を行います」


 名指しされたミカは椅子にもたれたまま、にこりと笑った。


「俺、いろんな所にお邪魔する感じ?」


「ええ。異例ではありますが、相性や役割適性を見て指定したいくつかの星約に補助枠として入ってもらいます」

「二週間後は?」

「星約の再編は原則入学から半年ごと。

 ですので、より君の恩寵が効果的に生かされる小隊にそのまま割り振ります」


 補助枠。

 言葉は柔らかいが、実質は“どこにでも入れる”。

 演習の結果次第では、二学期の半ばにある星約の再編にも影響する可能性が高い。


 教室内では、不安や期待の入り混じった視線が交錯した。

 ただ、本人は気づいているのかいないのか、いたって涼しい顔をしている。





 授業が終わるといつもの四人は昼食のために中庭に出た。

 休暇中の話で盛り上がったあとに、話題は自然と演習の話に移った。


「ミカって干渉の恩寵、なんだよね」


 セラフィナが、声を落として言う。


「かなり珍しい恩寵だ。魔術の認識阻害とは別物だな」


 レオニスが腕を組んだ。


「認識阻害は“外”を歪ませる。景色を曲げるとか、音をずらすとか」

「でも干渉は、“内側”に触る」


 干渉の恩寵は珍しい。

 同世代に一人いれば多い方で、学院内でもミカだけが持っている力だ。

 他の恩寵に比べて、その能力の詳細を知る機会は少ない。


『珍しいかもしれないけど、俺の力は強く無いよ。触れた相手の、“見え方”や“感じ方”をちょっと変えられるだけ』


 クラスの輪の中で、本人が自分の力をそう評したことを思い出す。


「痛みを和らげたり、恐怖を薄くしたり、そういうことができるなら……。

 後方支援としては強いよね」


 セラフィナの意見に、リネアも同感だった。

 後方では、戦況によって複数の負傷者が回ってくることもある。

 治療が一気にできないことも多いから、苦痛を一時的に逸らすミカの恩寵は、回復とも相性が良さそうだった。

 アメリアと星約だったことにも頷ける。


「後方だけとは限らない」


 クロウが、静かに口を挟む。


「前線で一番危ないのは、判断の乱れだ。恐怖や痛みで一瞬でも鈍れば、それで終わる」


 短い言葉だったが、重みがあった。

 レオニスも確かに、と頷く。


「そう考えると、前線で戦闘型と組んでも相性は悪くないな」


 “便利だな”


 クロウが、低く呟いた。

 その一言が、リネアの胸に引っかかる。


 便利。

 合理的。

 効率的。


 二学期の評価は、再編に繋がる可能性がある。

 そのとき――。


(……クロウは他の恩寵との方が相性がいいって思うかもしれない)


 考えたくないのに、浮かんでしまう。

 対価のある回復。慎重に扱わなければならない恩寵。


(もし、そうなったら……)


 静かに心の内で呟く。

 誰も気づかない程度に、指先が少し冷たかった。





 その日の放課後。

 リネアは、練習棟へ向かった。


 規則的に響く、弦の音。

 放たれた光が一直線に走り、的の中心を貫くと、次の瞬間には矢は霧のようにほどけて消えた。

 最後の一射を終えるとクロウが弓を下ろし、そのまま口を開いた。


「……何かあったか」

「どうして分かったの」

「足音と気配」


 弦の調整をしながら、こちらを向く。


「小隊編成の話か」

「……うん」


 リネアは、少しだけ間を置く。


「評価が、再編に影響するかもしれないって」

「可能性はあるな」

「もし、私より……」


 喉が詰まりかける。


「増幅とか、干渉とか……そっちの方が相性がいいって、思ったら、」


 言葉が続かない。


「今さら、何を言ってる」


 呆れたような声だった。


「合理的に考えたら……効率がいいかもしれない」

「戦術の話をしてるのか?」

「……してる」


 静かに核心を突かれて、息が詰まる。


「前線の戦闘効率だけで言えば、クロウにとってはいいのかもって……」

「表面的な話だけならな」


 クロウが弓を立てかけて、真正面からリネアを見た。


「俺がリネア・フォレストを評価してるのは、恩寵“だけ”じゃない」

「魔術の理解も深いし、戦況を読む癖もある。

 前に出るべきか、引くべきか、判断が早い」


 リネアは目を瞬く。


「それに、演習で実戦を想定して動いてる奴は、そう多くない」


 学院は義務であり、恩寵を持つ貴族なら誰でも通る場所だ。

 だけど、この数十年は深刻な星蝕は観測されていない。対応も軍の人員でほとんどまかなえている。生徒たちもどこかに“演習”の余裕があった。


「お前は本番前提で考えてる」


 クロウはその理由は知らない。

 でも、温度が違うことはわかる。


「俺はそれがやりやすい。

 同じ覚悟で立ってる奴が星約なら、迷わず射てる」


 リネアが演習でも切実に見えるのはあの夢を見ているからだ。

 それでも、クロウは気づいていてくれていた。


「だから、このままでいいと思ってる」


 そう言い切った後に、珍しくクロウが少し困ったような顔をした。


「お前は違ったか?」

「……違わない」


「なら、お前が俺の星約だ」


 淡々としていても、揺れは一切感じない。


「……確認、したかっただけ」

「そうだろうな」


 言い方が、少しだけ優しかった。


 夢の星蝕がいつ起こるのかは、まだ分からない。

 だから、 少なくとも守りきれたと確信できたその時までは、リネアは星約としてなるべくクロウの側にいたい。

 理由は、それだけのはずだ。


「二学期も、よろしくね」

「ああ」


 ――クロウの、星約でいる。

 リネアは、その役割を確かめるようにクロウの隣にいる自分の足元を見た。

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