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リネアの選択  作者: とたか たか


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25 流路

 休暇に入ってから三日が過ぎた。

 リネアは図書棟に開館と同時に入り、閉館間際までほとんど席を立たないような毎日を過ごしている。

 

 積まれた文献は日ごとに増え、目印に挟んだ栞紙が本のあちこちから乱雑に飛び出していた。


 机に本を積み上げる。

 星蝕の記録。

 星の軌道と魔力流の歪み。

 過去の神殿側の報告と、学院側の観測値の差異。


 制服を着ていた。

 うっすらとしか思い出せない瓦礫となって壊れた建物にも、見覚えがある。

 起きるとすれば学院のはずなのに。


 ページをめくる。

 書き写す。

 星の配置図を何枚も並べる。


 同じ箇所を三度読む。

 四度読む。


 答えは、出ない。


 “起きてもおかしくない”

 “兆候は確認されていない”

 “予測不能”


 曖昧な言葉ばかりが並ぶ。


「……どうして」


 小さく零れた声は、自分でも驚くほど掠れていた。

 リネアはペンを持つ手に、力が入りすぎていることに気づかない。

 時間の感覚が抜け落ちていく。


 ――どこ。

 ――いつ。

 ――どうすれば。





 机の上に、ふっと影が落ちた。


「約束、忘れてないよね?」


 はっと顔を上げると、セイルが困った顔で後ろに立っていた。

 慌てて時計を見ると、待ち合わせの時間を少し過ぎている。


「……ごめん」

 

 三年生のセイルは二学期に控えた王立研究所の採用試験で忙しい。

 今日は昼過ぎから時間をもらって、魔力理論について教えてもらう約束をしていたのに。


 積み上がった本。

 書き散らした紙。

 乱れた星図。


 セイルは机の上の荒れた様子に目をやって、少し思案してから口を開いた。


「質問。今読んでる本の一章目、要点を三つ言える?」


 沈黙。

 答えられないリネアに、ほらね、と言う。


「焦って読むと、読んでないのと同じだよ」


 言い返そうとして、リネアは言葉に詰まる。

 セイルが開いた本を一冊閉じる。

 それから、次々と散らかった机の上を整えていってしまった。


「リネア、お昼もまだだよね?」

「……まだ」


 じゃあ、とセイルはリネアの腕を引く。


「行こう」

「……え?」

「外」


 強い声音ではないのに、自然と従ってしまう。





 図書棟を出ると、日差しが眩しくて目を細めた。

 少し暑いけど、今日は風が抜けて気持ちいい。

 セイルの後をついて、学院の裏手の浅い川が流れている場所まで歩く。


 木陰が揺れ、水面が光を反射している。

 川縁の適当な場所に敷物を敷き、二人は腰をおろして軽食をとった。


 少し先で、学院に残ったうちの何人かの生徒が、靴を脱いで川の中ではしゃいでいる。

 セイルが懐かしむように言った。


「昔、ローウェンに無理やり川遊びに連れて行かれたの、覚えてる?」

「なんとなくは……」


 ローウェンはフォレスト男爵家の長子で、十歳年上のリネアの兄だ。

 体格がよく、幼いころから領民の子どもたちと泥まみれで遊んできた快活な性格。

 おおらかな雰囲気が、少しレオニスにも似ていた。


『魚を捕まえにいくぞ!』


 学院や仕事の休暇のたびに、領地に戻ってくるローウェンは高らかに宣言する。

 図書室に篭る二人を、何かと外に引っ張りだそうとする兄の姿を思い出した。


「どうなったんだっけ?」


「結局、僕らは川に入らずに本を読んでた。たぶん、濡れるのが嫌で」

「魚は逃げた。僕らは石の上。ローウェンだけが全力だった」


 リネアが小さく吹き出した。


「……よく覚えてるね」

「覚えてるよ」


 静かな返答。

 川のせせらぎが、一定のリズムで耳に届く。

 図書棟の静けさとは違う、自然の音が心地いい。


 リネアは思い立って靴を脱ぎ、そっと足を水に入れてみた。

 ひやりとした感触が熱を奪ってき、頭が少しすっきりとする。


「冷たい」

「当たり前だよ」


 セイルは笑って、川の流れを見つめながら続ける。


「水の流れは止められないし、触れても掴めない」

「魔力回路も同じだ」


「え?」


 セイルが水面に小石を一つ落とした。

 波紋が広がり、やがて流れに呑まれて消えていく。


「君は今、回路を細く分けて解放してるよね」

「うん。出力を抑えるために」

「でも流れている魔力の“質”は、均一のまま」


 リネアははっとする。


 言われてみれば、その通りだった。

 流量を減らすことばかり考えていた。


「流れを細くするのは一つの方法。でも」


 セイルは指先で川を示す。


「川幅が同じでも、深さが違えば流れの性質は変わる」


 水は同じ量でも、

 浅ければ広がり、

 深ければ一点を速く、強く通る。


「……濃度、ってこと?」

「近い」


 穏やかに頷く。


「魔力そのものの密度を変えられれば、同じ総量でも伝達の速度は変わる」


 リネアの目が、わずかに真剣さを帯びる。


「解放から到達までの“速さ”を設計できる……?」

「理論上はできる」


 セイルはそのまま続ける。


「急激に流せば反動が強い。

でも、密度も段階的に変えていけば、負担は減らせるかもしれない」


 川面に光が揺れた。

 リネアは水の中で足先を動かした。

 流れが分かれて、また一つに戻る。


「……私、量のことばかり考えてた」

「焦ると、人は単純化する。

 でも設計は、単純じゃない方がいいときもある」


 さっきまでの焦燥とは違う、思考の落ち着きが、少しだけ戻ってくる。


「……試してみたい」

「うん。でも今日は、ここまで」


 即座に遮られて、リネアがむっとする。


「え」

「今の君は、まだ川を見てる方がいい。

 視点を変えて、休むことも大事だよ」


 セイルは軽く笑った。

 リネアは一瞬だけ反論しかけて、結局、小さく息を吐いた。


「……わかった」


 水は止まらず、流れている。

 掴めないけれど、流れを読むことはできる。


 少なくとも今は、

 それでいいのかもしれない。

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