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リネアの選択  作者: とたか たか


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23/32

22 線を超えた者

 一学期が終わり、明日からは短期休暇が始まる。今日は帰省準備で急いで寮に戻る生徒が多い。

 学院はいつもより人の気配がまばらで、足音がやけに際立っていた。


「アメリア・ロズウェル」


 後ろから名を呼ばれて、アメリアの肩が小さく跳ねた。


 振り返ると、そこにいたのはクロウ・ノクエルだった。

 姿勢はいつも通り整っていて、表情は読めない。


「クロウ様……!」


 声が、自然と甘くなった。

 どきどきと胸が大きく高鳴る。


「少し話せるか」

「もちろんです!」


 用件を告げるでもなく、歩き出す。

 その背中についていく形で、アメリアも回廊の中央まで進んだ。


 ――放課後の回廊で、二人きりだなんて。


 いつか読んだ恋物語みたいで、とっても素敵。アメリアはうっとりとする。


 お話は評価のことかしら?

 それとも、星約のこと?


「試験は、どうだった」


 クロウの声は平坦だった。


「はい。無事に終わって!評価も、悪くなかったんです」

「そうか」


 ……それだけ?


 短い相槌に、少しだけ拍子抜けする。

 けれど、まだ期待は消えない。


「クロウ様のご活躍も、噂になっています。

 でも、前線は危険が多くて心配です……」


 探るように言うと、クロウが足を止めた。


 振り返る。

 西陽が強く差しこんで、表情は逆光でよく見えない。


「試験の日」


 声の高さは変わらない。

 なのに、空気だけが一段、下がった。


「第三区画での動きだ。

 俺の後衛に、人工魔物が寄った件」


 アメリアの笑みが、一瞬だけ固まる。

 大きな問題にはならなかった、人工魔物の誤作動のこと。


「……あれは、偶然では?」

「そういう可能性もある」


 即座には否定しない。

 そのことに、アメリアはわずかに安堵した。


「だが、確認した」


 淡々とした続き。


「人工魔物の移動経路」

「結界の配置」

「索敵の記録」


 逃げ道を塞ぐように、言葉が置かれていく。


「結界の縁をなぞる、進路変更。

 意図的でなければ起きない角度だ」


 アメリアは、ゆっくりと瞬きをした。


「……そんな、細かいことろまで」

「当然だ」


 感情のない断定。


「さらに、後衛の感知をすり抜ける隠蔽魔術」


 クロウは視線を逸らさない。


「試験項目にはない」

「教官が仕込む理由もない」

「共有されていた補助情報の“参照条件”が、書き換えられていた」


 掌にじわりと嫌な汗がわく。


「索敵が反応しない“空白”を作るには、

 後方支援の人間しか触れない」


 アメリアが目を見開く。


(……違う)


 胸の高鳴りが、別の形に変わり始める。


「偶然で済ませるなら、ここまで調べない」

「そうだろ」


 問いかけではない。


「……クロウ様。私は、ただ――」

「正しいと思ったか」


 低く、抑えた声。


「位置を、少し変えただけ」

「魔物の動線に、ほんの少し手を加えただけ」

「そういう理屈はいくらでも並べられる」


 一歩、また一歩。

 靴音が、近づいて来る。


 距離が詰まる。

 アメリアは思わず後ずさった。


「だが結果はどうだ」


 壁際に追い詰められたアメリアが、金の眼に射すくめられる。


「前線が崩れた」

「俺が位置を変えた」

「リネア・フォレストが、危険に晒された」


 アメリアの喉が、小さく鳴った。


「試験だったから、止まった」

「実戦なら、終わっていたかもしれない」


「……そんなつもりじゃ……」

「つもりは関係ない」


 はっきりと言った。


「俺は、結果で判断する」


 そこで初めて、呼び方が鋭く変わる。


「お前は、線を越えた」


 空気が冷えた。


「今回の件は、すでに調査対象だ。学院だけじゃない」


 淡々と、容赦なく。


「家にも話は行く」

「ロズウェル子爵家が、どう動くかは知らない……だが、ノクエル伯爵家は黙らない」


 アメリアの指先が、震えた。


「……どうして、そこまで」


 縋るような声。

 クロウは、少しだけ首をかしげた。


「合理的だからだ」


 感情のない答え。


「一度でも線を越えた者には、二度目と三度目がある」

「そう判断した」


 伸ばされたクロウの指先が、アメリアの喉元に触れる。

 力は入っていない。


 ——逃げられないと、わかる程度に。


「次はない」

「もし、同じことをすれば」


 声が落ちる。


「学院の処分だけでは終わらせない。家ごとだ」


 踵を返す。

 振り向きもしない。


「話は終わりだ」


 回廊に残されたアメリアは、その場にへたり込んだ。


 王子様はいなかった。

 最初から。


 胸に描いていた未来が、

 静かに、しかし完全に崩れ落ちていく。


 しばらくして、アメリアはようやく理解した。


 彼は、怒っていたわけではない。

 裁いていたわけでもない。


 ——排除の手順を、確認していただけだ。


 そう思い至った瞬間。

 喉元に触れた指先の感触を、遅れて思い出す。


 冷たく、正確で、迷いがなかった。

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いいぞクロウ、もっとやれ!笑
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