21 学期の終わりに
一学期が、もうすぐ終わる。
教室の窓から入る風が熱を帯び、季節の変わり目を告げていた。
午前の授業が終わり、机を離れた生徒たちがそれぞれ話し始める。
リネアとセラフィナも、窓際で並んでノートを片付けていた。
「ねえ、さっきの演習なんだけど」
セラフィナが、さらりと話を切り出す。
「前線の後衛回復って、実際どこまで持たせるものなの?
完全に?それとも、動ける程度?」
授業の延長みたいな、自然な問いだった。
規格外のセラフィナは、魔力の枯渇も対価も経験をしたことがないから、純粋に疑問なんだろう。
「状況次第かな」
リネアは手を止めずに答える。
「致命傷を防ぐのが最優先で……全部治すのは、現実的じゃないことも多いよ」
「やっぱり!後衛の余力は前衛の安心感にも繋がるもんね。
じゃあ、後方だと――」
「あら、後方回復のお話ですか?」
少し高めの声が割って入る。
振り向くと、アメリア・ロズウェルが立っていた。
いつもと変わらない、無邪気な笑顔で。
「……他の子のやり方に、興味があって」
「私、前から不思議だったんです」
自然な調子で、輪に加わる。
「前線だと、完全に治さないこともあるんですね」
アメリアが大げさに目を丸くして、首をかしげる。
困ったように、言葉を探すような間。
「恩寵が弱い星役だと、やっぱり大変なんでしょうか」
声が、少し大きかった。
教室のざわめきが、わずかに静まる。
「だって前線の方は、ずっと万全じゃないってことですよね?」
覗き込むようにリネアを見る。
「大丈夫なんですか?回復役として……」
心の底から心配しているような口調。
けれど、言葉だけが妙に整理されている。
リネアが少し居心地悪そうに、言葉を返す。
「恩寵の力による優位性は確かにあると思う。
でも、それだけで戦況が決まる話じゃないから……」
「あ、そうなんですね」
アメリアは、ほっとしたように笑った。
言葉の途中で、少しだけ間が空く。
「難しいんだなあ……前線って」
含みをたっぷりもたせてから、小さく手を振って自分の席へ戻っていった。
残された二人の間に、わずかな沈黙が落ちる。
「リネア、気にしなくていいからね!」
「……うん」
セラフィナが明るく話題を変える。
その少し離れた席で、クロウとレオニスが一連のやり取りを見ていた。
◇
放課後の勉強会は、いつもの顔ぶれが揃っていた。
試験前よりは頻度は落ちたが、解散する気配もなく、こうして時々集まるのが、もう当たり前になっている。
「ようやく短期休暇だな」
レオニスが椅子に深く腰掛けて言う。
学院は一年三学期制だ。
期末ごとに一学期と二学期は十日間、三学期には一ヶ月半の休暇が与えられる。
「セラフィナたちは王都だよね」
「うん。私とレオニスのヴァレンティ家のタウンハウス」
「クロウの屋敷も近いから、一緒に過ごすことになるな」
「リネアは?」
「領地も遠いし、寮に残る。今回は、ここでやりたいこともあって」
「従兄も残るんだろ?」
レオニスが何気なく言う。
「王立研究所の試験勉強、だったか」
「うん。魔力回路のことにも詳しいから、休み中は教えてもらうつもり」
それまで黙っていたクロウが、無意識に一瞬だけ手を止めた。
「じゃあ!」
セラフィナが身を乗り出す。
「次の休みは、リネアもこっちに遊びにおいでよ!部屋ならいっぱいあるし」
お前が言うのか、と苦笑するレオニスを無視して、セラフィナは続ける。
「王都、あんまり行ったことないって言ってたでしょ?」
「お買い物できるし!」
「うまいものも多いな」
「新しい専門書も、王都の方が揃ってる」
「……楽しそう」
それぞれの後押しに、リネアは素直に笑って答えた。
「次は、絶対だよ」
「うん」
セラフィナも満足そうに笑った。
◇
勉強会が終わり、図書棟の外に出たところで、クロウは足を止める。
――十日間。
学院に入学してから、これだけ長い期間、リネアと離れるのは初めてのことだった。
寮に残る。
従兄も、いる。
休暇を家族と過ごす。それ自体は、自然だ。
けれど、
「クロウ?」
「……いや」
短く答えて、歩き出した。
うまく言葉にできない引っかり。
だけどそれよりも先に、クロウには片付けるべきものがあった。
回廊の向こうで、夏の気配が静かに満ちていく。




