20 前を向く
男子寮の一角にある応接室。
ここは親族が訪れたときなどの、来客対応に使われる小さな個室だ。
落ち着いた色合いのソファと低いテーブル、壁際には最低限の書棚だけが置かれている。
扉を閉めると、外の気配はほとんど遮断された。
向かい合って腰を下ろしたセイルは、静かにリネアを見ていた。
「……それで」
先に口を開いたのは、セイルだった。
「星約は、続けたいと」
問いではない。確認だ。
「うん」
リネアは緊張した面持ちで頷いた。
「一学期まで、って約束だったのに……。
守れなくて、ごめんなさい」
一度、言葉を切る。
「でも……諦める前に、できることを見つけたい。魔力回路の調節とか、やり方を変えるとか。
もう、何も考えずに使うつもりはない」
指先を膝の上で揃えながら、言葉を選ぶ。
「それに、一人じゃない。協力してくれる人も、いる」
セイルはすぐには返さなかった。
少しだけ視線を落とし、テーブルの木目をなぞる。
「……正直に言うよ」
低く、穏やかな声。
「やめてほしい。今でも、そう思ってる」
リネアは顔を上げたが、遮らない。
「恩寵で君が傷つくことを、家族はみんな心配してる。……僕もだ」
非難する口調ではない。
事実を並べているだけだった。
「君の力は使わないで済むなら、その方がいい」
そこで、セイルは言葉を止めた。
――本当は、わかっている。
魔力回路による出力調整。
理論としては、十分に成立し得る。
魔力回路についてはセイルも随分と調べてきた。
その可能性を考えなかったわけがない。
むしろ、考えすぎるほど考えてきた。
それでも。
恩寵は、彼女にとって使わないのが一番安全だ。
その結論だけは、ずっと変わらなかった。
だけど。今、目の前にいるリネアは。
「……それでも」
リネアが、静かに続ける。
「私は、まだ星約でいたい。
傷つく可能性があるから、全部やめるんじゃなくて……。
どうすれば、続けられるかを考えたい」
逃げない視線。
セイルは、わずかに息を吐いた。
――ああ。
自分で、答えに辿り着いてしまったのだ。
誰かに言われたからじゃない。
守られる側に留まる選択でもない。
前を見ようとする、はっきりとした意志。
「……まいったな」
ぽつりと、零れる。
リネアの成長が嬉しい反面、
手の届かない場所で、セイルは彼女が傷つくことを恐れている。きっと、本人以上に。
しばらくの沈黙。
セイルは立ち上がり、リネアの前に立った。
迷いがないわけじゃない。
それでも、結論は決まってしまっている。
軽く、頭に手を置く。
――ぽん、と一度。
子どもの頃から変わらない仕草。
「……いったんは、認める」
リネアが、驚いたように目を見開く。
「ただし」
手は離さず、続ける。
「無理はしない。
隠さない。
何かあったら、必ず言う」
そして、少しだけ口元を緩めた。
「魔力回路の話なら、僕も、勉強してる。一緒に考えよう」
目の奥が熱くなる。リネアは涙が浮かばないようにぐっと堪えた。
「……ありがとう」
セイルは何も返さず、ただ一度だけ頷いた。
◇
応接室を出ると、ちょうど廊下の向こうから声が近づいてきた。
現れたのは、クロウとレオニスだった。
「あ」
短い声が重なる。
セイルが足を止め、二人を見た。
視線がクロウに向く。
「友達?」
「うん。セイル、こちらは同じクラスのレオニス・ヴァレンティと――」
「……君が、星約か」
静かな確認だった。
「クロウ・ノクエル。リネアの星約だ」
簡潔な名乗りにセイルは頷く。
「セイル・フォレスト。
リネアの従兄だ。三年」
「……知っている」
クロウの返答は短い。
それ以上、言葉は続かなかった。
「じゃあ、僕はこれで」
セイルは苦笑してから、リネアに一度だけ視線を向け、寮の奥へ歩き出した。
残された三人。
「話してたのか」
応接室の扉を見ながら、クロウが言う。
「うん」
リネアは、それ以上は語らない。
――何を。
ついて出そうになった言葉。
音にしかけて、クロウは自分でも理由が分からずにやめた。
レオニスはその様子に気づいたが、あえて知らぬ振りをする。
「じゃあ、また明日」
「ああ」
そのまま手を振って歩き出すリネアを、そのまま見送った。
理由のはっきりしない感情が、胸元で留まる。
廊下に残った足音が、ゆっくりと消えていく。




