19 安堵と影
期末実技試験が終わった翌日。
学院の中庭は、久しぶりに緊張の抜けた空気に包まれていた。
昼休みの鐘が鳴のあと、生徒たちは思い思いに昼食を取っている。
木陰のテーブルに、四人の姿があった。
「試験、おつかれさま!」
セラフィナが昼食を終えてから、小さな箱を掲げて取り出した。
中には、学院の売店でしか扱っていない焼き菓子が詰まっていた。
「甘いものは正義よね」
「異論はないな」
レオニスが当然のように頷き、クロウは特に反応を示さず腰を下ろしていた。
リネアは、昨日の対価の影響を皆に感じせないよう、少しゆっくりとした動作で席についた。
「リネア、これ」
「なに?」
クロウが紙袋を差し出す。
中身を確認したリネアが、ぱっと表情を明るくなった。
「このクッキー、気になってたの」
「前に言ってた」
そのやり取りを、真正面から見ていた人物がいた。
――レオニスだ。
彼は、じっと二人を見比べてから、にやりと笑った。
「……なあ、クロウ」
「なんだ」
「今、名前で呼んだよな」
一瞬の静寂。
リネアが気づいたように瞬きをし、セラフィナの口元が吊り上がる。
「ほんとだ!“フォレスト”じゃなかったね」
クロウは少し動きを止めてから、視線を逸らした。
「演習中に呼ぶには長い。三文字の方が、合理的だ」
それだけ言う。
レオニスは肩を震わせ、セラフィナは頬杖をついてクロウを見た。
「あらあら」
「へえ、合理的なんだ」
「そうですかあ」
含みしかない声。
リネアは、顔に熱が集まるのを自覚して俯いた。
「この話は終わりだ」
クロウは立ち上がり、トレーを手に取る。
そのまま去るかと思いきや、一瞬だけ視線を落とし——
一番手前に置かれていた、砂糖がたっぷりかかった焼き菓子を、何事もなかったように掴んだ。
「教官に用がある。先に行く」
そう言って、足早にその場を離れていく。
残された三人の視線が、隙間の空いた菓子箱と、遠ざかる背中を往復した。
「……持ってったね」
セラフィナが、唖然と言った。
「一番人気のやつ」
「しかも、無言で」
レオニスが豪快に大爆笑した。
「ま、糖分補給は大事だな」
◇
それから数日後、実技試験の評価は、掲示ではなく授業の時間に配られた。
教官が、一組ずつ名前を呼び、紙束を手渡していく。
「次。クロウ・ノクエル、リネア・フォレスト」
名を呼ばれ、二人は並んで前に出た。
教官から一枚ずつ差し出された紙。
厚手で、簡潔だが正式な評価書だ。
席に戻り、リネアは、少し緊張しながらクロウと一緒に目を落とした。
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総合評価:A
•制圧力:A
•判断力:A
•連携:A+
•危機管理:B
総評:
局地的な危機対応において、判断と連携が非常に優れていた。
一方で、後衛への接近を許した場面があり、索敵および配置判断に改善の余地あり。
星約間の意思疎通と即応性は高く、実戦適性は十分と判断する。
⸻
「……A」
リネアは、思わず声に出して、慌てて口を押さえた。
「悪くないな」
隣でクロウが短く言う。
「危機管理、Bだ……」
「妥当だろう。判断と連携は評価されてる」
リネアは、もう一度紙を見る。
“連携:A+”
そこに視線が止まる。
「……よかった」
「ああ」
――ほんとうに、よかった。
実技試験を無事に乗り切れたことで、リネアの胸に安堵が広がる。
◇
教室には、笑い声や紙の擦れる音が広がっている。
試験の結果を比べる者、肩の力を抜く者、早くも次の話を始める者。
その中で、ひとりだけ、動かない背中があった。
アメリア・ロズウェル。
彼女は、席に座ったまま、評価書を胸に抱えている。
視線は落ちているのに、唇だけがわずかに笑っていた。
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総合評価:B。
⸻
(……十分な評価だわ!)
後方支援としての働きは、良好。誰にも責められていない。
(私のやり方は、間違ってない)
視線の先で、クロウ・ノクエルとリネア・フォレストが並んで評価書を見ている。
小さく言葉を交わし、自然に、近い。
(……まだ、気づいていないだけ)
本当にあなたを支えられるのが誰かを。
胸の奥が、ふわりと甘くなる。
あの場面は惜しかった。ほんの少し、運が悪かっただけ。
――次は、もっと上手くやれるわ。
指に無意識に力が入る。
よく手入れされた爪が白くなるほど食い込んで、評価書がくしゃりと軋んだ。




