18 実技試験
一学期最後の実技試験を迎えた当日。
学院の演習場は、ひりつくような緊張感が漂っていた。
今日ははっきりと評価がつく。
それも、単独ではなく星約単位で。
整列する生徒たちの間を、教官がゆっくりと歩く。
「試験は、複数班同時進行だ。
指定された区域内で目標を制圧し、被害を最小限に抑えろ」
簡潔な説明の裏で、視線が交錯する。
実力の測り合い。
そして、順位。
◇
結界の起動を待つ間、生徒たちはそれぞれの位置で最終確認をしていた。
クロウは弓の弦を張り直し、視線を横にやる。
リネアは少し離れた位置で、魔術回路の調整に意識を向けていた。背筋は伸びているが、連日の演習の影響か、顔色はそれほどよくない。
「……フォレスト」
名を呼ぶと、リネアはすぐにこちらを見る。
「大丈夫か」
「うん。今日は、いける」
声は落ち着いている。
無理を押している様子はない。
「昨日話した通りだ。
制圧を優先する。致命傷だけ防げばいい」
リネアは小さく頷いた。
「……ありがとう」
その言葉に頷いて、クロウは視線を前に戻す。
――そのとき。
振り返ると、アメリア・ロズウェルが立っていた。
淡い金の巻き髪が光を受けて揺れ、無邪気な笑みを浮かべている。
「今日の試験、一緒の組になるみたいですね」
「そうだな」
必要最低限の返答。それでも、アメリアは一歩近づいた。
「最近、お怪我がまた増えているように見えました。
……前線は、大変でしょう?」
気遣うようでいて、探る響き。
「どうか無理をなさらないでくださいね」
その視線が、一瞬だけクロウの背後――、リネアの立つ位置を捉えた。
クロウは、それ以上返さなかった。
アメリアは満足したように微笑み、元の位置へと戻っていく。
胸の奥に、嫌な引っかかりが残った。
◇
笛の音とともに、試験が始まった。
開始早々、クロウが前に出る。
放たれた矢は迷いなく魔物を射抜き、動きに淀みはない。
リネアはすぐ後ろで、魔力回路を細く開いた。
(……一気には、流さない)
深部と痛みだけ。
必要な箇所に、必要な分だけ。
連携は順調だった。
一体、二体。
けれど、三体目。
演習場の第三区画にいた人工魔物が、わずかに進路を変えたのを探索魔術が捉える。
(……?)
本来、こちらへ向かう位置ではない。
結界の縁をなぞるように移動し、明らかにリネアの立つ位置を目指している。
――まずい。
ここから離れようと体をひるがえらせた、その瞬間。
別の人型をした巨大な人工魔物が、進路を塞いだ。
即座に振り下ろされた鋭利な爪を、リネアはギリギリのところで咄嗟にかわす。
「……っ」
地面を大きく抉る音。
その異変に気づいたクロウが後方を見やる。
反射的に矢を放ち、人工魔物の視線を逸らす。
その一瞬で、次にクロウは地面を強く蹴った。
距離が、一気に詰まる。
すぐに人工魔物は体勢を立て直し、再びリネアに爪を振り下ろそうとした。
「リネア――!」
名前が、咄嗟に口をついた。
クロウの手が、ぎりぎりでリネアの腕を掴む。
強く引っ張り、攻撃の軌道から外す。
そのままクロウの元に引き込まれた状態で、爪が掠める。
鮮血が、肩から弾けた。
「――クロウ!」
「ぐっ……」
苦痛に歪むその表情が、夢の中の光景と重なり、リネアは一瞬息を呑んだ。
――でも。
次の瞬間、意識を切り替える。
(全力で……!)
魔力回路を開放する。
精度を保つことは意識しつつ、迷わず恩寵を使った。
血はすぐに止まり、致命傷には至らない。
クロウはそのまま、腰から引き抜いた短剣で魔物の首を鮮やかに断った。
◇
試験終了の合図が響いたとき、恩寵の対価を押し殺すようにリネアは呼吸を整えた。
視界が揺れる。遅れて体の内には、どんどん痛みが広がる。
それでも、ここまで崩れずに何とか立っていられるのは、試験前半で力をほとんど使わずにいたおかげだ。
「……っ」
「……大丈夫か」
すぐそばで、クロウの声がした。
リネアは悟られないように痛みに耐えながら姿勢を正した。
「……うん、でも」
視線が、クロウの肩に吸い寄せられる。
「怪我……」
「問題ない」
即座に否定される。
その言い切りには、いつもより強さがあった。
リネアは唇を噛んだ。
「……ごめん」
「何がだ」
「さっきの人型の人工魔物……変だった。動きも、出方も」
思い出しながら、言葉を探す。
「他の魔物の接近があって、魔術感知が遅れた。もっと早く、気づけてたら……」
「……いや。あれは、俺も違和感があった」
リネアの魔術感知は精度が高い方だ。
あそこまでの至近距離で簡単にその目をくぐれるものなのか……?
「あとで、確認する必要があるな」
クロウは疑念を断定はしない。ただ、偶然と結論づけるつもりもなかった。
その横顔を見て、リネアの胸が少しだけ締めつけられる。
「……クロウ」
「ん」
自然に、名前が口をついた。
クロウは足を止め、ちらりとこちらを見る。
「さっき。助けてくれて、ありがとう」
一瞬の沈黙。
「……当たり前だ」
そう言って、気にした様子もなく歩き出す。
「リネア。行くぞ」
はっきりと、名を呼ばれて。
リネアは思わず顔を上げた。
「……うん」
笑顔がこぼれた。




