16 試行錯誤
翌朝の演習場は、薄く霧が残っていた。
集合の合図がかかる前、準備を整えながらクロウは一度だけ、隣を見た。
リネアは真っ直ぐに立ってはいるが、どこか輪郭が薄い。顔色も、昨日よりはましだが、万全とは言えないように見えた。
「……フォレスト」
名を呼ばれて、彼女が少しだけ肩を揺らす。
「やれそうか」
問いは短い。けれど、視線は逸らさない。
リネアは一瞬だけ言葉を探してから、はっきりと告げた。
「うん。試したいことがある」
「……内容は?」
「回復のやり方。今までと、少し違う。全部は、治さない」
クロウは、わずかに眉を動かした。
「理由は?」
「動ける状態を維持することを、優先したい」
言い切ったあとに、言葉が少しだけ揺れる。
「その分、クロウに負荷は――」
「問題ない」
被せるように、クロウが言った。
「実戦なら、回復役がいないこともある。
治らない前提で動くのは、珍しくない」
落ち着いた口調だが、突き放す響きではなかった。
「致命傷だけ防げばいい」
「でも……」
「演習だ。完璧を目指す必要はない」
「協力してくれるの?」
「ああ」
短く、確かな返事。
「連携は俺が合わせる。だから、やってみろ」
その言葉に、リネアの表情がやわらいだ。
◇
演習場に響く笛を合図に、人工魔物が一斉に動き出す。
クロウが前に出て、矢を放つ。
軌道は正確で、動きに迷いはない。
一体、二体。
だが、死角から回り込んだ人工魔物の攻撃が、腕をかすめた。
前腕に走る裂傷。
血が細く滲んだ。
「クロウ!」
リネアはすぐに意識を切り替えて、クロウに触れた。
(……今)
完全に塞がない。
魔力回路を一気に開かず、細く、段階的に。
深部の損傷だけ治して、痛みを削ぐ。
血は止まり、動きは維持される。
だが、傷はそのままだ。
「……どう?」
「問題ない」
クロウは一度だけ手首を動かし、確認する。
「よかった……」
張り詰めていた緊張が、少しだけほどける。
連携は崩れない。
二人の動きは噛み合ったまま、最後の魔物が倒れた。
演習が終わると、リネアはそっと息を吐いた。
「うまくいって、よかった」
「ああ」
クロウは短く答えたあと、こちらを見る。
「無理は?」
「してない」
少し間を置いて、続ける。
「……クロウ、ありがとう」
「当然だ」
いつも通りの言い方。
けれど、その声は少しだけ柔らかかった。
◇
演習を終えてから、水場の近くで装備を整えていたクロウに、セラフィナが声をかけた。
「あれ?」
近づいて、腕に視線を落とす。
「クロウ、ここ……怪我?」
「これか」
腕には擦り傷にしては大袈裟な、包帯が巻かれていた。
さっきの演習で残ってた傷だ。血は止まっていて、痛みもない。
放っておいてもいいような傷に、せめてものと、リネアが手早く応急処置をしていったのだ。
「治そうか?」
「いい」
「え?でも……」
セラフィナは首をかしげる。
「いつもなら、すぐ治してたのに?」
「これはこのままで、いい」
理由は言わない。
「なにそれ」
けれど、ほんのわずかに口元が緩んでいるのを、セラフィナは見逃さなかった。
◇
また少し離れた場所で、その様子を見ていた生徒がいた。
回復の恩寵を持つ、同じクラスの女子生徒。
「……何よ、あれ」
ぽつりと、低い声。
「星約でしょ。ちゃんと治してあげないなんて」
視線が鋭くなる。
「私だったら、あんなふうにさせない」
その言葉は、まだ誰にも届かない。
けれど確かに、小さな歪みとして、そこに生まれていた。
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