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リネアの選択  作者: とたか たか


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17/30

16 試行錯誤

 翌朝の演習場は、薄く霧が残っていた。

 集合の合図がかかる前、準備を整えながらクロウは一度だけ、隣を見た。


 リネアは真っ直ぐに立ってはいるが、どこか輪郭が薄い。顔色も、昨日よりはましだが、万全とは言えないように見えた。


「……フォレスト」


 名を呼ばれて、彼女が少しだけ肩を揺らす。


「やれそうか」


 問いは短い。けれど、視線は逸らさない。

 リネアは一瞬だけ言葉を探してから、はっきりと告げた。


「うん。試したいことがある」

「……内容は?」

「回復のやり方。今までと、少し違う。全部は、治さない」


 クロウは、わずかに眉を動かした。


「理由は?」

「動ける状態を維持することを、優先したい」


 言い切ったあとに、言葉が少しだけ揺れる。


「その分、クロウに負荷は――」

「問題ない」


 被せるように、クロウが言った。


「実戦なら、回復役がいないこともある。

 治らない前提で動くのは、珍しくない」


 落ち着いた口調だが、突き放す響きではなかった。


「致命傷だけ防げばいい」

「でも……」

「演習だ。完璧を目指す必要はない」


「協力してくれるの?」

「ああ」


 短く、確かな返事。


「連携は俺が合わせる。だから、やってみろ」


 その言葉に、リネアの表情がやわらいだ。





 演習場に響く笛を合図に、人工魔物が一斉に動き出す。


 クロウが前に出て、矢を放つ。

 軌道は正確で、動きに迷いはない。


 一体、二体。


 だが、死角から回り込んだ人工魔物の攻撃が、腕をかすめた。


 前腕に走る裂傷。

 血が細く滲んだ。


「クロウ!」


 リネアはすぐに意識を切り替えて、クロウに触れた。


(……今)


 完全に塞がない。


 魔力回路を一気に開かず、細く、段階的に。

 深部の損傷だけ治して、痛みを削ぐ。


 血は止まり、動きは維持される。

 だが、傷はそのままだ。


「……どう?」

「問題ない」


 クロウは一度だけ手首を動かし、確認する。


「よかった……」


 張り詰めていた緊張が、少しだけほどける。


 連携は崩れない。

 二人の動きは噛み合ったまま、最後の魔物が倒れた。


 演習が終わると、リネアはそっと息を吐いた。


「うまくいって、よかった」

「ああ」


 クロウは短く答えたあと、こちらを見る。


「無理は?」

「してない」


 少し間を置いて、続ける。


「……クロウ、ありがとう」

「当然だ」


 いつも通りの言い方。

 けれど、その声は少しだけ柔らかかった。





 演習を終えてから、水場の近くで装備を整えていたクロウに、セラフィナが声をかけた。


「あれ?」


 近づいて、腕に視線を落とす。


「クロウ、ここ……怪我?」

「これか」


 腕には擦り傷にしては大袈裟な、包帯が巻かれていた。

 さっきの演習で残ってた傷だ。血は止まっていて、痛みもない。

 放っておいてもいいような傷に、せめてものと、リネアが手早く応急処置をしていったのだ。


「治そうか?」

「いい」

「え?でも……」


 セラフィナは首をかしげる。


「いつもなら、すぐ治してたのに?」

「これはこのままで、いい」


 理由は言わない。


「なにそれ」


 けれど、ほんのわずかに口元が緩んでいるのを、セラフィナは見逃さなかった。





 また少し離れた場所で、その様子を見ていた生徒がいた。

 回復の恩寵を持つ、同じクラスの女子生徒。


「……何よ、あれ」


 ぽつりと、低い声。


「星約でしょ。ちゃんと治してあげないなんて」


 視線が鋭くなる。


「私だったら、あんなふうにさせない」


 その言葉は、まだ誰にも届かない。

 けれど確かに、小さな歪みとして、そこに生まれていた。

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