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リネアの選択  作者: とたか たか


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16/30

15 並走

 意識が戻った瞬間、リネアは息を詰めた。


 見慣れない天井。

 ――いや、違う。


 天井ではなく、高い書架の影。

 紙の匂いと、日が沈みかけた時間特有の冷えた空気。


「……っ」


 上体を起こそうとして、身体が言うことをきかない。

 反射的に手をついて、視界が揺れた。


「起きるな」


 すぐ近くで、低い声がした。


 斜め向かいの席。

 椅子に深く腰掛けたクロウが、こちらを見ている。

 弓がすぐ側の壁に立てかけられ、両腕は組まれていた。

 

「……え、あ」


 言葉が追いつかない。


「ここ……」

「本科棟の図書室だ」

「……あ、ごめ、なさ……」


 謝ろうとして、言葉が途切れる。

 呼吸が少し乱れているのを、自分でも自覚した。


「落ち着け」


 クロウは、声量を変えずに言った。


「急に起きると、余計に眩む」


 リネアは深呼吸をひとつして、ようやく状況を思い出す。


 休養日。

 荷物を取りに来て、少し休むつもりで座って――。


「……寝てた?」

「しばらくな」


 否定も、呆れもない平坦な声色。

 視線を落とした拍子に、枕代わりにしていた本が目に入る。


 魔術理論。

 専門寄りの、やや古い刊行物。


 それを、クロウがスッと抜き取った。


「これ、借りるのか?」

「……うん、そうしようかな」

「なら、手続きしてくる」


 断るよりも早くクロウは立ち上がって、本を司書のいるカウンターに向かっていってしまう。

 気がつけば、リネアの荷物も全部持って。


 まだ起き抜けでぼんやりとする頭で、リネアは慌てて追いかける。

 図書室の入口ではクロウがすでに待っていた。


「寮まで送る」





 薄暗くなったあたりに溶け込もうとする校舎を、街灯の灯りがじんわりと照らしていた。

 人影は少なく、リネアとクロウの二人分の足音だけが静かに響いていた。

 クロウは半歩前を、普段よりもゆっくりと歩く。振り返らないけれど、距離は一定だ。


「昨日」


 少し間を置いて、クロウが切り出した。


「演習のあと、様子がおかしかった」

「……」


 淡々とした声。

 けれど、責められている感じはしない。


 クロウが足を止めた。


「一人で抱え込むな」


 体ごと振り返って真っ直ぐに、目を逸らさずに言う。

 夕闇の中、浮かび上がる金色の眼は、いつもより少し優しく見えた。


「連携には、支障が出ないように……」

「そうじゃない」


 穏やかに首を振る。

 否定の言葉が、じんわりと胸に響く。


「……心配、かけた?」

「ああ」


 頷くと再び背を向けて、クロウが歩き始める。


「俺は、お前の星約だ」

「うん」

「言えることは、言え」

「……うん」


 それ以上は聞かない。

 踏み込まない。


 その距離感が、今はありがたかった。





 寮の部屋に戻ると、外はすっかりと夜の色に沈んでいる。

 リネアは制服のまま椅子に腰を下ろし、鞄から一冊の本を取り出した。


 ――本科棟の図書室で、たまたま手に取った魔力理論書。


 装丁は古く、紙の縁も少し黄ばんでいる。

 最新の研究成果とは言い難いが、その分、実験的な記述が多い。

 注釈が多くて書き込みの跡も残っていた。


 回復の恩寵に関する章をめくると、すぐに目当ての記述が見つかった。


 「回復は、必ずしも接触を必要としない」


 近距離であれば、魔力の指向性を整えることで、触れずとも効果を及ぼすことは可能。

 ただし――


(……精度が個人によっては、かなり落ちる)


 効果範囲が曖昧になりやすく、不要な部位にまで魔力が流れる。

 結果として、無駄な消費が増える。


 リネアはまさにこのタイプだった。

 だから、基本は接触。

 効率を優先してきた。


 さらにページを進める。


 「魔力回路を段階的に開放することで、負荷の集中を避ける」


(……分割、遅延……?)


 回復そのものを一度で完結させない。

 細い回路に分け、複数を短い時間差で流す。

 即効性は落ちるが、反動は緩やかになる。


 リネアは、思わず指を止めた。

 ふと、初めての演習の光景を思い出した。


 ――イリス・アーヴェル。


 同じ回復の恩寵を持ちながら、彼女の戦い方は異質だった。

 魔物に恩寵を使って、内部から崩すような制圧。


(あれは……)


 極限まで魔力回路を開放し、さらにエドガル・ルモワンの増幅を重ねて――

 針に糸を通すような精度で、魔力を送り込んでいた。


 送り込み、溜めて、最後に一気に解放する。

 内側から破壊するための、回復の使い方。


(……やっていることは、真逆だけど)


 理論としては、辻褄が合う。


 リネアが考えているのは、

 力を分けて、遅らせて、削らない方法。

 イリスは、力を極限まで集めて、正確に壊す方法。


 どちらも、魔力回路の扱い方の話だ。


(あれは……彼女だからできる)


 恩寵の強さ。

 魔力回路の制御。

 増幅との相性。


 どれか一つ欠けても成立しない。

 でも――


(考え方は、借りられる)


 リネアは、もう一度本に視線を落とした。

 完全に治す必要はない。

 実践で求められるのは、戦線を維持できる状態。


 致命傷を防ぎ、

 動けるだけ回復させて、

 残りは――時間に任せる。


 回路の“太さ”を落とし、回数を分ける。


 それは、今まで考えたことのない発想だった。


(……だから、対価も一気に来てたんだ)


 無意識に、効率と完全性ばかりを求めていた。

 一度で終わらせることが、最善だと信じて。


 セイルの言葉を思い出す。


『無理に力を出さなくても、君は考えて動ける』


(……考えて、動く)


 恩寵を使っても、対価を受けすぎない方法。

 クロウの声も重なる。


 『一人で抱え込むな』


  今まで思いつかなかったのは、「できない」と決めつけていたからだ。

 リネアは、そっと本を閉じた。


「……明日、試してみよう」


 小さく、でもはっきりと言葉にする。


 完全な回復じゃなくていい。

 “必要な分だけ”を、正確に。


 一人で抱え込まない。

 考えて、工夫して、できることを増やす。


 ――頑張ろう。


 ベッドに腰を下ろし、灯りを落とし、目を閉じる。

 眠りにつくまでのあいだ、その表情には、ほんのわずかな決意の色が宿っていた。

 珍しくこの日は、いつもの夢を見なかった。

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― 新着の感想 ―
主人公が努力型でめちゃくちゃ好きです。かわいい。 完結まで見届けたいので、更新をどうか頑張ってください!
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