表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/140

12 対価

 この日の演習も、リネアはなんとか問題なく終えた。

 難易度は高かったが、致命的な事故はなく、教官の終わりを告げる号令が演習場に響いた。


「今日はこれで解散だ。各自、装備を解除して戻れ」


「……終わったな」


 弓を下ろす。

 その動作の途中で、クロウはわずかに顔をしかめた。


 上腕に残る痛みは、思ったよりも鈍く、重い。

 動かせないほどではないが、無視できる類でもなかった。


「クロウ、ちょっと」


 声をかけられて、顔を上げる。

 近づいてきたリネアからは、終盤の連携で消耗したのがはっきり見えた。

 魔術も恩寵もよく使っていた分、表情に疲れが出ている。


「大したことは――」


 クロウが言いかけたところで、リネアが首を振る。


 終盤に現れた中距離攻撃の人工魔物。

 攻撃が掠めた箇所は、クロウの演習着の下で打ち身のように浅黒く変色していた。


「動かないで」


 短く制して、リネアは触れる。


 恩寵の光は、いつもと変わらない。

 鈍い痛みはほどけるように引いて、服の下で肌の色も元に戻っていく。

 クロウは確かめるように、軽く腕を動かした。

 違和感は、もうない。


「……助かった」

「うん」


 それだけで、やり取りは終わった。


 ――はずだった。


 次の瞬間。

 視界が、歪んだ。


(……あ)


 リネアの膝が、わずかに揺れる。

 地面が遠い。


 胸の内側を、鋭い針でえぐられたような痛みが走った。

 声を出す前に、奥歯を噛みしめる。


(……今は、だめ)


「……フォレスト?」

「なんでも、ない…….。じゃあ、また」

「おい……」


 クロウの声も、やけに遠い。


 リネアは誰にも気づかれないよう、ゆっくりと一歩下がった。


 幸い今日の授業はこれで終わりだった。

 着替える余裕は、ない。

 演習着のまま、無理やり背筋を伸ばして歩く。


(……大丈夫)


 何度も、心の中で繰り返す。


(帰れる。部屋まで、行ける)





 図書棟の裏手。

 寮に戻るつもりが、人目を避けていたらここまできてしまった。

 人通りの少ない通路で、よろよろと壁に手をつきながらなんとか歩く。

 痛みで頭がうまく働かない。

 リネアはどこに向かっているのかも、もう、よく分からなかった。


「……リネア」


 足が、止まる。


「その歩き方」


 振り返ると、セイルが立っていた。


「使ったね」

「……少し」


 否定できなかった。

 セイルは近づいて、そっと腕を取って支える。


「……っ」


 堪えきれなくて、セイルに少しよりかかってしまう。

 その反動で、思わず痛みに声が漏れた。


「どれくらい」

「……数回」

「今日は?」

「最後に、少し多め……」


 叱責でもない。

 ただ、静かな声。


「君、これ……我慢する痛みじゃない」


 リネアは視線を伏せた。


「やっぱり、星約は解除しよう」

「……待って」


 戸惑うような静止の声。


「今は、だめ」

「リネア」

「実技試験が終わるまで。お願い」


 顔を上げる。

 静かに、真っ直ぐセイルを見る。


「乗り切れる」

「……君は、昔からそう言う」


 セイルの表情が、歪む。


「“大丈夫”って言って、大丈夫じゃなかった」

「今回は、違う」


 言い切る。


「ちゃんと、やりきりたい……」


 しばらくの沈黙。


 やがて、セイルはゆっくりとリネアをその場に座らせた。


「……一学期だけだ」

「うん」

「それ以上は、許さない」

「ありがとう」


 その言葉に、セイルは小さく首を振った。


「……歩けないよね?」


 そう言われて、リネアは一瞬だけ言葉に詰まる。

 否定しようとして、声が出ない。


「寮まで送る」


 それだけ言って、迷いのない動きでセイルは背を向けた。


「……でも、」

「いいから」


 短く遮られて、屈んだ背中が視界に入る。


「ほら」


 もう選択肢はない。


 背中に体重を預けて、腕を回した瞬間、リネアの足から力が抜けた。


 立ち上がる動作は、慣れている。

 歩き出す速度も一定で、揺れは最小限に。人がいない道を選んで行く。


「……嘘つきだな」


 ぽつりと、背中越しにセイルの声が届く。


 セイルの恩寵は常時開放型の分析だ。

 普段はなるべく抑えていても、日常の目に入る情報はなんでも、目まぐるしい速さで次々と分解と整理をしてしまう。


 それが、よく知るリネアなら、なおさら。

 放つ言葉が本心かどうかなんて、意識しなくてもたやすぐ判別できる。

 

 声の高さも、

 言葉の間も、

 視線の泳ぎ方も。

 大丈夫だと言う時ほど、ほんの少しだけ息を急ぐことも。


 ――そんなの、すぐにわかるのに。


「昔から、僕にはわかるって言ってるだろ」


 叱るでもなく、責めるでもない優しい声だった。


 リネアは、答えなかった。

 答えられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ