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リネアの選択  作者: とたか たか


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13/31

12 対価

 その日の演習も、リネアはなんとか問題なく終えた。

 難易度は高かったが、致命的な事故はなく、教官の終わりを告げる号令が演習場に響いた。


「今日はこれで解散だ。各自、装備を解除して戻れ」


「……終わったな」


 弓を下ろす。

 その動作の途中で、クロウはわずかに顔をしかめた。


 上腕に残る痛みは、思ったよりも鈍く、重い。

 動かせないほどではないが、無視できる類でもなかった。


「クロウ、ちょっと」


 声をかけられて、顔を上げる。

 近づいてきたリネアからは、終盤の連携で消耗したのがはっきり見えた。

 魔術も恩寵をよく使っていた分、表情に疲れが出ている。


「大したことは――」


 クロウが言いかけたところで、リネアが首を振る。


 終盤に現れた中距離攻撃の人工魔物。

 攻撃が掠めた箇所は、クロウの演習着の下で打ち身のように浅黒く変色していた。


「動かないで」


 短く制して、リネアは触れる。


 恩寵の光は、いつもと変わらない。

 鈍い痛みはほどけるように引いて、服の下で肌の色も元に戻っていく。

 クロウは確かめるように、軽く腕を動かした。

 違和感は、もうない。


「……助かった」

「うん」


 それだけで、やり取りは終わった。


 ――はずだった。


 次の瞬間。

 視界が、歪んだ。


(……あ)


 リネアの膝が、わずかに揺れる。

 地面が遠い。


 胸の内側を、鋭い針でえぐられたような痛みが走った。

 声を出す前に、奥歯を噛みしめる。


(……今は、だめ)


「……フォレスト?」

「なんでも、ない。….じゃあ、また」

「おい……」


 クロウの声も、やけに遠い。


 リネアは誰にも気づかれないよう、ゆっくりと一歩下がった。


 幸い今日の授業はこれで終わりだった。

 着替える余裕は、ない。

 演習着のまま、無理やり背筋を伸ばして歩く。


(……大丈夫)


 何度も、心の中で繰り返す。


(帰れる。部屋まで、行ける)





 図書棟の裏手。

 寮に戻るつもりが、人目を避けていたらここまできてしまった。

 人通りの少ない通路で、よろよろと壁に手をつきながらなんとか歩く。

 痛みで頭が上手く働かない。

 リネアはどこに向かっているのかも、もう、よく分からなかった。


「……リネア」


 足が、止まる。


「その歩き方」


 振り返ると、セイルが立っていた。


「使ったね」

「……少し」


 否定できなかった。

 セイルは近づいて、そっと腕を取って支える。


「……っ」


 堪えきれなくて、セイルに少しよりかかってしまう。

 その反動で、思わず痛みに声が漏れた。


「どれくらい」

「……数回」

「今日は?」

「最後に、少し多め……」


 叱責でもない。

 ただ、静かな声。


「君、これ……我慢する痛みじゃない」


 リネアは視線を伏せた。


「やっぱり、星約は解除しよう」

「……待って」


 戸惑うような静止の声。


「今は、だめ」

「リネア」

「実技試験が終わるまで。お願い」


 顔を上げる。

 静かに、真っ直ぐセイルを見る。


「乗り切れる」

「……君は、昔からそう言う」


 セイルの表情が、歪む。


「“大丈夫”って言って、大丈夫じゃなかった」

「今回は、違う」


 言い切る。


「ちゃんと、やりきりたい……」


 しばらくの沈黙。


 やがて、セイルはゆっくりとリネアをその場に座らせた。


「……一学期だけだ」

「うん」

「それ以上は、許さない」

「ありがとう」


 その言葉に、セイルは小さく首を振った。


「……歩けないよね?」


 そう言われて、リネアは一瞬だけ言葉に詰まる。

 否定しようとして、声が出ない。


「寮まで送る」


 それだけ言って、迷いのない動きでセイルは背を向けた。


「……でも、」

「いいから」


 短く遮られて、屈んだ背中が視界に入る。


「ほら」


 もう選択肢はない。


 背中に体重を預けて、腕を回した瞬間、リネアの足から力が抜けた。


 立ち上がる動作は、慣れている。

 歩き出す速度も一定で、揺れは最小限に。人がいない道を選んで行く。


「……嘘つきだな」


 ぽつりと、背中越しにセイルの声が届く。


 セイルの恩寵は常時開放型の分析だ。

 普段はなるべく抑えていても、日常の目に入る情報はなんでも、目まぐるしい速さで次々と分解と整理をしてしまう。


 それが、よく知るリネアなら、なおさら。

 放つ言葉が本心かどうかなんて、意識しなくてもたやすぐ判別できる。

 

 声の高さも、

 言葉の間も、

 視線の泳ぎ方も。

 大丈夫だと言う時ほど、ほんの少しだけ息を急ぐことも。


 ――そんなの、すぐにわかるのに。


「昔から、僕にはわかるって言ってるだろ」


 叱るでもなく、責めるでもない優しい声だった


 リネアは、答えなかった。

 答えられなかった。

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