第7話 契約の終わり
ギルド本部へ戻る馬車の中は、驚くほど静かだった。
車輪の軋む音と、馬の蹄の規則正しい響きだけが続く。向かい合うように積まれた荷箱の間で、レインは背を預け、目を閉じていた。
怒りはない。
悔しさも、ほとんどない。
ただ、納得だけがあった。
――やはり、そうなるか。
王都任務からの排除は、想定の範囲内だった。数値で測れない鑑定士を、最重要任務に連れていくはずがない。問題は、その先だ。
ギルドに戻ったとき、すべてが決まる。
夕刻、馬車はギルド前に停まった。人通りは多く、いつもと変わらない日常が流れている。その中で、レインだけが切り離された存在のように感じられた。
「鑑定士レイン・アルクス。幹部会より呼び出しだ」
門番の言葉は、事務的だった。
レインは頷き、建物の中へ入る。向かう先は、見慣れた会議室。だが、今日は一つだけ違う点があった。
――公開、だ。
扉の外には、数人の冒険者が立ち聞きするように集まっている。噂は、すでに回っているのだろう。
中に入ると、長机の向こうにドラン・エイムズが座っていた。隣には記録係。その奥に、ガルド、リーナ、ヴォルフ。
視線が集まる。
逃げ場はない。
「では始める」
ドランが告げる。
「鑑定士レイン・アルクスについて、王都直轄依頼における適性および、今後の契約継続について審議する」
“契約継続”。
その言葉で、結論はほぼ見えた。
「まず確認する」
ドランは書類を読み上げる。
「レイン・アルクス。鑑定士。能力値表示、ほぼゼロ。ランク評価不能。ギルド規定における特例枠で、これまでAランクパーティに随行していた」
事実だけが並べられる。
功績も、実績も、数字にならないものは省かれていく。
「異議は?」
ドランが問う。
レインは首を振った。
「事実だ」
「次」
淡々と続く。
「王都任務中、戦闘判断への関与禁止命令を受けるも、結果としてパーティに負傷者が発生」
「俺の判断が原因ではない」
レインは静かに言った。
「だが、防げなかったのも事実だ」
ドランは即座に返す。
「ギルドは、結果責任を重く見る」
その言葉に、周囲の冒険者たちが小さく頷く。聞き慣れた論理だ。
ヴォルフが一歩前に出た。
「補足させていただきたい」
ドランが頷く。
「私は、レイン殿を無能だとは思っていない。ただ、王都任務という舞台においては、再現性のない能力はリスクだ」
正論。
だからこそ、厄介だ。
「これは排除ではない。選別だ」
ヴォルフの言葉が、静かに場を支配する。
「……待て」
ガルドが、ついに声を上げた。
「彼は、これまで何度も俺たちを救ってきた。それを無視するのか」
「無視はしていない」
ドランは視線を向けない。
「だが、それは“結果論”だ。組織は、再現性で判断する」
ガルドはそれ以上、言えなかった。
「以上を踏まえ」
ドランが立ち上がる。
「ギルドは、鑑定士レイン・アルクスとの随行契約を、本日をもって終了とする」
一瞬、ざわめきが走った。
追放、という言葉は使われない。
だが、意味は同じだ。
「これは懲罰ではない」
ドランは続ける。
「王都直轄依頼におけるリスク管理の一環であり、ギルドとして最も合理的な判断だ」
合理的。
その言葉が、すべてを覆い隠す。
「異議は?」
再び、問われる。
レインは、ゆっくりと息を吸った。
「……ない」
その一言で、決着がついた。
会議は終了。
書類に署名が回され、事務的な処理が進む。
最後に、ガルドがレインの前に立った。
「本当に……すまない」
震える声。
「俺は——」
「もういい」
レインは遮った。
「お前は、組織を選んだ。それだけだ」
責めるでもなく、慰めるでもない。
ただの事実。
リーナは涙を堪え、何も言えなかった。
ヴォルフは、最後まで視線を逸らさなかったが、言葉はなかった。
ギルドを出る。
夕暮れの街は、いつもと同じだ。人々は行き交い、冒険者は笑い、酒場は賑わっている。
世界は、何も変わらない。
変わったのは、自分の立場だけだ。
レインは、契約書の控えを懐に入れ、歩き出した。
――ここは、もう自分の居場所ではない。
その認識は、不思議なほど静かに、胸に落ちていった。




