第6話 不要な不安要素
王都直轄依頼の行軍は、予定より半日早く中断された。
魔物との遭遇による負傷者が出たため、これ以上の進行は危険――それが、表向きの理由だった。だが、レインには分かっている。本当の理由は別にある。
馬車が停まり、簡易の野営地が組まれる。
焚き火の周囲に集まるのは、前線に立つ者たちだけだ。
レインは呼ばれなかった。
後方支援要員。
判断への関与は禁止。
その扱いは、行軍が始まってからさらに露骨になっていた。
やがて、ガルドがこちらへ歩いてくるのが見えた。険しい顔だ。迷いと焦りが、そのまま表情に浮かんでいる。
「……来い」
短く、それだけ言った。
レインは無言で立ち上がり、焚き火の輪へ向かった。ヴォルフ、リーナ、盾役、槍役、そして――ギルド幹部のドラン・エイムズ。全員が揃っている。
嫌な予感は、確信に変わった。
「状況を整理する」
ドランが口を開く。
「今回の行軍中、想定外の戦闘が発生した。結果として、負傷者が出た」
「致命傷ではない」
ガルドがすぐに言った。
「進行は可能だ」
「可能かどうかではない」
ドランは即座に切り返す。
「王都直轄依頼は、結果だけでなく“過程の安全性”も評価対象だ。小さな綻びが、致命的な失敗につながる」
視線が、ゆっくりとレインに向いた。
「鑑定士レイン・アルクス。君は、今回の戦闘をどう評価する?」
問われ、レインは一瞬だけ考え、事実を口にした。
「前衛の配置が広がりすぎていた。突進型が出た時点で、後退指示を出すべきだった」
「だが、出なかった」
ヴォルフが静かに言う。
「結果として、怪我人が出た」
「遮られた」
「それは君の立場の問題だ」
ヴォルフは感情を交えずに続ける。
「支援は、即応性がすべてだ。遮られる可能性があるなら、それは支援体制として欠陥だ」
レインは黙った。
反論はできる。しかし、それはこの場では意味を持たない。
「私は、誰かを責めたいわけではない」
ヴォルフはそう前置きしてから、言葉を続けた。
「だが、王都任務は失敗できない。ならば、不安要素は排除すべきだ。それが合理的だと思う」
その言葉に、誰も反論しなかった。
“不安要素”。
その呼び方が、この場のすべてを決定づけている。
「待ってくれ」
ガルドが声を上げた。
「レインの鑑定がなければ、ここまで来られなかったのは事実だ。今回の件も、彼が悪いわけじゃない」
「分かっている」
ドランは頷いた。
「だからこそ、これは処罰ではない。予防だ」
その一言で、空気が凍りつく。
「予防……?」
リーナが小さく呟いた。
「王都直轄依頼において、数値化できない能力はリスクになる」
ドランは淡々と続ける。
「失敗したから切るのではない。失敗する可能性があるから、切る。それだけの話だ」
合理的。
冷静。
そして、容赦がない。
「つまり……」
ガルドが絞り出すように言う。
「レインを、この先の任務から外す、ということか」
「正確には」
ドランは訂正する。
「王都任務への同行を、ここで打ち切る。ギルドとの契約は、任務終了後に再検討する」
それは、ほぼ宣告だった。
追放ではない。
だが、戻る場所が保証されない排除。
「異議は?」
ドランが問う。
沈黙。
ガルドの拳が震えている。だが、彼は何も言えなかった。王都直轄。貴族。ギルド幹部。すべてが、彼一人で覆せる相手ではない。
ヴォルフは視線を伏せ、何も言わない。彼にとって、これは当然の判断だ。
リーナは、ただ俯いている。
レインは、自分が驚くほど冷静でいることに気づいた。
「……分かった」
それだけ言った。
反論もしない。
弁明もしない。
「理解が早くて助かる」
ドランが満足そうに言う。
「馬車でギルドへ戻ってもらう。報酬については、規定どおり最低限は支払われる」
最低限。
その言葉に、誰も突っ込まない。
会議は、それで終わった。
解散の合図とともに、人々が立ち上がる。誰もレインを見なかった。見ないことで、この決定を“正しいもの”にしようとしている。
焚き火を離れ、夜の冷気の中を歩く。
馬車はすでに用意されていた。帰路専用。荷物と一緒に積まれる。
乗り込む前、ガルドが立っていた。
「……本当に、すまない」
小さな声だった。
「俺が、もっと強ければ——」
「いい」
レインは首を振った。
「これは、そういう話じゃない」
ガルドは何か言いたそうに口を開きかけ、結局、何も言えなかった。
馬車が動き出す。
焚き火の光が遠ざかり、やがて闇に溶けた。
レインは揺れる車内で、静かに目を閉じる。
失敗していない。
間違ってもいない。
それでも切られた。
理由は単純だ。
彼は“測れない”。
測れないものは、管理できない。
管理できないものは、不安要素だ。
それが、この世界の答え。
レインは、ゆっくりと息を吐いた。
――ならば。
評価される場所を、変えるしかない。
その決意が、胸の奥で、静かに形を持ち始めていた。
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