第5話 切り捨てられる理由
王都直轄依頼の出発日は、あっけないほど静かにやってきた。
まだ朝靄の残るギルド前。馬車が二台、荷の確認を終え、出発の準備を整えている。鎧の金属音、革の擦れる音、低く交わされる声。緊張と高揚が入り混じった空気だ。
レインは、その少し離れた場所に立っていた。
後方支援要員。
戦闘・判断への関与は禁止。
幹部会で告げられた言葉が、頭の奥で反響する。彼に与えられたのは、遠征には同行するが、戦場には立たないという、曖昧で不自然な立場だった。
――失敗したときの、責任要員。
そう理解するのに、時間はかからなかった。
「準備はいいか」
ガルドが声を張り上げる。新しい鎧が朝日に光り、背中の大剣が誇らしげに揺れる。
「王都直轄だ。失敗は許されねえ。気合入れていくぞ!」
応える声が上がる。ヴォルフも当然のように前列に立ち、貴族らしい余裕を漂わせている。
レインは、視線を合わせなかった。
「……レイン」
小さな声で呼ばれ、振り返るとリーナが立っていた。いつもより装備が軽い。回復役としての最適化だろう。
「一応、同行はするって聞いた」
「ああ」
「後方待機って……」
「そう決まった」
短いやり取り。言葉が続かない。
リーナは視線を落とし、しばらく迷ってから口を開いた。
「ねえ。もし、途中で何かあったら……その、判断を仰ぐことは……」
「ない」
レインは首を振った。
「俺は関与できない」
それは拒絶ではなく、事実の確認だった。
リーナは唇を噛み、何も言えなくなった。
やがて、出発の合図がかかる。馬車が動き出し、冒険者たちがそれぞれの位置につく。レインは、最後尾の馬車に乗せられた。荷と一緒に。
揺れる車内。木箱とロープの匂い。窓は小さく、外の様子はほとんど見えない。
――荷物扱いか。
怒りは、不思議と湧かなかった。代わりに、妙な納得が胸に広がる。これが組織の答えだ。数値で示せない者は、必要なときだけ使い、邪魔になれば外す。
道中、馬車は何度か休憩を挟んだ。レインは降ろされることなく、馬車の中で待たされた。食事も、簡素な干し肉と水だけだ。
昼過ぎ、外が騒がしくなった。
馬車が止まり、誰かが走る足音。金属が擦れる音。緊張した声。
「……魔物だ」
レインは耳を澄ませた。複数。足音が重い。装甲系。数は三、いや四。
――この地形で、この数はまずい。
条件反射のように、頭の中で状況が組み上がる。前衛の配置、逃走経路、回復役の位置。最適解が浮かぶ。
だが、口に出すことはできない。
「支援要員は動くな!」
外から、ガルドの声が響く。命令だ。ある意味で、親切でもある。
戦闘音が始まる。剣と魔物の衝突音。怒号。詠唱。
――噛み合っていない。
レインは歯を食いしばった。連携が遅い。ヴォルフが前に出すぎている。盾役との距離が開いている。回復の詠唱が遅れた。
次の瞬間、鋭い悲鳴が上がった。
「くっ……!」
誰かが倒れた音。鎧が地面に打ち付けられる鈍い衝撃。
レインは立ち上がり、馬車の扉に手をかけた。
――出れば、規則違反だ。
――だが、出なければ——。
逡巡は一瞬だった。
しかし、その前に、戦闘は終わった。
外が静かになる。荒い息遣い。呻き声。
やがて、扉が開けられた。
「……レイン」
ガルドの顔は、青ざめていた。腕から血が滴っている。
「怪我人が出た」
それだけ言って、視線を逸らす。
レインは外へ出た。地面には、魔物の死体と、倒れた仲間。致命傷ではないが、動けない。
状況は、彼の予測通りだった。
「……判断が遅れた」
ヴォルフが言った。だが、その声に反省は薄い。
「支援がいなかったからだ」
その言葉が、静かに、確実に刺さる。
ガルドは何も言わなかった。
リーナが、必死に回復魔法をかけている。その手が、わずかに震えていた。
レインは、何も言わず、荷馬車に戻った。
役割は、すでに決まっている。
彼は“切り捨てられる側”だ。
そして、この失敗は、後で必ず――
彼のせいになる。




