第3話 責任の押し付け方
王都直轄依頼の準備は、想像以上に慌ただしく進んだ。
ギルドの訓練場では、連日、模擬戦と装備点検が行われている。普段なら見慣れた光景だが、今回は空気が違った。視線の端々に、計算と選別の色が混じっている。
レインは壁際に立ち、黙ってそれを見ていた。
ヴォルフ・グランツは、やはり目立っていた。剣の振りは正確で、魔力の流れも安定している。数値通りの優秀さだ。周囲の冒険者が感嘆の声を上げるのも無理はない。
「さすがSランクだな」
「王都基準ってやつか」
ガルドも、内心では安堵しているのだろう。ヴォルフの剣筋を見ながら、満足そうに腕を組んでいる。パーティの“格”が上がる。それ自体は、間違いではない。
ただし――。
「ガルド、三歩前に出るな」
レインは、低い声で言った。
「今の動きだと、前衛の間隔が開きすぎる。突進型が来たら——」
「わかってる!」
ガルドは苛立たしげに叫び、剣を振り下ろした。
「訓練だぞ、これは。本番じゃねえ」
「訓練だから言っている」
「もういい。今日はヴォルフが前に出る。お前は下がってろ」
その言葉で、周囲の視線が一斉にレインに集まった。気まずさ。あるいは、納得。どちらにしても、彼の存在は“調整対象”になりつつある。
レインは何も言わず、一歩下がった。
模擬戦が再開される。ヴォルフが前に出て、豪快に斬り込む。数値通りの火力。だが、連携は荒い。盾役との呼吸が合わず、隙が生まれる。
レインはその隙を見逃さなかった。
「右後方、死角——」
言い終える前に、模擬用の魔法弾が飛んだ。盾役の肩をかすめ、鎧に焦げ跡を残す。
「チッ……!」
盾役が舌打ちする。
「今のは俺のミスだ」
ヴォルフが即座に言った。潔い。しかし、その次の言葉が、場の空気を変えた。
「だが、支援の指示が遅かった。鑑定士が状況を見ていれば、防げたはずだ」
一瞬、訓練場が静まった。
視線が、再びレインに集まる。
「……今、指示を出そうとした」
レインは事実を述べた。
「だが、遮られた」
「言い訳に聞こえるな」
ヴォルフは肩をすくめた。
「戦場では、一瞬の遅れが命取りだ。数値が低いなら、なおさら慎重であるべきじゃないか?」
その言葉に、誰も反論しなかった。
ガルドが口を開く。
「……次、気をつけろ」
それだけだった。レインに向けられた言葉。だが、そこに“フォロー”はない。
訓練は続いた。小さなミス。連携のズレ。疲労。そうしたものが積み重なるたび、視線は自然とレインに向けられる。
――鑑定が遅い。
――指示が足りない。
――判断が曖昧だ。
誰も明確に責めてはいない。だが、空気がそう語っていた。
昼休憩の時間、レインは一人で水を飲んでいた。石の縁に腰掛け、喉を潤す。耳元で、ひそひそと声が交わされるのが聞こえた。
「王都の依頼、失敗できねえしな」
「支援が不安定なのは……」
「数値ゼロってのが、やっぱり……」
レインは聞こえないふりをした。慣れている。だが、慣れは痛みを消してはくれない。
午後の訓練で、決定的な出来事が起きた。
複数体を想定した模擬戦。ヴォルフが前に出て、魔物役の人形を一体、二体と倒す。だが、三体目で踏み込みすぎた。
「戻れ!」
レインの声が飛ぶ。
しかし、ヴォルフは止まらなかった。次の瞬間、死角からの打撃が入る。人形とはいえ、勢いは本物だ。ヴォルフの体が大きく揺れ、地面に膝をついた。
ざわめき。
「今のは危険だ」
ドラン・エイムズが、いつの間にか訓練場を見下ろしていた。幹部席からの視線は冷たい。
「支援体制に問題があるのではないか?」
「……鑑定士の指示が遅れました」
ヴォルフが、はっきりと言った。
その瞬間、空気が固まった。
ガルドが口を開こうとしたが、ドランはそれを制する。
「事実か?」
全員の視線が、レインに向いた。
「指示は出した」
「だが、結果はこれだ」
ドランは淡々と告げる。
「王都直轄依頼において、支援の不備は致命的だ。特に、能力証明が不十分な者については——」
言葉の先は、言わずとも分かった。
レインは、ゆっくりと息を吐いた。
責任は、流れ始めている。
自分の足元に。
「……今日は、ここまでだ」
ドランの一言で、訓練は打ち切られた。
人々が散っていく中、レインはその場に残った。誰も声をかけない。ガルドでさえ、目を合わせなかった。
夕方、ギルドの廊下を歩く。石壁に反響する足音が、やけに大きく聞こえる。
背後から、リーナが追いついてきた。
「レイン……あの、今日のこと」
「気にするな」
レインは立ち止まらずに言った。
「よくあることだ」
「でも……」
リーナは言葉を探し、結局、何も言えなかった。
レインはギルドの外へ出た。空は赤く染まり、風が冷たい。
失敗はしていない。
判断も間違っていない。
それでも、責任は集まる。
――そういう役割に、なりつつある。
レインは空を見上げ、目を細めた。
これはまだ、始まりに過ぎない。
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