第2話 評価されない価値
翌朝、ギルドの中はいつもより騒がしかった。
王都直轄依頼の噂は一晩で広がり、掲示板の前には人だかりができている。酒の残り香と興奮が混じった空気の中、冒険者たちの声が跳ねていた。
「Aランク以上が条件だってよ」
「支援職も能力証明必須か……」
「王都は細けえな」
レインは少し離れた柱の陰で、それを聞いていた。革袋を肩にかけ、手には昨日の討伐報告の控え。視線は掲示板ではなく、受付の奥に置かれた大型水晶――能力測定用のそれに向いている。
あれに触れれば、数値が出る。
そして彼の数値は、ほぼ空白だ。
「おい、レイン」
声をかけてきたのはガルドだった。いつもより上機嫌で、鎧も新調している。金属の光沢がやけに目についた。
「聞いただろ、次の依頼。王都直轄だ」
「……ああ」
「支援職の証明がいるらしいな。形式的なもんだろ? お前、昨日みたいに鑑定結果まとめて出せばいい」
軽い口調だった。深く考えていない。考えないようにしている、とも言える。
「ギルドの水晶じゃ、俺の鑑定は出ない」
レインが事実だけを言うと、ガルドは一瞬だけ言葉に詰まった。すぐに肩をすくめる。
「だから形式だって言ってるだろ。適当に——」
「適当では通らない。王都直轄だ。書類は向こうで精査される」
ガルドの眉がわずかに動いた。苛立ち。あるいは、面倒事に触れられた不快感。
「……じゃあ、どうするんだよ」
レインは答えなかった。代わりに視線を水晶へ戻す。あれは、嘘をつかない。ただし、すべてを映すわけでもない。
そこへ、聞き慣れない足音が近づいてきた。
「失礼。君が例の鑑定士か?」
低く澄んだ声。振り返ると、黒髪を後ろで束ねた青年が立っていた。年は二十前後。動きに無駄がなく、装備は上質。何より、背後に控える従者の存在が、彼の立場を物語っている。
「……誰だ?」
ガルドが警戒するように問う。
「ヴォルフ・グランツ。今日から君たちのパーティに参加する予定だ」
その名を聞いた瞬間、周囲がざわめいた。
「グランツって、あの伯爵家の……」
「数値、Sだって噂の?」
ヴォルフはそれらを当然のように受け流し、視線をレインに向けた。
「鑑定士、だな。君が?」
「そうだが」
「ふむ」
ヴォルフは一歩近づき、レインを上から下まで眺めた。値踏みするような視線。隠そうともしていない。
「失礼だが、数値は?」
「ほぼゼロだ」
「はは」
短い笑い。悪意というより、理解不能なものを見た反応だった。
「それでAランクに?」
「彼は戦わないが、役に立つ」
ガルドが口を挟んだ。フォローのつもりなのだろう。だが、言葉は弱い。
「役に立つ、ね」
ヴォルフは首を傾げた。
「鑑定というのは、数値とランクを読むものだろう? 水晶に出ないなら、それは鑑定とは言わない。ただの勘だ」
レインは黙っていた。反論はできる。理屈もある。しかし、ここで言っても意味がない。相手は“数値が真実”だと疑っていない。
「王都直轄依頼は、優秀な人材だけで固めたい。無駄は省く主義でね」
ヴォルフの言葉に、ガルドの顔色が変わる。従者が小さく頷き、何かを確認するようにメモを取った。
「ちょっと待て。無駄って——」
「安心したまえ。決定権はギルドにある」
そう言って、ヴォルフは受付へ向かった。背筋の伸びた後ろ姿。周囲の冒険者たちが道を開ける。
残された空気は、重かった。
「……気にするな、レイン」
ガルドが言う。
「貴族様はいつもああだ。数値しか見ねえ」
「だからこそ、通らない」
レインの声は静かだった。
「王都の依頼に、俺は連れていけない」
一瞬、沈黙が落ちた。
リーナが不安そうにレインを見る。槍役は視線を逸らした。盾役は、何も言わない。
「……まだ決まったわけじゃねえだろ」
ガルドはそう言ったが、声に力がなかった。
しばらくして、ギルド幹部のドラン・エイムズが姿を現した。太った体に豪奢なローブ。数値至上主義の権化のような男だ。
「王都直轄依頼の件だが」
ドランは大きな声で告げた。
「参加パーティは、能力証明を提出してもらう。支援職・鑑定職も例外ではない。水晶に表示されない能力は、評価対象外とする」
その言葉に、レインの胸の奥で何かが静かに沈んだ。
ガルドが前に出ようとしたが、ドランは手で制した。
「規則だ。例外はない」
「だが、彼の鑑定は——」
「数値が出ない以上、証明できない」
それで終わりだった。
ドランは事務的に視線を巡らせ、ヴォルフの方を見る。
「グランツ殿の加入は承認する。編成は後ほど調整だ」
ヴォルフは満足そうに微笑んだ。
レインは、誰の顔も見なかった。自分の立場が、言葉を交わす前に決まっていく感覚。昨日までと同じはずなのに、足元の感触が違う。
「……レイン」
リーナが小さく呼ぶ。
「ごめんね。私——」
「謝る必要はない」
レインは首を振った。
「これは、俺の問題だ」
そして、それ以上は言わなかった。
ギルドを出ると、昼の光が差し込んでいた。人々は忙しなく行き交い、誰も彼の足取りを気に留めない。
王都直轄。
能力証明。
評価対象外。
言葉が頭の中で反響する。
彼は立ち止まり、深く息を吸った。
まだ追放されたわけではない。
だが、確実に――居場所は削られている。
それでも、レインは歩き出した。
今はまだ、“無能な鑑定士”のままだとしても。




