第19話 理由のない成功
最近、この一帯の傭兵たちは妙に忙しい。
それも、戦闘が激化したからではない。依頼が増えたのだ。しかも内容は、どれも同じような噂に基づいている。
「被害が出ない」
「判断が早い」
「なぜか、失敗しない」
酒場の片隅で、そんな言葉が囁かれていた。
レインは、壁際の席で水を飲みながら、その声を聞いていた。話題の中心が自分たちであることは分かっているが、誰も名前を出さない。出せないのだ。
理由が説明できないから。
「なあ、聞いたか」
隣の卓で、年嵩の傭兵が言う。
「東街道の護送、また無傷で終わったらしい」
「またかよ。あそこ、三回連続で襲われてるはずだろ」
「それが、襲われてはいる。だが死人が出ねえ」
相手が首をひねる。
「腕利きが揃ってるのか?」
「それが、そうでもないらしい。平均的だ」
「じゃあ、奇跡か?」
「……奇跡が続きすぎだろ」
笑い声が起きる。
だが、どこか落ち着かない笑いだった。
レインは、グラスを置いた。
――評価が、変な形で回り始めている。
賞賛でも、非難でもない。
ただの“違和感”。
それは、数値で測れないものに対する、世界の正直な反応だった。
「……来たな」
向かいに座るカイルが、低く言った。
酒場の入り口に、見慣れない人物が立っている。整った服装。無駄のない動き。周囲を一瞥する視線は、冒険者ではなく、役人のものだ。
男は、まっすぐこちらに向かってきた。
「傭兵団《カイル隊》の代表は、どなたですか」
丁寧な口調。
だが、質問ではなく確認だった。
「俺だ」
カイルが立ち上がる。
「王都監査局の者だ」
男は懐から札を出し、一瞬だけ見せた。
「最近の依頼結果について、少し話を聞きたい」
酒場の空気が、わずかに変わる。
耳が集まるのを、レインは感じた。
「正式な聴取か?」
カイルが警戒する。
「いいえ。調査です」
男は、淡々と答えた。
「成功が続いている。理由が記録に残っていない。それだけです」
その視線が、レインに一瞬だけ向けられた。
ほんの一瞬。
だが、確かに“見られた”。
「……ここでは話しづらいな」
カイルが言う。
「場所を変えよう」
「助かります」
男は頷いた。
酒場を出ると、夕方の光が街路を照らしていた。通りの喧騒の中を歩きながら、男は名乗る。
「イオリス・フェルド。数値評価専門官です」
その肩書きに、カイルが小さく息を呑んだ。
「……監査局の本流か」
「ええ」
イオリスは否定も誇張もしない。
「私は、数値で説明できない成功例を調べています」
足を止め、レインを見る。
「あなたが、その中心にいると聞きました」
直球だった。
レインは、視線を逸らさずに答える。
「俺は、判断をしているだけだ」
「判断、ですか」
イオリスは少し考える素振りを見せる。
「では、その判断を数値で説明できますか?」
「できない」
即答だった。
イオリスは、困ったように眉を寄せた。
「それが問題なのです」
「問題だと思う理由は?」
「再現できないからです」
誠実な声だった。
「再現できない成功は、事故と同じだ。事故は、いつか誰かを殺す」
その言葉に、レインは静かに返す。
「判断をしない方が、死ぬ場合もある」
イオリスは、言葉を失ったように見えた。
否定できない。
だが、肯定もできない。
その表情が、すべてを物語っている。
「……あなたは、危険だ」
イオリスは、率直に言った。
「悪意はない。だが、今の世界では」
レインは、ゆっくりと息を吐いた。
「それでも、俺は判断する」
「なぜです?」
「判断しなければ、切り捨てられる側が、いつも同じになる」
沈黙。
イオリスは、しばらく考え込んだあと、静かに言った。
「……私は、あなたを排除しに来たわけではない」
「知っている」
「だが、理解もできない」
その言葉に、レインは頷いた。
「それでいい」
理解されないままでも、判断は続く。
イオリスは、最後に一つだけ告げた。
「この成功は、いずれ王都まで届きます。そのとき、あなたは選ばされるでしょう」
「何をだ」
「管理されるか。排除されるか」
そう言って、男は去っていった。
夕暮れの街に、再び喧騒が戻る。
カイルが、ぽつりと呟いた。
「……面倒な段階に入ったな」
「ああ」
レインは答える。
「だが、予想通りだ」
理由のない成功は、必ず疑われる。
それでも。
判断をやめる理由には、ならない。
レインは、空を見上げた。
世界は、まだ追いついていない。
だが、確実にこちらを見始めている。
第3章は、静かに動き出していた。
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