第18話 即断の重さ
翌朝の空気は、昨日までとは明らかに違っていた。
張りつめている。
だが、混乱はない。
傭兵団の動きは静かで、無駄が削ぎ落とされている。装備の点検、配置の確認、合図の共有。誰もが必要なことだけを行い、余計な言葉を交わさない。
レインは、その中心には立っていなかった。
一歩引いた位置から、全体を見渡している。
――判断者は、前に出すぎてはいけない。
それを、昨日の失敗で学んだ。
「依頼内容だ」
カイルが地図を広げる。
「山道の途中で、行商隊が立ち往生している。魔物に囲まれているが、まだ生存者はいる」
「魔物の種類は?」
「不明。ただし、動きが速い。数は多くない」
セレスが即座に補足する。
「周辺地形から見て、奇襲型だ。数を絞って動いている」
レインは、すぐに判断に入らなかった。
一度、全員を見回す。
「最初に言う」
静かな声だったが、全員の注意が集まった。
「この救出では、全員を救えない可能性がある」
空気が、一瞬で張りつめる。
「動きが遅れれば、犠牲が出る。逆に、即断すれば、別の誰かが取り残されるかもしれない」
事実だけを告げる。
希望も、誤魔化しもない。
「それでも、やる」
レインは、はっきりと言った。
「判断は俺が下す。結果も、俺が引き受ける」
沈黙。
だが、誰も目を逸らさなかった。
「……分かった」
最初に頷いたのは、カイルだった。
「条件は一つだ」
「何だ」
「迷うな。昨日みたいな遅れは、もう許容できねえ」
レインは、頷いた。
「約束する」
行軍開始。
山道は狭く、視界が悪い。木々が密集し、足音が消える。魔物が好む条件が揃っている。
レインは、進みながら即座に判断を重ねていく。
「左は囮だ。無視しろ」
「後列、三歩下がれ。跳躍が来る」
「今だ、前へ」
指示は短く、即断だった。
迷いはない。
魔物が現れ、戦闘が始まる。
速い。
鋭い。
だが、傭兵たちの動きも速かった。
レインの指示を“考えずに実行する”状態が、完全に出来上がっている。
「行商隊、発見!」
叫び声。
だが、その直後。
「……二手に分かれてる」
レインは即座に状況を把握した。
一方は、馬車に籠もった数名。
もう一方は、足を怪我した一人。
距離は離れている。
同時救出は不可能。
――選べ。
迷いは、なかった。
「主力は馬車へ!」
「第二班、俺と来い!」
声を張り上げる。
カイルが一瞬、こちらを見る。
理解した。
馬車を優先する判断。
怪我人は、間に合わない可能性が高い。
それでも、判断は変えない。
戦闘は激しかったが、短かった。
馬車の行商人たちは、無事に救出される。
だが。
第二班が戻ってきたとき、その表情で結果は分かった。
「……間に合わなかった」
短い報告。
レインは、目を閉じなかった。
「そうか」
声は、揺れなかった。
救えた命。
救えなかった命。
その両方が、現実だ。
セレスが、静かに近づく。
「即断だったな」
「迷わなかった」
「……苦しいか」
レインは、少しだけ息を吐いた。
「苦しい」
正直な答え。
「だが、逃げなかった」
セレスは、それ以上何も言わなかった。
ただ、小さく頷いた。
行商人たちが、何度も頭を下げる。
助けられた命が、確かにそこにある。
レインは、その光景を正面から受け止めた。
――判断は、重い。
だが、背負える。
そう確信できた瞬間だった。
夕暮れの山道を進みながら、レインは静かに前を見据える。
もう、“当てにいく”判断はしない。
選び、
切り捨て、
引き受ける。
それが、判断者の道だ。
第2章は、ここで終わる。
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