第11話 測る者と、疑う者
翌朝の野営地は、妙に落ち着いていた。
夜通し警戒を続けていたはずなのに、誰一人として疲弊していない。火の番を終えた者は静かに交代し、武器の点検も無駄がない。昨日までの、どこか場当たり的だった空気が消えている。
レインは焚き火のそばで、その様子を眺めていた。
――指示に従う、というより。
――指示を“前提”に動いている。
それは、Aランクパーティですら出来ていなかったことだ。
「……なあ」
カイルが、少し距離を取って声をかけてきた。
「昨日のやつ、本当に偶然じゃねえんだな?」
「偶然なら、続かない」
レインは短く答えた。
「今日も同じ条件なら、同じ結果になる」
カイルは小さく息を吐いた。
「怖えな、それ」
「だから、使いどころを選ぶ」
その返答に、カイルは苦笑した。信じている。だが、完全には委ねていない。その距離感が、今はちょうどよかった。
そこへ、野営地の外から足音がした。
一定の間隔。
慌てていない。
武装しているが、警戒の仕方が違う。
「……止まれ」
見張りが声を上げる。
現れたのは、三人。
先頭に立つ人物は、フードを被り、長衣に身を包んでいた。剣でも槍でもない、奇妙な形の魔導具を腰に下げている。
「ここに、鑑定をする人間がいると聞いた」
低く、落ち着いた声だった。
男とも女ともつかない。
カイルが一歩前に出る。
「用件は?」
「依頼だ。正式なものじゃない」
フードの人物は、レインの方を見た。
「あなたが、昨夜の坑道で指示を出した人物だな」
レインは、わずかに目を細めた。
「……どうしてそれを?」
「結果が、異常だからだ」
その言葉に、レインは確信した。
この人物は、数値ではなく“差分”を見ている。
「名を名乗ろう」
フードが外される。
現れたのは、灰色の髪を後ろで束ねた人物だった。鋭い目つき。だが、敵意はない。観察者の目だ。
「セレス・ハイム。元・王都軍分析官だ」
その肩書きに、カイルたちがざわつく。
「……王都軍?」
「今は違う」
セレスは即答した。
「数値評価部門から外された。理由は――」
そこで、セレスは一度、言葉を切った。
「私が、“数値は万能ではない”と言ったからだ」
沈黙。
レインは、初めてこの人物を“対等”だと感じた。
「あなたの鑑定方法」
セレスは続ける。
「軍では、禁止されているやり方だ」
カイルが顔をしかめる。
「禁止?」
「個人の感覚と経験に依存しすぎている。再現性がなく、属人性が高い。組織運用には向かない」
淡々とした説明。
だが、その目は冷たくない。
「それでも、結果は出る」
セレスは、はっきりと言った。
「だから私は、あなたを見に来た」
レインは、少し考えてから口を開いた。
「……あなたは、俺を否定しに来たわけじゃない」
「否定も、肯定もしない」
セレスは首を振る。
「確認だ。あなたが“危険な存在”かどうかを」
その言葉に、カイルが反射的に動こうとしたが、レインが手で制した。
「危険、とは?」
「判断を誤れば、人を殺す力だ」
セレスの視線は、真っ直ぐだった。
「あなたの鑑定は、測れない。測れないが、当たる。だからこそ、使い手次第で劇薬になる」
レインは、何も言わなかった。
反論も、弁解も、今は不要だ。
「一つ、試させてほしい」
セレスが言う。
「今日の依頼。私も同行する」
ざわめき。
「条件がある」
レインが言った。
「俺の判断を、途中で覆さない」
「約束しよう」
セレスは迷いなく頷いた。
「だが、その代わり」
一歩、近づく。
「あなたが迷った瞬間は、必ず指摘する」
その言葉に、レインの胸が、わずかに高鳴った。
――初めてだ。
理解しようとする者。
恐れた上で、踏み込んでくる者。
カイルが小さく息を吐く。
「……面倒なのが増えたな」
「違う」
レインは答えた。
「必要な存在だ」
セレスは、その言葉を聞いて、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「では、始めようか」
測る者と、疑う者。
そして、測れない者。
三者が揃ったとき、
物語は、次の段階へ進む。




