第10話 最初の評価
その日の午後、街外れの空気はざらついていた。
乾いた風が砂を巻き上げ、簡易の野営地を叩く。布張りの天幕はところどころ擦り切れ、補修の跡が目立つ。明らかに正規の冒険者パーティではない。傭兵、流れ者、訳ありの連中――そんな面子が集まっていた。
レインは、その端に立っていた。
「助言役」として。
朝に声をかけてきた若い傭兵――カイルと名乗った男が、仲間たちを集めている。
「昨日の件で、こいつが言ってたことは全部当たった」
ざわつき。
「魔力過負荷だってよ。医者に見せたら、その通りだった」
「本当に動けるようになったしな……」
疑いと期待が混じった視線が、レインに集まる。
「……で、兄ちゃんは何者なんだ?」
率直な問いだった。
レインは一瞬だけ考え、答えた。
「ただの鑑定士だ」
「ただの?」
「ああ。ただし、ギルドにはいない」
それだけで、何人かが納得した顔をした。
ギルドにいない理由など、この手の連中には説明不要だ。
「で、頼みたいことがある」
カイルが続ける。
「今夜、魔物の巣を潰す。正面から行けば死人が出る。……見てほしい」
レインは、即答しなかった。
だが、頭の中ではすでに地形と条件を組み立てている。
「場所は?」
「東の廃採掘坑だ」
聞いた瞬間、嫌な予感が走った。
「……坑道の奥に分岐が三つあるはずだ」
「ある。なんで分かる?」
「二つは行き止まり。一つは地下水脈に繋がっている」
カイルの目が見開かれる。
「そこに、親個体がいる」
「……」
「正面から突っ込めば、音で一斉に出てくる。逃げ場はない」
レインは地面に棒で簡単な図を描いた。
「ここを使え。水脈側の坑道。湿っているから足音が消える。先行は一人だけ。残りは、合図があるまで動くな」
「合図?」
「魔物が、呼吸を止める瞬間がある。そのときだ」
傭兵たちは顔を見合わせた。
理屈は分からない。
だが、朝の件で「当たる」ことは理解している。
「……やってみるか」
カイルが決断した。
夜。
廃採掘坑の入り口は、想像以上に不気味だった。冷たい空気が流れ出し、内部は闇に沈んでいる。
レインは坑道の外に立ち、耳を澄ませていた。
音。
湿度。
空気の流れ。
「……今だ」
小さく、しかし確信を持って告げる。
中で動きがあった。
剣が振るわれ、低い咆哮が響く。
だが、混乱はない。
悲鳴もない。
やがて、合図の松明が揺れた。
「成功だ!」
戻ってきたカイルの顔は、汗と興奮で輝いていた。
「一体も取り逃がさなかった。怪我人もなし!」
その言葉に、周囲がどよめく。
レインは、静かに息を吐いた。
予測どおりだ。
「……すげえな」
誰かが呟く。
「ギルドの鑑定より、よっぽど役に立つじゃねえか」
その一言で、空気が変わった。
評価。
それは、数値でも水晶でもなく、結果だった。
「次も、頼めるか?」
カイルが真っ直ぐに言う。
「報酬は多く出せねえ。でも、あんたの言葉は信じる」
レインは、少しだけ考え、頷いた。
「ああ。条件がある」
「何だ?」
「俺の判断には、最後まで従え」
カイルは迷わず頷いた。
「もちろんだ」
その即答に、レインはわずかに目を細めた。
――ここだ。
ここが、始まりだ。
同じ頃。
王都へ向かったはずのAランクパーティは、予定を大きく遅らせていた。
補給路でのトラブル。
連携不足。
想定外の損耗。
小さな歪みが、確実に積み重なっている。
だが、まだ誰も気づいていない。
切り捨てたものが、何だったのかを。
夜空に、雲が流れる。
レインは、焚き火の明かりの中で、静かに立っていた。
――評価される場所は、確かに存在する。
それを、自分で選ぶだけだ。
第1章は、ここで終わる。




