第七話:十三歳の成人、深まる不安
十三歳の誕生日を迎えた朝、俺はいつものように目を覚ました。木造の家の天井から差し込む光は柔らかく、少しだけ暖かい。だけど胸の奥が、落ち着かない。心臓がゆっくりと速くなるあの感覚は、昔から魔力がざわめくときの合図だ。
「アルト、起きてる?」
台所のほうから、小さくて優しい母さんの声がした。
「うん、今行くよ」
立ち上がって部屋を出ると、パンの焼ける匂いとハーブティーの香りが鼻をくすぐった。こんな朝はいつも通りのはずなのに、今日だけは、胸の奥で何かがざわついている。
「アルト、十三歳ね。成人だなんて、ほんとに早いわね」
母さんが笑う。薄い金色の髪がゆらりと揺れた。
「これで村でも、一人前ってことだな」
父さんが俺の肩を軽く叩く。分厚い手のひらは温かくて、安心する。
嬉しいはずなのに、胸のあたりに不安がひっかかる。
――俺は、本当に大丈夫なんだろうか?
小さい頃から、俺の体には八つの魔法が勝手に発現した。火、水、風、土、光、闇、癒し、そして錬金。
全部、初級とはいえ、八系統すべてに触れられるなんて、本来ありえないらしい。
右手の甲には、複雑に絡み合った青い紋章が刻まれている。普段は皮膚と同じ色で見えにくいけど、魔力が動くと青く脈打って輝く。あれがたまに怖い。まるで俺の心臓の動きを真似るみたいに、ドクン、ドクン、と震えるから。
「アルト、怖がらなくていいのよ」
母さんがそっと俺の右手を包んだ。
「あなたには私たちがついているんだから」
その優しさが、逆に胸に刺さることだってある。
俺は、もし失敗したらどうなるんだろう?
この力のせいで、もし誰かを傷つけたら……。
「力を恐れるな」
父さんが笑いながら言った。
「制御さえ覚えれば、お前は誰よりも自由になれる」
――自由。
その言葉は、いつも俺の胸を揺らす。
◆
朝食を終えたあと、家の裏手の丘に出ると、風が心地よく肌を撫でた。光を受けた草原はきらきらしていて、こんな日常を壊したくないと心から思った。
だけど、分かってる。
俺はもう、ここにずっといるわけにはいかない。
幼少期から無意識に使っていた魔法は、成長するにつれて「制御」を求めるようになった。少し感情が揺らぐだけで魔力の流れが乱れ、思わぬ現象が起きてしまう。
昨日だって、少し焦った拍子に風魔法が暴走して、父さんが積んでいた干し草が全部吹き飛んだ。
「ハハ! いい風だな!」と笑ってくれたけど、内心ヒヤヒヤだった。
俺は、この力をきちんと扱わなきゃいけない。
◆
夜になり、星空を見上げながら、いつもの魔法練習を始める。
右手の甲を軽く意識すると、紋章が青く脈打った。
手のひらに集中すると、小さな炎がぽ、と灯る。
「……よし」
火を消し、水の球を生み、風と土の流れをゆっくり調整し、光の玉を手のひらに乗せる。闇の力は影を濃くする程度しか使えないけど、それでも確かに俺の中に存在している。
癒しの魔法は、母さんの肩こりや、小動物の擦り傷で試した。錬金の力は父さんの農具の修繕で役に立った。
全部、初級の域を出ない。
けれど、八つ全部を扱えるってだけで、世界ではほとんど見たことがない「異常」らしい。
俺は、それを誇るよりも前に、まず理解しなきゃいけない。
「外の世界に……」
自然と口に出てしまった。
――そうだ。
俺は、外に出るべきなんだ。
村の中だけで力を隠しながら生きているだけでは、いつか限界が来る。
制御を学び、経験を積み、自分の力が何なのかを確かめたい。
父さんや母さんと過ごす日常は、俺の宝物だ。
だけど、「離れたくない」という気持ちのまま生きていたら、きっともっと大事な何かを失う。
恐怖に負け続けて、このまま成長したら……。
そのほうが、きっと怖い。
丘の上で、星空を見ながら俺は拳を握った。
「……俺、行こう。外へ」
紋章がぼんやり青く光り、
まるで返事をするように、静かに脈打った。
それは、俺の決意に呼応するような温かい脈動だった。
怖さもある。でも、それ以上に胸が熱くなる。
十三歳の俺は小さい。
まだまだ未熟で、わからないことだらけだ。
だけど――
この右手の力と、両親の愛と、そして俺自身の決意が、確かに未来への道を照らしている。
これが、俺が冒険者として歩き始める前の、最初の一歩だった。




