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第一章:威力は初級、魔力量は無限。最弱設定のはずが世界から頼られています  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第四十二話:意識の拡張

修行部屋でルナと行った、静物を使った魔力と呼吸の安定化訓練から数日が経過していた。

あの訓練で、俺は《予知:エピタフ》を制御するための本質的な鍵を掴んだ。それは、呼吸と魔力の絶対的な安定化。恐怖や極度の緊張といった強制的なトリガーなしに、自らの意志で微細な情報の揺らぎを読み取る感覚を、少しずつではあるが、確実に身につけていた。

しかし、ルナはそこで満足することを許さなかった。

「アルト、行くわよ。次は『現実の情報の海』で訓練を始める」

ルナに連れられて目指したのは、賑わいの中心――ギルドホールだ。冒険者、依頼人、職員が絶え間なく行き交い、情報と感情が渦巻く、この街で最もカオスな場所。

扉をくぐった、その一瞬。

ゴオォォォン……

と、耳鳴りのような、あるいは深海にいるような錯覚と共に、俺の感覚は過負荷状態に陥った。

人々の足音。依頼書が山と積まれた机から聞こえる、紙の擦れる音。身につけた甲冑の金属が微かにぶつかり合う音。そして、何よりも圧倒的なのは、無数の意識が生み出す感情の波紋だった。

期待。焦燥。疲労。興奮。依頼の成否による安堵と落胆。それらが複雑に絡み合い、まるで津波のように押し寄せてきて、俺の魔力感覚を、そして精神そのものを押し流そうとする。

脳裏に一瞬、初めて《エピタフ》が暴発した森での戦闘の記憶や、静寂の中での静物訓練の記憶がフラッシュバックする。だが、ここにある情報量は、それらすべてを足しても比ではない。まさに情報の奔流だ。

「……っ」

俺は全身に力を入れ、溢れそうになる魔力の暴走を抑え込んだ。

深く、長く、息を吸う。

そして、その意識を外界から切り離し、自身の体内に向ける。

胸の上下運動に伴う、ごく微細な鼓動。血流の、波のような波動。そして、そのすべてを魔力で包み込み、右手に宿す《心の微光》。

すべての感覚を一点に収束させ、外界の情報を意識的にフィルタリングする。

ギルドホールの喧騒は、まるで遠くの地鳴りのような、ただの低音のノイズへと変わった。乱れていた魔力の湖面は穏やかに保たれ、まるで外の世界から隔離されたかのように静寂が訪れる。

右手の甲に青白く揺れる微光は、ホールに存在する無数の情報の中で、俺が意図した一点にのみ反応しようと小さく震えている。

「アルト。まず、あの受付の職員。彼女が次に触れる書類を予知してごらんなさい」

ルナの声は、この喧騒の中でも冷静で、耳に鋭く届く。

目を凝らす。職員は機械的に書類を整理し、ほとんど感情を表に出していない。感情の波紋という分かりやすいトリガーがない、純粋な「行動」の予知。これは修行部屋での訓練の応用だ。

俺は目を閉じ、呼吸のリズムを維持しながら、微光を通して情報を集め始める。

職員の手の動き。書類の質感。机との摩擦音。紙の僅かな重みの変化。魔力感覚でそれらの物理的な揺らぎを読み取る。静寂と喧騒の境界を、意識的に曖昧にする。

脳内で、それらの情報の断片を結合していく。

静かな集中が数秒。

カサッ

脳裏に、一瞬の映像が流れた。

――茶色の革表紙の書類が、彼女の右手に触れる。

俺が目を開けると、職員はまさにその革表紙の書類に手を伸ばし、それを手に取ろうとしているところだった。

ルナは小さく、しかし満足げに微笑んだ。

「成功よ、アルト。日常的な動作を、感情の波紋という強力なトリガーなしで予知した。あなたの《エピタフ》は、もう外部の強烈な感情に依存していない証拠だわ」

魔力の消耗は激しいが、それ以上に、恐怖によって強制された予知とは異なる、自分の意志で得た確かな手応えが、俺の心を満たした。

しかし、次にルナが提示した課題は、さらに難易度が高かった。

「次は、三人の冒険者グループ。会話しながら歩いている中で、一番手前の大剣を持った者の次の重心移動を予知しなさい」

未来の断片ではない。膨大な情報と感情の渦の中から、対象の極めて微細な物理的な揺らぎを選別する力が求められる。

俺は再度呼吸を整え、微光を右手に宿す。周囲の感情の波を意識的に「遮断」し、冒険者の身体の重心の変化という、純粋な物理法則の揺らぎだけを感知する。

最初の試みは失敗した。

三人の冒険者の会話。表情。周囲を歩く人々の動き。それらに一瞬、意識が引っ張られ、予知の断片は錯綜し、意味をなさなかった。

だが、俺は焦らない。呼吸を整え、魔力の流れをひたすら一定に保つことに専念する。訓練の成果は、こういうときにこそ活きる。

再度集中。

今度は微光が、微細な反応を示した。

足裏にかかる圧力の変化。身体の重心のわずかな偏り。歩行に伴う、腕の振れの僅かな差――それらを繋ぎ合わせる。未来の断片を、受け身ではなく意識的に読み取る。

数秒後、脳裏に映像が現れた。明確な未来の軌道。

「次の歩みで、右に体が傾く――!」

直後、大剣を持った冒険者は、会話に夢中になりながらも、無意識に、ごく自然な動作で右側へと重心を移した。

俺は小さく息を吐き、成功を確信した。

ルナの目に微かな喜びの色が宿る。

「素晴らしいわ、アルト。無数の情報の中から、目的の情報だけを選別できた証拠よ。あなたは、自分の意志で《エピタフ》を操る方法を体得しつつある」

俺はその瞬間、心底から確信した。

恐怖や絶望のトリガーなしに、意志だけで未来を読み取る――それは、俺がこの力を持って以来、ずっと想像もできなかった制御の領域だった。無意識の連鎖は完全に止まり、呼吸と魔力の一定化により、《アクセラレーション》や《デセレーション》が暴発する危険も、今のところは感じない。

まだ成功率は完璧ではないし、短時間、断片的な予知に留まる。だが、それでも、これは俺にとって決定的な進歩だ。

右手の甲に刻まれた時属性の紋章を見つめながら、俺は静かに呟いた。

「俺の力は……恐怖や絶望なしに、俺の意志で動く……」

その言葉に、これまでの不安や焦燥は微塵もなく、代わりに確かな自信と覚悟が宿っていた。

ルナは柔らかく頷き、俺の背中を押すように告げた。

「次は、連続した未来の流れを読み取りなさい。断片ではなく、流れ全体を。ただし、無理は禁物。今の成功で、あなたの精神は極度に消耗しているわ」

深く息を吸い、俺は再びギルドホールの喧騒に意識を向けた。

胸の鼓動。魔力の流れ。手の微光。そして、目に見えぬ未来の軌道。

すべてを同期させ、俺は確かな手応えとともに前へ踏み出す。情報の渦に押し流されず、恐怖に飲まれず、自らの意志で未来を切り取るために。

これこそが、《予知:エピタフ》を完全に制御するための第一歩。時を操る資格を得るための、長く険しい道の確かな始まりだった。

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