第三十四話:領主への報告と、過ぎ去った時を知る者
魔物襲撃から一夜が明けた。
街にはまだ焦げた匂いや破壊の痕が残っているものの、住民たちは瓦礫の陰から少しずつ顔を出し、生活を取り戻そうとしていた。そんな朝の空気の中、俺はルナさんに伴われて城砦へ向かっていた。
昨日の戦いで、俺は無意識のうちに時属性の初動魔法《思考加速》を使っていた。
あれは偶然の覚醒、ほとんど事故のようなものだったが──ルナさんは一目でその現象を見抜いた。……まるで、“自分も経験したことがある”みたいな──そんな目だった。
彼女の横顔には、昨日の優しさとは違う、少し影を落とした色が混じっていた。
「領主様への報告は、事実だけを簡潔にね。あなたが使った複合魔法は“蒸気とデバフを組み合わせた高位魔法”。時属性については……絶対に触れないこと」
「はい。気をつけます」
ルナさんはいち早く応援を呼び、状況理解も早かったため、今回の報告にも同行する形になった。彼女がいなければ、俺は戦場で自分の力を暴走させたまま終わっていたかもしれない。
城砦の大きな門が開く。
中に入ると、領主の執務室へと案内された。
執務机の向こうで、領主様は柔和な笑みを浮かべていた。
「よくぞ街を守ってくれた、若き冒険者よ。聞けば、お前の複合魔法が魔物たちの統率を乱し、前線を大きく助けたそうだな」
領主様は革袋を机に置く。中には金貨が詰まっていた。あれだけあれば、しばらく生活に困らない。
だが俺は、その輝きに手を伸ばさず、深く頭を下げた。
「……領主様。その褒美は辞退させてください」
「なに? 命を張った働きに対価は当然だろう。どんな理由がある?」
俺は息を吸い、胸の奥の迷いを断ち切った。
「確かに俺の魔法が、魔物の動きを鈍らせました。でも……魔物の中心部に切り込み、群れを崩壊させたのはシエラさんです。俺ではなく、彼女こそがこの街を救いました」
昨日の戦場が脳裏に浮かぶ。
泥まみれで剣を振り抜く彼女の姿。
恐怖に震えながらも、最前線に立ち続けた仲間たちの背中。
「だから……もし可能なら、俺の褒美はシエラさんのギルドランク昇格の推挙に使っていただきたいんです。彼女は現在Bランクだと伺っていますが、今回の功績はAランクに相応しい。俺はそう確信しています」
領主様は目を丸くし、少しの間、俺をただ見つめていた。
次の瞬間、豪快に笑い声を上げた。
「はっはっは! なんとも面白い若者だ! 自身の褒美を仲間のために使うとは。善き心を持つ者よ。よかろう、隣街へ働きかけてみよう。王都経由にはなるが、シエラ殿の昇格を強く推しておく」
「ありがとうございます!」
胸の重りが一つ外れたような気がした。
領主様は続けてルナさんへと視線を向ける。
「ルナよ。そなたも今回の功績は大きい。いち早く応援を呼び、状況を立て直したと聞いておる。そなたの判断力も評価しておく」
「光栄です、領主様」
領主様はさらに俺の方を向いた。
「そしてアルト、お前の才能は只事ではない。本部に推薦状を書こう。Fランクのままではもったいない。もっと上へ行ける器だ」
胸が熱くなった。
だが、同時に僅かな不安が顔を出す。
もし俺の時属性が露見したら──どうなる?
ルナさんが見せた“痛み”の意味は?
謁見を終え、城砦を出る。
外の空気を吸うと、ようやく緊張が解け、肩の力が抜けた。
しかし、隣を歩くルナさんの雰囲気が急に変わった。
昨日の慰めとは違い、鋭い視線を前へ向けている。
「アルト。よくやったわ。あなたの言葉は誰に対しても真っ直ぐだった。それはとても大切なことよ」
「ありがとうございます。でも……ルナさん? その、顔が怖いというか……」
「ここからが本番だからよ」
その声音は、昨日以上に厳しかった。
「あなたの時属性は、まだ発動条件さえ理解できていない。昨日の戦いは、偶然と……ほんの少しの奇跡。それで勝てたのだと自覚しておきなさい」
胸が痛むほどの正論だった。
「今日から、時属性の本質を教えるわ。複合魔法の仕組み、思考加速の制御。そして──その力を扱った者が必ず直面する“代償”についても」
ルナさんは足を止めず、資料室の奥へ続く廊下を見据えた。
魔族との戦いは終わった。
だが次に挑むのは──俺の中の“時”そのもの。
逃げられない、孤独で長い戦い。
それでも、ルナさんが導いてくれる。
ならば俺は乗り越えられる。
そう自分に言い聞かせながら、俺はその背中を追った。




