第三十話:援軍の到着
森の奥から聞こえてきた足音と、人間の声。それは――途切れない咆哮と、泥と焼け焦げた木の匂いの混じった地獄の戦場に差し込んだ、まさに一筋の光だった。
「あれは……人の声だ……援軍だ……!」
思わず息が漏れた。喉は乾ききっているのに、胸の奥から熱いものが込みあげて、体中に残っていた力を少しだけ押し上げてくれる。泥と汗と血が混じった体をなんとか支えながら、俺は足音の主を探した。
やがて、木々の向こうから現れたのは――整然とした動きで進んでくる冒険者の一団だった。鎧を鳴らし、武器を構え、判断が早くて、目つきも鋭い。見ただけで分かる。彼らは腕利きの冒険者だ。
「こちらエルトリア支援隊! ダンジョン攻略組から合流済み! 前線に突入する!」
その声に、膝から力が抜けそうになる。
……間に合った。本当に、間に合ってくれた。
シエラさんも彼らの姿に気づいたようで、炎を纏った剣を握り直し、瞳に再び強い光を宿していた。
「アルト、行けるか? 援軍が来た。ここで押し返すぞ」
呼吸は荒かったけれど、返事をする余裕はなくて、俺はただ大きく頷いた。言葉を吐けば、集中力が切れてしまいそうで。
(……まだやれる。まだ止められる……!)
俺は地面に手をつき、魔力の流れを整えていく。
「土・錬金――《鋼鉄の壁》!」
壊れた壁の残骸に魔力を流し込むと、再び地面が震え、鋼鉄の塊が立ち上がる。さっきより少し低いけれど、それでも魔物たちの突進を止めるには十分だった。
「次ッ……!」
足元の泥を蹴り、手のひらを前に向ける。
「土・水――《泥濘化》!」
地面が粘り気を帯びて広がり、魔物の足を捕らえていく。動きが鈍ったその隙に、援軍の弓兵が矢を撃ち込み、剣士たちが間を縫って突撃する。
そして俺は上空へ手を伸ばし、風と水を絡める。
「水・風――《嵐の静電》!」
チチチッ……と、空中に青白い光が散った。微細な痺れが走り、空から襲ってこようとした魔物が体勢を崩す。援軍の動きがさらに通りやすくなる。
(もう一段階……!)
影が揺れた瞬間、俺は闇と木を組み合わせた。
「木・闇――《影縛りの茨》!」
黒い茨が泥の上から突き出し、魔物の足を絡め取る。泥と茨の二重拘束。魔物の足掻きも、吠え声も、もう聞こえないほどの圧力で締め上げる。
「仕上げだ……!」
俺は胸の奥に残った熱を絞り出し、炎と風の魔力を混ぜ合わせた。
「炎・風――《火炎旋風》!!」
炎の竜巻が、拘束された魔物を包み込む。逃げ場のない灼熱。森に赤い光が乱舞し、熱風が俺の頬を焼いた。
だが、魔物が叫ぶより早く、シエラさんの影が飛び込む。
「おらぁッ! 燃え尽きろォ!」
炎を纏った大剣が振り下ろされ、魔物が次々と倒れていく。数時間前なら絶望しか感じなかった魔物の群れが、今は押されていた。
俺の妨害。援軍の支援。そしてシエラさんの火力。
三つが重なって、まるで巨大な一つの戦術兵器みたいに機能している。
(……あと少し。あと少しで……!)
でも、限界は近かった。
体は重いし、手足は震えているし、意識が少しずつぼやける。
それでも、魔法だけは止まらなかった。魔力量が減らないからこそ、脳が焼けるような感覚が続く。魔法の連鎖を保つだけで、全身の体力が削られていく。
「はぁ、はぁ……まだ、止める……!」
この戦いは、俺が止めないと意味がない。
俺が崩れたら、後ろの街が――家族が――みんなが危ない。
だから、踏ん張った。
泥の感触なんてもう分からない。
腕の震えも、足の痛みも、もう全部が遠くなっていく。
だけど。
援軍は確かに前へ進んでいた。
魔物の波は、少しずつ後退している。
焼けるような夕日が木の隙間から差し込み、戦場を赤く照らす。
シエラさんが息を吐き、肩に剣を担ぎ直した。
「いいぞ、アルト。押してる……! このまま行く!」
俺も弱々しく頷く。
だけど、その瞬間――
森の奥の茂みが、ガサリと揺れた。
それは魔物の音じゃない。
援軍の近くから聞こえる、金属のぶつかる乾いた音。
まだ増えるのか……!? と身構えたけれど、次の瞬間、俺はそれが違うと分かった。
援軍は、さらに増えていた。
「追加部隊到着! ここから本格的に押し返すぞ!!」
その声に、胸が熱くなる。
(……助かった。本当に……)
限界は近い。
でも、もう独りじゃない。
シエラさんだけでもない。
街を守るために、俺たちは確かに繋がっていた。
「……まだ終わらないな」
シエラさんが呟く。
俺は小さく頷き、再び魔力の流れを整えた。
援軍が増えたとはいえ、この戦場はまだ揺らぎ続ける。
次の波は、もっと強いかもしれない。
それでも――
(……守る。最後まで、絶対に。)
泥と血と炎の匂いが入り混じる夕刻の森で、俺はまた立ち上がった。
そして、次へ続く戦いを見据えた。




