第二十八話:少年の足掻きに燃える瞳
森全体が、戦場の鼓動を打ち鳴らしていた。
木々のざわめきも、小動物の走る音も、すべてが魔物の咆哮にかき消されていく。
重く湿った空気は、土煙と焦げた臭いを含み、肺いっぱいに吸い込めば胸が刺すように痛む。
(……休んでなんていられない。手を止めた瞬間に街が――)
泥だらけの足を踏ん張り、僕は両手を前に突き出した。
魔力は減らない。けれど、体力と集中力は容赦なく削れていく。
手のひらは焼けるように熱く、呼吸は乱れ、泥で滑った靴の中はぐちゃぐちゃだ。
「炎・風――《火炎旋風》!」
赤い炎を巻き上げた旋風が魔物たちを包み込む。
倒すためじゃない。視界を奪い、数秒――ほんの少しだけ止めるための魔法だ。
(たった数秒でも……僕には十分だ!)
未来で見た“街の崩壊”を変えるため。
今だけは、誰よりも足掻き続ける。
「木・闇――《影縛りの茨》!」
黒い蔦が影から伸び、四足獣型の魔物の足を絡め取る。
渇いた悲鳴が上がり、泥濘の中でもがく姿が見えた。
「土・水――(泥濘化》!」
地面が一気に沈み込み、魔物たちの脚が泥に飲まれていく。
「水・風――《嵐の静電》!」
霧状の水分が帯電し、空中の魔物たちが翼を痺れさせて墜落する。
複合魔法を次々と展開するたび、視界が揺れていく。
手足の震えは止まらず、魔法の制御に必要な集中がすり減っていくのが分かった。
それでも、止まれない。
魔物は群れをなして、暴力的な質量で迫ってくる。
最初に《アイアン・ウォール》を突破した深紅のオーガが、泥を蹴散らして僕に真っ直ぐ接近してきた。
(まずい……! 避けきれない――!)
爪が振り下ろされる。
泥に足を取られたせいで、反応が一瞬遅れた。
反射的に手をかざす。
「土・錬金――《鋼鉄の壁》――」
唱えきる前に。
――ゴォォッ!!
横から赤い光が閃き、オーガの巨体が一刀で叩き斬られた。
灼熱の衝撃波が僕の顔に押し寄せ、思わず後ろに転ぶ。
「下がってな、坊主!!」
炎を纏った大剣を肩に担ぎ、赤髪の女性が立っていた。
燃えるような髪と瞳。圧倒的な存在感。
――シエラ。Bランクの冒険者だ。
「近くを通ってたら、面白ぇ魔法を使ってるガキがいるじゃねぇか!」
彼女は笑いながら大剣を構え直し、僕の罠で動きを鈍らせた魔物の群れへ一気に突撃した。
炎の剣が振るわれるたび、世界が赤く染まる。
焼け焦げた魔物の肉の匂い、飛び散る黒煙。
まるで道を切り開くように大剣が唸り、魔物たちを吹き飛ばしていく。
(……すごい。本物の冒険者って、こんなに……)
ただの炎じゃない。
力任せの剣撃でもない。
彼女の攻撃は、明確に“戦場の経験”が染みついた動きだった。
「いいセンスしてるな、坊主」
シエラは僕の方を一瞥し、その細められた瞳には確かな評価が宿っていた。
「火力はないが……魔物の進行を止める術は一級品だ。まるで魔物の動きを“計算”してるみたいだ」
褒められたことなんて、今までほとんどなかった。
胸の奥が熱くなり、身体の疲れが少しだけ軽くなった気がする。
僕は地面に手をつき、再度魔力を流す。
「土・錬金――《鋼鉄の壁》!」
新たな壁が隆起し、追加の魔物の突進を止める。
泥、蔦、雷、炎。
僕とシエラの攻撃が重なり、互いの弱点を補い合う。
だけど――。
森の奥から、空気を震わせる咆哮が響く。
巨木が揺れ、鳥が飛び立つ気配。その音だけで、肌が粟立つ。
(あれは……もっと強いのが来る!)
未来で見た“第二波”。
それが動き始めていた。
「坊主、息はまだあるか!」
「もちろんです……まだやれます!」
「ならいい。燃えてきたじゃねぇか!」
シエラは笑い、炎の大剣を肩に担いだ。
僕は深く息を吸い、震える手を泥の上に再び置く。
(……絶対に街を守る。シエラさんが来てくれた。それなら――まだ戦える!)
迫り来る第二波の影を前に、僕は再び魔力を練り上げ始めた。
少年の足掻きと女剣士の炎が交錯する戦場は――まだ終わりを告げない。




