第二十七話:鉄壁から始まる罠連鎖
森の空気が、ひどく重たかった。
ただの風じゃない。魔力と殺気が混ざり、低く唸るように揺れている。
肺に入ってくる空気が冷たくて、思わず呼吸が浅くなるほどだ。
見えている影の数は十体……いや、それ以上かもしれない。
気配だけでこれほどの圧を感じるのは初めてだ。枝の揺れる音、小動物の逃げる気配、その一つ一つが神経を逆なでする。
それでも――俺の壁は、まだ生きている。
(……最初の衝撃でも、持ちこたえてる!)
胸の奥で、ほっとしたような、しかし気を抜けば一気に潰れそうな緊張が混じり合う。
俺は地面に意識を集中させ、両手を前に突き出した。
頭の中では、ルナさんに説明した防衛計画が、まるで設計図みたいに順序立てて並んでいく。
魔力は減らない。
だから求められるのは――精密な制御だけだ。
「土・錬金――《鋼鉄の壁!」
地鳴りが俺の足元から響き、街道の土が灰色の硬質な壁へと変わった。
巨大な壁は森の入口を塞ぎ、突進してくる魔物たちの前にそびえ立つ。
――ガンッ!!
――ガゴッッ!!
真っ赤な皮膚のオーガが、轟音を立てて壁に激突した。
高位魔物ならではの怪力で、鉄壁には亀裂が走る。
それでも、壁は耐えた。
グリムファングが泥を跳ね上げながら突進し、牙をむき出しにしてくるが……勢いは確実に削がれている。
(……いける、まだ時間は稼げる!)
俺は息をつく間もなく、次の罠に魔力を流し込んだ。
「土・水――《泥濘化》!」
壁のすぐ後ろ側、魔物たちの足元がずぶりと沈む。
地面が深い泥に変わり、足を取るどころではなく、体ごと沈み込むほどの粘性を帯びていく。
四足のグリムファングたちは動きが鈍り、泥を掻き分けながらのろのろと進むしかなくなった。
それでも、オーガは膂力で無理やり泥を突破し、壁の亀裂を押し広げようとしてくる。
湿った土の匂いが強くなり、空気が一層荒れていく。
(この隙に……空からを止める!)
俺は空を飛ぶ気配に意識を合わせ、風と水を混ぜる。
「水・風――《嵐の静電》!」
空中の微細な水分に電気が走り、バチッと小さな雷光が散る。
飛行魔物が羽ばたきを乱し、体勢を崩した。
数秒でも飛行を止められれば、それで十分だ。
(このタイミング……逃がすわけにはいかない!)
俺は足元の影へ向けて手をかざす。
「木・闇――《影縛りの茨》!」
地面の影が濃く歪み、その中から黒い蔦が飛び出した。
怒号を上げる魔物たちの足に巻き付き、泥と同時に拘束する。
蔦は、もがくほど強く締めつける。
オーガの太い足でさえ、しっかり拘束されていた。
(よし……混乱が生まれてる……!)
一瞬の判断で、最後のデバフを放つ。
「炎・風――《火炎旋風》!」
紅い炎と風が渦を巻き、拘束された魔物の群れを飲み込んだ。
視界は炎と土煙で乱され、魔物たちは互いにぶつかり合って混乱している。
これで足止めになる。
ほんの数十秒でも、積み重ねれば“十数分”になるはずだ。
「はぁ……っ」
汗を拭いながら、防衛線を見渡す。
炎、泥、蔦、そして乱れ飛ぶ魔力の粒子。
森の奥では魔物の咆哮が鳴り響き、振動が地面を伝う。
緊張で喉が渇く。
俺は再び地面に手を置き、壁を再展開する。
「土・錬金――《鋼鉄の壁》!」
新たな壁がせり上がる。
しかし、先頭の高位魔物が、それ以上の勢いで突進を始めていた。
(……これは本当に、序盤なんだよな)
グリムファングの牙、オーガの棍棒、翼竜の影。
それぞれの姿が、まるで街へ迫る巨大な波の先端のように見える。
「ここからが……本当の戦いだ……!」
腰が引けそうな恐怖がある。
でもそれ以上に、守らなきゃいけない人たちがいる。
ルナさんの「あなたは第一の壁よ」という声が、耳に残っていた。
俺は背筋を伸ばし、全身の魔力を制御に集中させた。
――十数分の時間を稼ぐための
孤独で熾烈な防衛戦が、ここから始まる。




