第二十六話:時限の終焉、第一の波
最後の《鋼鉄の壁》を街道の要所へ設置し終えたとき、膝がかくりと震えた。魔力は相変わらず減っていない。減らないのが当たり前になりすぎて、最近では疲労の原因がどこにあるのか自分でも一瞬わからなくなる。
けれど、今回の疲れは魔力とは別だ。
――ただの集中しすぎによる疲弊。
罠と障壁の制御を休みなく続けたせいで、頭の奥がじんじんする。
「間に合った……」
額の汗をぬぐいながら呟いた。夕陽が差し込む街道は、普段なら旅人と商人が行き交う穏やかな時間帯だ。それが数時間後には修羅場と化す――そう思うだけで、胸の奥が冷たくなる。
今回の襲撃は、大規模だ。
俺が知っている“未来の記憶”でも、ギリギリで防げた規模。
上級冒険者がほとんど遠征中の今、守り切れるかは本当に紙一重だ。
(次は……ギルド本部だな)
ギルドへ戻る前に、ひとつだけ確認したい場所があった。
街の中心に位置するギルド本部。そこには受付であり、実質的な参謀役でもあるルナさんがいる。俺がここ数日で作り上げた多重罠の情報も、全て彼女が把握している。彼女の安全が崩れれば、この街の指揮系統は一気に混乱してしまう。
裏道を走りながら、俺は思考の中で複合魔法の組み立てを繰り返す。
(空を飛ぶ魔物は《灼光の網》で落とす。足止め最優先。その後に突進型のグリムファングを《グラウンド・マッド》と《アイアン・ウォール》で削る。撃破じゃなくていい。時間を稼いで、援軍が来るまで持ちこたえるのが俺の役目だ)
――俺は第一壁。
ルナさんの言葉を思い出すたび、胸が重くなる。
そのときだった。
「――ドォォォォンッ!!」
大地が揺れ、森の境界線から爆音が響き渡った。
第一防衛線。俺が張った《アイアン・ウォール》が、高位魔物の突進を受けたのだ。
木々が震え、悲鳴と怒号が混ざった音が、街へ向かって流れ込んでくる。
「……来た」
未来の中で何度も見てきた光景が、とうとう現実として目の前へ押し寄せてきた。
血の気が引くのを感じながらも、俺は踵を返してギルドへ駆け戻る。
裏口へ着くと、すでにルナさんが席を立ち、指示書を広げていた。
表情は冷静そのもの。だが、その眼は鋭く、覚悟に満ちている。
「ルナさん! 始まりました! 第一防衛線で高位の突進型を確認!」
「わかっています。アルト、あなたは第一防衛線へ戻って。罠とデバフの維持が何より重要になります。どの程度、耐えれますか?」
言葉は落ち着いていたが、彼女の声には俺への“信頼”が宿っていた。
俺は大きく頷き、息を整える。
「俺の多層防御は……たぶん十数分。あの規模なら、それ以上はもたないかもしれません。でも、その間に住民の避難が進めば……!」
「十分です。その時間があれば避難誘導も第二防衛線の準備も整うわ。だから――持たせて」
ルナさんは通信用の魔導具を手に取り、冒険者たちへの指示を開始する。
その横顔を一瞬だけ見たあと、俺は振り返って走り出した。
夕陽は完全に沈みかけている。
紫の空を背景に、森の向こう側で黒煙が上がっていた。
「……行くしかない」
俺は自分の胸に言い聞かせるように呟き、第一防衛線への裏道を駆け抜けた。
木々の間を通る風が、焦げ臭さを運んでくる。
魔物の咆哮と、冒険者たちの怒号、そして罠が破壊されていく音。
その全てが混ざり、地面から震えが伝わるほどだ。
(俺が遅れたら……全部が崩れる)
恐怖がないと言えば嘘になる。
だけど、それ以上に――
(俺じゃなきゃ、間に合わない)
自分で作った多重罠は、誰よりも俺が扱える。
八系統を使えるという“幅”を、初めて本気で役立てるときがきた。
やがて視界の先に、破壊音の源――第一防衛線が見えてくる。
《アイアン・ウォール》の一部が大きく陥没し、その向こう側で黒い影が蠢いていた。
動悸が速くなる。
握った拳が汗ばむ。
それでも、足を止めることはなかった。
「……よし」
深呼吸をして、歩幅を広げる。
足止めと遅延、削りと妨害。
俺にできる“初級の力”を全て重ねて、ただ十数分――持たせる。
誰にも気づかれない、Fランクによる最前線での孤独な作業。
だけど、この十数分が街を守る。
これは、
――俺が背負うべき、最初の戦場だ。
そして今、
アルトによる“時間を稼ぐ戦い”が幕を開けた。




