第二十五話:襲撃前の罠設置
ギルドを飛び出した俺は、すぐに街道へ向かって走っていた。胸の鼓動がうるさいほど大きく聞こえ、身体の芯が熱を持ったまま冷えない。けれど、立ち止まる気にはまったくなれなかった。
――あの未来を繰り返させてはいけない。
その思いだけが、足を前へ前へと突き動かしてくれていた。
走りながら俺は、森から街へ続く道を何度も目で追った。魔物が押し寄せてくるのはこのルートだ。開けた地形で、魔物の大群にとって最も突撃しやすい。逆にいえば、罠を仕掛けるならここしかない。
「時間を稼ぐ……それが今できる全部だ」
自分で口にすると、覚悟が少しだけ形になった気がした。
まずは、魔物の進行を物理的に遅らせる仕組みが必要だ。俺は地面に手を当て、土魔法と錬金の複合を発動させる。
「《鋼鉄の壁》」
ずず……と地面が揺れて、灰色の壁がせり上がっていく。初級の土魔法と初級の錬金を合わせて強度を底上げしただけの簡易的なものだが、それでも壁は重々しく、獣の突撃程度なら数秒は耐えられる。
――それで十分。
一枚で足りないからこそ、何枚も重ねて敵の勢いを削ぐ。俺は間隔を計りながら、数メートルおきに壁を立てていく。魔力は減らない。手を止める理由はどこにもない。
数年前、コボルトを相手にあたふたしていた俺が、今こうして街一つを守るための仕掛けを作っているなんて、信じられない話だ。けれど、やらなきゃいけない。未来を知っているのは俺だけ。だったら、誰かがやるまで待つなんてできない。
壁を十数枚ほど立て終わったところで、ひとつ深呼吸をする。
「……次は足元だな」
俺は手をかざし、土と水の複合魔法を広範囲に展開する。
「《泥濘化》」
乾いていた街道が、まるで長雨のあとみたいにじわりと濡れ、数秒もしないうちに足首が沈むほどのぬかるみへと変わった。大型魔物ほど体重が重い。ここで動きを鈍らせれば、後続との連携を乱すこともできる。
ぬかるみに手を突っ込んで確かめる必要なんてない。魔法の感覚だけで、十分に“効く”と分かる。
「……よし」
空を仰ぐと、夕方にはまだ遠い明るい空が広がっていた。俺が未来で見た“火の海”とは違う。だからこそ、その空を守らなきゃいけない。
「飛行型への対策も要るな」
風と水の複合魔法を上空へ向けて放つ。
「《嵐の静電》」
見た目ではほとんど分からないが、空気がふわりとかすかに震えた。電気を帯びた微弱な風が、上空にゆっくりと広がっていく。触れた魔物がバランスを崩す仕組みだ。飛行型の魔物にとって、こういう“嫌な空気”は動きを確実に鈍らせる。
これだけでも十分なはずだが、俺はさらに手を加える。
「《灼光の網》」
熱と光で編まれた細い糸のような魔力が、上空に網目状に広がっていく。ほとんど透明だが、光の屈折で魔物の視界を乱し、体勢を調整する余裕を奪う罠だ。
上空には二重の網が張られ、飛ぼうとする魔物は必ずどちらかに触れる。それで数秒でも落ちてくれるなら、それはほかの罠につながる。
地上、空、そして……森の影。
「次は“側面”か」
街道の脇には森が広がっている。未来で見た魔物の中には、影から襲いかかるような動きを取るやつもいた。あれを防ぐには、森の中の通路を塞ぎ、恐怖心を与えて退かせる必要がある。
「《影縛りの茨》」
木の根が闇を帯びて伸び、地面から黒い茨がいくつも飛び出した。茨は互いに絡み合い、森と街道をつなぐ細い道をほぼ封鎖してくれる。抜け道として利用する魔物も、これで近づきにくくなるはずだ。
俺は区画を一つひとつ確認し、罠が連動するように配置を微調整していく。罠と罠の間には、魔物の性質に合わせて微妙な誘導線も作った。数年前なら到底できなかった集中力だ。
「……これで、全部だな」
街道を振り返ると、そこには俺ひとりだけ。しかし、罠は数十も仕掛けられている。姿としては何も変わらない街道が、今は“魔物を確実に遅らせるための迷路”になっていた。
未来で見た光景が、頭の隅でちらつく。炎に包まれた屋根、崩れた石畳、泣き叫ぶ声、血の匂い。あれをもう一度見たくはなかった。
「……絶対、守る」
その一言を小さく呟き、俺は街へ戻るために足を向けた。罠の持続時間は充分に確保した。次は、街での準備と、人々への情報共有だ。
未来を知る者として、やるべきことは、まだいくらでもある。




