第二十四話:デバフ特化の少年
時間が巻き戻った――そんな現象、普通なら信じられない。けれど俺は確かに、燃え落ちるエルトリアを見た。崩壊した街、炎に呑まれた家々、悲鳴、そして圧倒的な魔物の群れ。あれは夢なんかじゃない。俺はあの未来を“知ってしまった”。
ギルドの資料室で、ルナさんにすべてを話し終えたとき、胸の奥に残っていた震えは、まだ消えていなかった。だけど――もう立ち止まるわけにはいかない。
「……アルトさん、未来を変えるつもりなのね」
ルナさんの瞳は強かった。驚きよりも、心配よりも、俺を“信じよう”とする意志が先に立っているように見えた。
「あの未来を……絶対に、繰り返させたくありません」
言葉にすると、不思議と覚悟が固まる。時間が巻き戻った理由なんて、正直よく分からない。神様の祝福なのか、右手の紋章の力なのか、それとも偶然起きた奇跡なのか。そんなこと、今はどうでもいい。
俺が未来を知っている――それだけで十分だ。
「急ぎます。他都市のギルドとダンジョン探索中の冒険者へ最優先で送ります。でも……援軍は……間に合わないと思います」
俺がそう告げると、ルナさんは短く息を呑んだ。
「……あなたは“見た”のね、その結果まで」
「はい。だから……街の外で、少しでも足止めをしなきゃいけない。攻撃じゃなくて、防衛です。俺の魔法なら……やれます」
少しの沈黙のあと、ルナさんはゆっくり頷いた。
「……聞かせて。あなたが考えている“やり方”を」
俺は深呼吸し、一つずつ説明していくことにした。
「まず、風に微量の雷を混ぜます。体に触れた魔物がぴくっと痺れるくらいの……弱いやつです。空を飛ぶ魔物にも届くように広範囲で」
「雷と風の……複合魔法ね」
「はい。次に、街道の土を柔らかくします。雨みたいに水をかけるんじゃなくて……もっと粘土に近い、足がとられやすい地面にする感じです。突進系の魔物、速度が命の魔物は、これだけで大きく鈍ります」
「土と……水?」
「そうです。それから、木の根を地下に張らせます。闇魔法を少し混ぜて、影のような蔦にして……触れた魔物を縛ります。精神的な恐怖も与えられるはずです」
ルナさんの目が、ほんの少しだけ見開かれた。
「……闇と木の複合……そんな使い方が」
俺は続ける。
「空の魔物用に、火の糸を網状にして……光魔法で視界を乱します。羽を焦がすほど強くなくていいんです。絡みつくだけで、降下速度が落ちる」
「火と光……」
聞き終えたルナさんは、しばらく言葉を失っていた。
やっぱり、普通じゃないのかもしれない。八属性全部の“初級”魔法しか使えない俺だからこそ、自然とこういう組み立てをするようになった。
派手さはない。威力だって低い。でも、敵を足止めするなら、初級魔法のほうが扱いやすい。魔力が減らない俺なら、何百回でも、何千回でも打てる。
「……アルトさん」
ルナさんはゆっくりと息を吐き、言った。
「あなたは……完全に“デバフ特化”ね」
「でば……え?」
「魔物の動きを止め、視界を奪い、足を取る。攻撃じゃなくて“弱体化”。普通の冒険者が軽視しがちな分野に全力を注いでるのよ」
褒められているのか、よく分からない。でも、ルナさんの表情は優しくて、強かった。
「攻撃力が低いとか、初級しか使えないとか……そんなのどうでもいいわ。大群相手に本当に必要なのは、勢いを削ぐ力。あなたの魔法は、そのために生まれているみたい」
「俺の……魔法が」
「ええ。あなたは……この街を守る“最初の壁”になれる」
胸が熱くなった。
俺の魔法は弱いとずっと思っていた。派手なスキルもない。中級も上級も一生使えない。でも――誰も持っていない広さがある。
それが今、この場面で必要とされている。
「……行ってきます、ルナさん。必ず時間を稼ぎます」
そう言うと、ルナさんは書状を強く握りしめ、はっきりとした声で返した。
「ええ。気をつけて、アルトさん。……本当に、頼りにしているわ」
胸の奥に優しい光がともるのを感じた。
俺は資料室の扉を開け、ギルドを飛び出す。空はまだ青く、未来の崩壊が嘘のように静かだった。
――それでも、あの未来は確実にやって来る。
だからこそ、動く。
デバフ特化の“弱い冒険者”として。
初級魔法しか持たない俺が、街の未来を守るために……今、走り出した。




