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第一章:威力は初級、魔力量は無限。最弱設定のはずが世界から頼られています  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第十八話:街への報告と小さな自信

森の静けさを抜け、視界にエルトリアの石畳が広がった瞬間、胸の奥に溜まっていた緊張がじわりと溶けていくのを感じた。数時間前まで、あの薄暗い森の奥で魔物と対峙していたのが嘘のようだ。だが、森のざわめきや風の匂いは、今も靴の裏に残っている。


揺れる革袋の中には、依頼で求められていた量よりもずっと多いトリア草が収まっていた。それなのに、今日の成果の大半を占めているのは薬草ではない。あのコボルトとの、“初めての実戦”の余韻の方だった。


街路を歩きながら、俺の頭は戦闘中の一瞬一瞬を、まるで分解した映像のように再生していた。


(初級魔法だけでも……ちゃんと戦えたんだ)


そう思うたびに胸がじんわりと熱くなる。もちろん、完璧とは程遠い。むしろ失敗ばかりだった。火魔法は威嚇にすらなりきれず、爪を受けた左腕には、小さな傷がまだ残っている。だが、その傷ひとつひとつが、俺が「逃げずに戦った」という証拠だとも思えた。


森の奥でコボルトが飛びかかってきた瞬間、心臓は張り裂けそうだった。だが、俺は初級風魔法で距離を取り、土魔法で動きを鈍らせ、水で目を乱し……あの時は必死だったけれど、今思うと「環境を使った戦い方」が自然にできていた気がする。


戦ったというより「生き残った」というのが正しいのかもしれない。それでも、俺にとっては大きな一歩だった。


気がつくと、ギルドの重い扉の前に立っていた。朝と同じはずなのに、見る角度が少し違うだけで別の建物に見えるほど、俺の心境は変わっていた。


扉を押し開けると、冒険者たちのざわめきが一気に流れ込む。笑い声、怒号、武器がぶつかる金属音。それらが混ざって、独特の喧騒を生み出していた。だけど、不思議と今日はその音が前よりも少しだけ優しく感じた。


カウンターに向かうと、前と同じ――長い黒髪を一つに束ねたハーフエルフの受付嬢、ルナさんが座っていた。普段は冷静で淡々とした印象の女性だが、なぜだか今日はその冷たさがあまり気にならない。


俺は革袋と簡易報告書を机の上にそっと置いた。


「トリア草の採取依頼、完了しました」


ルナさんは細い指で袋を開き、丁寧に薬草を確認していく。薬草を扱う手つきが実に柔らかく、見ているこちらが安心するほどだった。次に報告書へ目をやり、さらりと視線を走らせたところで、彼女の動きがふと止まった。


俺の簡潔な記述がそこにある。


『森でコボルト一匹と遭遇したが、非殺傷で撃退。任務を遂行』


気付けば、ルナさんの視線がまっすぐ俺に向けられていた。彼女の瞳は涼しく澄んでいるが、その奥に何か興味のようなものが宿っていた。


「……初めての任務、お疲れ様でした。採取量も質も申し分ありません」


そう言ってくれた声はいつもより柔らかかった。続いて、破れた俺の袖に視線が移る。


「コボルトと遭遇したとのことですが、大きな怪我はないようですね?」


「ええ、なんとか……初級魔法で対処しました」


「初級魔法で、ですか」


ルナさんはそこで軽く目を細めた。それが信じられないと言っているのではなく、俺を正確に測ろうとしている表情に見えた。


「コボルトを非殺傷で撃退するのは、決して簡単ではありません。恐怖で魔法が散る人も多いですし、何より冷静な判断力を持つ冒険者は少ない……よく頑張りましたね」


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にあった何かがふっと軽くなった。誰にも見られていない、誰も知らない森の中での小さな戦いが、こうして認められたような気がした。


「ありがとうございます。……でも、まだまだ未熟です。もっと上手く戦えたはずで」


「それが分かるのなら、きっと伸びますよ。冒険者が成長するのは戦いの最中ではなく、こうして“振り返った時”です」


柔らかい口調に見えて、芯の通った言葉だった。


彼女は報酬袋を差し出しながら続けた。


「こちらが基本報酬。そしてコボルト撃退の追加手当です。また次の依頼も、ご自身のペースでお選びくださいね。無理をなさらないように」


皮袋の重みが掌に伝わった。その小さな重さが、今日の努力を形にしたもののように感じられた。


「はい。ありがとうございます」


深く頭を下げると、ルナさんは小さく微笑んだ。ほんのわずかな笑みだったが、それだけで胸が温かくなる。


ギルドを歩き出すと、周囲のざわめきが以前よりも耳に心地よく響いていた。初級魔法しか扱えない。攻撃魔法はどれも頼りない。そんな自分でも、少しだけ「生き残れる」という確信を得た。


今日の戦いは、俺にとって大きな転機だ。


(もっと強くなれる。もっと安全に戦える。もっと……自由に生きられる)


右手の手袋を押さえると、指先に微かな熱を感じた。魔力を使った後の名残だろう。それが、まるで「次へ行け」と背中を押してくれるようだった。


俺は人混みの中を抜け、静かに息を吸い込んだ。


――冒険者としての本当の一歩は、ここからだ。


次の依頼へ向かうため、迷いなく足を前へ踏み出した。

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