第十一話:嘲笑と、最初のFランク依頼
受付で冒険者証を受け取ったあと、俺は胸の内側にじんわりとした温かさを感じていた。ずっと憧れていた冒険者になれたのだ。真鍮の輝きは安っぽいものかもしれないけれど、俺にとっては宝物のように見えた。
……だが、その余韻は長くは続かなかった。
冒険者ギルドのロビーの奥――酒場スペースから、ひどくわざとらしい笑い声が聞こえてきたのだ。
「おい、見たか? 今のガキ」 「見た見た。八系統すべて“初級”だってよ。あんな測定結果、初めて見たぜ!」
とっさに足が止まる。背中が汗ばんだ。
測定の瞬間を見ていた冒険者はいなかったはずだが……壁際の情報板で、最新測定データが共有されているらしい。そこには俺の“表向きの結果”――八系統すべて初級、魔力量は測定不能――が表示されている。
もちろん、本当の能力を知られるわけにはいかない。でも、その“偽装のつもりの弱さ”でさえも、彼らにとっては嘲りの対象になるらしい。
「器用貧乏にも限度があるな」 「火出すにも豆粒、水も一滴。ゴブリンに殴られたら終わりだぜ、あれは」 「魔力量が測定不能? ガキの魔力が少なすぎるだけだろ。あれじゃ魔術師名乗るのも恥ずかしいわ」
ひとりが言えば、またひとりが便乗する。声はロビー中に響き渡り、まるで俺を見せ物にしているみたいだった。
十三歳で、右手に八属性の紋章を持つ俺が、ここで怒りを見せるわけにはいかない。力を使って黙らせるなんて論外だ。神様に言われた通り、この力はあくまで“幅”であって“強さ”じゃない。初級魔法しか使えない――それは本当の制約だ。
それでも、胸の奥に小さく針を刺されるような痛みがあった。
(落ち着け……今ここで、何もするな。絶対に、だ)
俺は拳を握りしめ、ゆっくりと息を吐いた。嘲笑を無視して、依頼掲示板へ向かう。
掲示板はランクごとに色分けされていて、Fランクは青札。簡単な採集、伝令、小動物の駆除などが中心で、戦闘はほぼ避けられる。
俺の目に留まったのは――
『トリア草50本の採取』
薬草採取。戦闘の可能性は低いし、もし魔物に遭遇しても、初級魔法の組み合わせでどうにか逃げられる。なにより、自分の魔法を隠しても問題がない。
(これだ……最初の依頼は、絶対に失敗したくない)
依頼札をそっと剥がし、胸元で軽く握る。木札の軽さが、妙に心強かった。
受付カウンターへ戻る途中、また別の冒険者が笑いながら声をかけてきた。
「おっと、採集屋デビューか? 背伸びすんなよ、坊主」 「森で泣きながら帰ってきても知らねぇぞ」
悪意というより、ただの軽口だ。でも、胸の奥がちくりと痛む。俺は何も言わない。言えば言うほど、余計な騒ぎになるだけだから。
扉へ向かうと、ギルドの空気が背中に重くのしかかっていた。重厚な木の扉を押し開けると、冷たい風が頬を撫でた。
「……よし」
深呼吸する。外の空気は、ギルドの中とは違って澄んでいた。あの嘲笑も、今はもう遠くの雑音だ。
森へ向けて歩き出すと、ふと右手の手袋に触れた。紋章が微かに熱を帯びている。
(大丈夫だ。絶対に、流されない)
その決意を胸に、俺は歩を進めた。
――その頃。
受付カウンターの奥では、ルナさんが静かに俺の背中を見送っていた。普段は無表情に近い彼女でも、今日はほんの少しだけ眉を寄せている。
(……やはり、ただ者ではありませんね)
たった一度の計測で、八系統すべての初級魔法。普通なら一つ、多くても二つの属性しか持たない世界で、そんな結果は異常だ。魔力量“測定不能”も、冒険者たちは「少なすぎて測れない」と笑っていたが、受付嬢の彼女はそう簡単には考えない。
(嘲笑されても動じず、最も安全な依頼を選ぶ冷静さ……自分の力に自信がある者ではなく、力を“隠し慣れている者”の目でした)
ルナさんは書類を整えながら、小さく息を吐く。
(興味深い……ええ、とても)
彼女の表情には、わずかな好奇と警戒が浮かんでいた。
――そして俺は、まだ知らなかった。
この最初のFランク依頼が、思いもよらぬ出来事へとつながっていくことを。
森へ向かう道のりで、俺はただ、胸の奥の決意を確かめ続けていた。
(嘲笑なんて関係ない。俺は俺のやり方で、一歩ずつ進むんだ)
八系統の力を隠しながら――冒険者としての最初の一歩を踏み出す。




