かぜはやさしい?
風に乗れたのはほんの一瞬だった。
でもルアにとっては、それだけで胸がいっぱいになるほどの出来事だった。
ふわりと足が地面に戻ると、横から軽い足音。
リアが飛んできて、涼しげな色の翼をぱっと広げる。
「ルア!今の見たよ、ちゃんと浮いたじゃない!すごいじゃない!」
「え、えへへ……ちょっとだけだけど……」
しっかり者のリアは褒めながらも、嬉しさを隠しきれず羽先がこっそり震えている。
その後ろからノアがのんびり近づいてきて、淡い光を帯びた羽根をふわりと揺らした。
「……うん。今日の風、機嫌よかったね。ルアに、ちょっと優しかった。」
「えっ?かぜにきげんなんてあるの?」
「あるよ。よく見てたら、わかるよ。」
ノアが指先で空をなぞる。その仕草はふわりとしているのに、どこか風と話しているようだった。
「ルア、明日も一緒に練習しよう!」
リアが手を取る。その声は落ち着いていて、背中を押してくれる風みたいだ。
「……うん、やる。かぜと、もっとうまくあそべるようになりたい!」
夕空の下、小さな三つ子の影が寄り添って揺れる。
風を怖がっていた少女が、風と向き合う最初の一歩を踏み出したのだった。
その日の夕食前。
まだ空が淡い紫色に染まった頃、三人は家の前の広場で風と戯れていた。ルアがそっと羽を開くと、さっきより少しだけ、自分の意思で風を掴めた気がする。
ほんのわずかな高度でも、胸の奥がポッと熱くなる。
「見て、リア!今ちょっと浮いたよね!?」
「うん、浮いた浮いた!さっきより安定してたよ!」
リアが嬉しそうに羽ばたいて、ついでに砂埃が舞い上がる。ノアはというと、その砂埃に目を細めながら、ぼんやり空を仰いでいる。
「……今日の風、夕方は眠たそうだねぇ。ルアの練習にちょうどいい。」
「かぜがねむたいって、なに!?」とルアが思わず突っ込むと、ノアはいつもの調子で「ほんとうだよ」とだけ返してくる。そんな三人の様子を、家の戸口から母アリアが見守っていた。
「そろそろ戻っておいで〜。夕食冷めちゃうよー!」
アリアが手を振ると、三人は勢いよく反応した。
「今日のごはん何!?肉!?魚!?」
「デザートは?ねぇデザートは!?」
「……ぼく、パンなら何でもいい……」
そんな声を上げながら一斉に駆け出す三人。でも、ルアはすぐにつまずいて、前のめりに倒れそうになった。
「わっ、あぶな──」
小さな身体が前に倒れる瞬間、ふわり、と背中を支えるように風が滑り込んだ。ルアは見開いた目のまま、ゆっくり体勢を立て直す。
(……かぜ?"風”が…たすけてくれた?)
アリアが軽く笑って近づいてくる。
「ルア、今日のあなた、なんだか顔つきが違うね。」
「えへへ……ちょっと、風と……なかよくなれた、きがするの!」
胸を張るルアに、アリアはそっと頭を撫で、優しい声で言った。
「風は、あなたの気持ちに正直に応えてくれるよ。ゆっくりでいいから、仲良くしていこうね。」
ルアは照れたように笑い、兄姉のもとへ駆けていった。三つ子の笑い声が、眠たそうに揺れる夕風に乗って広がっていく。
──まだ小さな彼女は、この日、
そっと風と心を重ねはじめた。
飛べるようになれるかな〜?




