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第1話 光と闇

 彼女が道を歩けば、たちまち光の粒子が舞い散る。誰もがその光景を目にしていた。彼女の方向を見ていなかった者も、その神聖な光が視界の端に写り、思わず振り返ってしまう。

 もちろん、それは幻覚である。彼女は光りを振りまいてなどいない。しかし彼らは確実にこんな光景を見る。

 ──くしが意味を成さないほど滑らかなその白髪を風が攫い、通り過ぎると同時に確かな輝きをもたらす。

 ──長い睫毛が守っている大きく丸い橙色の瞳は、彼らの心に暖かな灯火を与える。

 ──彼女が微笑めば、霧は晴れ、雲も引き、太陽の方から顔を出してくる。

 まさに彼女は、光の女神が人の形を成した者。そう褒め称えられたとしても、決して過言ではないだろう。

 もっとも彼女は、ただ歩いているだけ。たったそれだけなのだ。それだけで他者の視線を独り占めしているなど、考えてもいない。

「アリシア様、今日も素敵……♡」

「流石、レイアナード家ともなるとその所作しょさだけで高貴な風格が窺えるな」

 囁かれることは、全て彼女に対する賛辞の言葉だった。その話は、自然と彼女の耳にも入ってくる。どれだけ小声で話そうと、聞こえる時は聞こえてしまうのだ。

 果たしてその賛辞の言葉たちは、自分に当て嵌まることなのだろうか? そう考え、彼女は苦笑いを浮かべたくなった。しかし人目の多くある場。一瞬たりとも気を抜くわけにはいかない。

 自分は、選ばれた人間なのだから──……。

 ……そして心の片隅では、ある人物のことを考えていた。誰もが彼女を褒め称えるこの学園で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。彼のことを思い出し、考えていた。

 否、彼と出会ってから今日この時まで、忘れたことなど一時いっときもない。

 苦しさのあまり、忘れてしまいたいと感じたことはあるが。

 反射的に口から零れ落ちそうになったため息を、寸でのところで押し留める。誤魔化すように笑みを取り繕ったが、彼女のその様子に気づく者は誰一人としていなかった。

 その時、目の前でふと影が差す。

 彼女が顔を上げると、そこには今の今まで彼女が考えていた青年が立っていた。


 ◇ ◇ ◇


 彼が道を歩けば、たちまち辺り一帯に影が差す。誰もがその光景を目にしていた。彼の影に晒されたものは、みな落ち着きを取り戻す。波紋を手の平で打ち消すように、絡まった糸を優しく元の一筋に戻すように。

 静寂と平穏をもたらす彼を、誰もが振り返る。そして彼らは確実にこんな光景を見る。

 ──艶のある黒髪は、真っ暗で何物の姿も映さない夜を切り取ったもの。

 ──髪と同色で切れ長の凛々しい瞳は、迷いや惑いを切り裂くような強い鋭さを所有している。

 ──彼が微笑めば、迷いも焦りも、全て静観して考えられるようになる。

 まさに彼は、闇の男神が人の形を成した者。そう褒め称えられたとしても、決して過言ではないだろう。

 もっとも彼は、ただ歩いているだけ。たったそれだけなのだ。それだけで他者の心に安寧をもたらしているなど、考えてもいない。

「おい見ろ、フレドリック様だ。今日は幸運な日になるな」

「グルーム様、あの穏やかで素敵な笑みを、こちらに向けてはくれないかしら……!」

 囁かれることは、全て彼に対する賛辞の言葉だった。その話は、自然と彼の耳にも入ってくる。どれだけ小声で話そうと、聞こえる時は聞こえてしまうのだ。

 しかし、彼はその賛辞の言葉に喜んだりなどしない。顔には微笑を携え、しかしその微笑に感情は伴っていない。自分は選ばれた人間なのだ。そう簡単に心を揺るがせることなどしない。その程度で喜ぶなど、言語道断である。

 ……そして心の片隅では、ある人物のことを考えていた。この学園で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。彼女のことを思い出し、考えていた。

 否、彼女と出会ってから今日この時まで、忘れたことなど一時いっときもない。

 どんな時でも必ず、随時、彼女のことだけを考えている。

 思わず顔が必要以上に緩むのを感じ、彼はより一層のこと表情を引き締める。だが彼の心の緩みや表情の些細な変化に気づいた者は、誰一人としていなかった。

 その時、目の前でふと光が舞う。

 彼が顔を上げると、そこには今の今まで彼が考えていた可憐な乙女が立っていた。


 ◆ ◆ ◆


 男女は互いを前にし、足を止めた。

 光を纏う乙女と、闇を纏う青年。

 美男美女が、こんなに近くで対峙している。その光景を一枚の絵画として切り取ろうものなら、各地のコレクターがこぞって金を出し、経済が回る。そのような事態になってもおかしくなかった。

 そう、彼らのことを何も知らない者なら、必ずそう思うことだろう。

 だが彼らと同じ魔法学園──由緒正しき王立マジェスペリー魔法学園に通う者なら、この美男美女が同じ場に揃うということが何を指すのか……それを理解していた。


 誰かが告げた。今日は厄日だ、と。


 ──光がはじけ、影が大きく伸びる。

 ──それらは周りにいる生徒たちに降りかかる災厄となる。


 だがそれらの出所である美男美女は、周囲の様子に配慮が出来るような精神状態ではなかった。心身から溢れ出る魔法を抑えることもないまま、彼らは互いを睨み、ほくそ笑む。

 そしてその口から出てきた言葉は。


「あら、誰かと思えば……ごめんなさい! 貴方って存在感がないものですから、しばらくいることに気づきませんでしたわ」

「そう言う貴方は逆に、そうも鬱陶しい光で存在感をひけらかして……恥ずかしくはないのですか? 図に乗るのも大概にしていただきたい」


 相手を忌み嫌う、そんな罵詈雑言たちだった。

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