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◎憧れをもって。


サロス様とコア君を引きずりあの人のもとへ。


待ち合わせの部屋に着いた。


暗く不気味で、洞窟の中だからか湿っている。

そして他の部屋同様、模様入りの提灯が天井を行ったり来たりしている。


加えて何より目に付くのが、中央の床に描かれた魔法陣である。


元は白かったであろう部分が赤い何かで汚れている。


「よくやってくれました。アンバーさん。」


あの人はアンバーに挨拶代わりに褒め称えた。


「そんな言葉は要りません!早くお金をください!」


「おやおや、お金お金と。それでは魔王様もお喜びになりませんよ。」


アンバーはクレディンの元に詰め寄り、言った。


「うるさい!」


「分かりましたよ。」


クレディンは丈が床に届きそうなコートの中から袋を取り出した。


「約束の10万パスです。」


アンバーはクレディンから袋を取るなり、紐を解き中身を確認した。


「やめてくださいよ。約束を破るわけないじゃないですか。」


クレディンは口に笑みを浮かべながらそう言った。


「これなら…。」


アンバーは安心したように答えた。


「…これなら、あなたの気を引ける!」


「…はい?」


アンバーは手に持っているお金の袋をクレディンに投げつけた。


袋からはお金が飛び出し彼女の顔に体に当たった。


アンバーは続いて弓を構え、クレディンの足元に矢を放った。


矢から煙を吹き出し彼女の視覚を奪った。


「サロス様!!今です!!」


そしてアンバーは叫んだ。


「良くやった!!」


それに答え、床に寝そべっていたサロスは素早く立ち上がり、剣を抜き、振り下ろし、風を巻き起こした。


一度当たったお金が風で舞い上がりバシバシ当たる。


「あー!鬱陶しい!」


クレディンは煙の中でそう言って、ある本を出した。


「あの本は!!」


煙の隙間からでも見える。

赤い表紙に、途方もない魔力。


「火の魔導書!!」


サロスが本に気付いたものの、クレディンは本を開き、火の力は解放されてしまった。


部屋中に熱波が広がり、煙は晴れ、お金も吹き飛んだ。


「アンバー!!コアを連れてここから離れろ!コアを起こすなよ!」


「は、はい!」


アンバーはそう返事して、コアを抱え、2人の元から離れようとしたその時。


「誰も逃さない。」


クレディンは火を操りサロス、コアとアンバーを囲んだ。


「ここで命絶えてもらう。」


「させるかっ!」


が、サロスはクレディンを殴り、魔法を途切れされた。


「行け!」


アンバーと彼女に連れられたコアは部屋から脱出。


サロスとクレディンが残された。


「まあいい。あなたを先に。」


「…っ。」


サロスは剣を構え、クレディンの攻撃に備えた。



アンバーは走っていた。


サロス様の言っていたのは、コア君をクレディンの元から離れさせること。

かつ、コア君を起こさないこと。


今、コア君を起こせばクレディンを殺してしまうかもしれない。それは阻止しなければならない。


だから、アンバーはコアを抱き抱え、走っていた。

ここから逃げるために。


しかし、心配もあった。

サロスがクレディンに勝てるのか、ということである。


必死に足を動かすが、その心配が少しずつ速度を落とす。


「ん…ん。」


悩んでいると、コアの目が覚めた。


「アンバー?何やってる…。てか!後ろから何か刺したでしょ?」


「いや、えっと、それは、その…」


何から話すべきかアンバーは戸惑っていた。



「焼かれろ。」


「っ!!」


サロスは炎を避け、時折、剣でガード、とても善戦してるとは思えない戦いをしていた。


クレディンは手を触れずに火の魔導書の紙をペラペラとめくり、2人を共に囲む火を更に強めた。


「…お前…死にたいのか?」


息切れ切れになりながら彼女に聞いた。


「私は今、炎と融合している。温度が多少上がったところで関係ない。だが、あなたは。」


「…関係大アリ。なるほどな。」


「じきにあなたは倒れるでしょう。」


「そうなる前に、お前を説得してみせる。」


「説得…?もう熱が頭にまで回ったのか。」


「お前を、元のクルックスに戻してみせる。」



アンバーは何とか、コアに状況を説明した。


「なら!すぐにサロスを助けにいかないと!」


コアはそれを聞いた途端にアンバーに反発した。


「ダメなの。あなたをクレディンの元に連れて行く訳にはいかないの。」


「どうして!?」


「あなたは今、クレディンのことを恨んでる。クレディンを殺してしまいかねないの。」


「そんなの当たり前だ!あいつは君の故郷を焼いたんだぞ!?それに、町の人だって苦しめられてる!あいつを殺す以外に道はない!」


「でもダメなの!私だって彼女を好んでなんかない!どうせなら死んでもいいとすら思ってる!」


「なら!」


「ダメ!」


「なんで!!」


「彼女はサロス様の元仲間なの!!」


「え…?」


「私、聞いたの。サロス様が彼女を初めて見た時に呟いたこと。クルックスだって。」


「クルックス…。」


その名は剣の勇者と同列視されている、

世界最高峰の僧侶であった。

女神を信仰し、神聖魔法を使い、どんな傷もたちまち癒した伝説を残した。


「でも、伝説と全然様子が違う。」


コアはアンバーの一言に心を乱されながら反論する。


「私も思ったよ。でもサロス様が言うんだもの。何よりの証拠でしょ。」


確かにそうだとコアは音を発さずに伝えた。


「……それでも、サロスを見捨てられない。」


「ダメだって!」


アンバーが腕を掴み、歩みを止めるが、


「いや、行かないとダメだ。それに…。」


コアはアンバーの腕を下ろし続いた。


「僕をそんな暴走機関車みたいな扱いしないで。全力でサロスをサポートする。そのために行こう。」


コアはアンバーに手を差し出した。


今度は自分が引っ張ると言うように。


「……。分かった。あなたを信じるよ。」


「ああ。構わない。」


来た道を引き返し、サロスのいる部屋へ。


時間はかからず、すぐに着いた。

だが、壁は目の前に立ち塞がった。


その壁とは火の壁である。


熱高炉の火のように胸の奥から響くような低い音を立てながら、壁を見てられないほど眩しく、さっきに感じた熱波が常に伝わってくる。


「この壁どうするの?」


コアが聞く。


「分からない。」


頓挫である。


コアは火の壁の構造を調べ始めた。

目を瞑り、魔粒子の構成を捉える。


すると、あることが分かった。


「!ここ!魔粒子が途切れている!ここからなら僕の電気で裂けるかもしれない。」


「裂く?この火の壁を?」


「そうだよ。アンバーには魔粒子が途切れている場所を示し続けて。僕が合わせるから。」


「でも、私、そんなことやった経験ないよ。」


「僕もだよ。だから大丈夫。力を合わせるんだよ。」


アンバーは渋々、魔力探知を使い、コアの言う途切れを探した。


「見つけたよ。」


「そこを目立たせて。」


「っ。分かった。」


アンバーは力を込め、火の形を変化させ、的のようなマークを作った。


「よしっ。」


コアは両手を前に突き出し、電気を的に当て、引き裂くように腕を動かした。


「おりゃあー!!!」


コアは力一杯に腕を広げていく。

腕がもつれそうだが、力を振り絞る。


徐々に火の壁は穴を広げ、中が見えるようになった。



「はぁ、はぁ、まずいな。」


サロスは熱に侵され、力が入らなくなっている。


「もう近いな。」


ずっとクルックスの思い出を語っているが、直る感じがしない。


熱に、火に、希望を絶たれる寸前。


「コアは逃げただろうか。アンバーは。」


気を感じさせない、脱力した声で言った。


「サロス!」


「うん?幻聴か?」


「サロス様!」


「やばい、分からなくなってきた。」


「「幻聴じゃないよ!!」です!!」


「え?」


サロスはやっと、声のする方を見た。


そこには、2人がいた。


「コア!アンバー!お前達なんでいるんだ!早く逃げろと!」


意識がしっかりとしたサロスは2人を叱った。

だが、2人は聞かずに裂けた火の壁を通ってサロスに近付いた。


「良かった。まだ生きてた。」


コアはよろよろとサロスに抱きついた。


「良かったです。」


「お前達、分かってるのか。もう戻れないんだぞ。」


サロスは2人に重ねて忠告した。


「もちろん、分かってる。それでもサロスをサポートする。」


「はい。私達は仲間ですから。」


「感動的なところ悪いが固まってくれて感謝する。」


空気を読まないクレディンは手から火を噴射した。


火力、熱、どれをとっても凄まじいことが肌でわかる。


だが、もう遅い。逃げられない。


炎は目の前。


ここまで、と思ったその時。


コアが電気を前方に展開し、炎を防いだ。


「っ!」


しかし、勢いが消えることはない。


コアは電気の盾が壊れないように力を込め、足を踏ん張り、耐えた。


炎は電気の中へ吸い込まれ、コアは彼女の攻撃を防ぎ切った。


その代償は大きく、コアは意識を失った。


「コア!」


その場に倒れたコアを揺するが反応がない。


「次はあなただ。」


クレディンはまた手を突き出し、サロスに照準を合わせる。


「コア!起きろ!」


サロスはクレディンの攻撃に気付かない。


…魔力を使い果たしたんだ。

生命線が絶たれる!早く、早く安全なところへ運ばないと!約束が…!


サロスは手を震わせ、コアを起こそうと一心になっている。


魔力が限界を超えて減ると、仮死状態に入る。

その状態が長時間を過ぎると死に至る。

よってその前に魔力を注入しなければいけない。

それには専門の器具が必要でここでは不可能。


サロスは焦っていた。


「灰となれ。」



アンバーが踏み出した。


今まで、夢を語り、夢を諦め、ただ家族のためを思って生きてきた。


それでも私は勇者になりたい。

勇気ある者に。


私は人を助けたい。


だから…。


お母さん、お父さん、ルイーザ様。


みんなのように、誰かを助けたい。


だから!



アンバーはサロス達の前に出た。


両腕を広げ、仁王立ち。


私が守るという覚悟をもって身を挺した。


炎は真っ直ぐ、アンバーの体に直撃…。



しなかった。


サロスがアンバーを押し倒し、剣を盾にし炎を受けた。


アンバーは呆気に取られ、サロスを見る。


サロスの様子は、とても大丈夫には見えない。

熱で頭が揺れ、立ってるのもままならない。


だが、右手に剣を持ち、攻撃を防ぐ、その意志はまるでふらつくことはない。


そんなサロスが一言漏らした。


「…なんで、勇者になろうと思ったんだ?」


サロスがずっと気になっていたことだった。

勇者に憧れる心情を知りたがっていた。


「…。そ、それは、人を助けたいと思ったから。」


まだしどろもどろなアンバーはですます調も忘れて理由を言った。


人を助けたいから、と。


ならばと、サロスは言った。


「なら、生きるんだ。」


「…?」


「勇者は犠牲になれるから勇者なんじゃない。人のために死ぬのが勇者じゃない。そんなことは誰でもできる。」


アンバーは聞いた。


「勇者は人を勇気付けるから勇者なんだ。それは生きてなきゃできない。」


「…だから、生きろ。憧れをもって。夢に向かって。」



自己犠牲。

それは名誉なこと。

多くの人々に讃えられ、称賛される。


でもそれは、望むべきことじゃない。


やっと見えた。


真に望むべきはみんなが助かること。


誰1人も欠けさせない。


それが私の夢。

みんなを助ける。


「サロス様!私、勇者になりたいです!あなたのような勇者に!」


「え?俺?…まあ。いいか。」


サロスは顔を赤くして照れている。

いや、熱にやられているのか?


分からないが、サロスは言った。


「分かったなら、俺が言うことも分かるよな。」


「はい。…サロス様。勝ってください。」


「ああ。そっちは任せたぞ。」


「はい!任されました!」


アンバーは倒れるコアを抱え、もう一度部屋から出ようと走り出した。


「誰も逃がさないと言ったはず。」


クレディンは火の渦を操り、人型へと変化させた。

人型の火は腕を追加で2本増やし、剣のような武器を生成、アンバー達を追いかけた。


「アンバー!」


サロスは呼びかけるが反応がない。


「人の心配より、自分の心配をした方がいい。」


クレディンは火の蛇を出し、サロスに襲わせた。


蛇の牙を剣で弾き、攻撃を防いでいく。


サロスの内心は心配で満たされている。


しかし、アンバーは言っていただろ、と思い直す。


任せてくださいと。


であれば、信じるのが仲間だよな!


サロスは蛇に攻撃を仕掛ける。


蛇も長い胴体を鞭に見立ててサロスを叩こうとしてくる。


「かかったな。」


蛇の胴体が剣に巻かれたのを確認すると、引き寄せ、逆に鞭のように地面に蛇を叩きつけた。


頭を打った蛇は消え、クレディンは火の動物を召喚し始めた。


サロスは剣を両手で掴み、体の正面で構える。


「クルックス!お前を絶対に正気に戻す!」


「何度も言った。私はクレディン。いい加減覚えろ。」



アンバーは横にそれた細道にコアを置いた。

そして背中の盾をコアに被せ、周りに馴染ませた。


その時、人型の火の小石を天井から落としながら重々しく歩いている音が聞こえ、アンバーは急いで広場に向かった。


しかし、細道から出た所を見られ、火の人から逃げることになった。


数分間、全力で走って、着いた広場は訓練場だった。


障害物に高台もあり、戦うにはうってつけである。


だが悠長なことは言ってられない。

後ろに今にも剣を突き刺してきそうな火の人が追ってきているのだから。


障害物を活かしながら角を曲がり追ってを撒こうとするが、上手くいかない。


やつは早く、記憶力も凄まじい。どんなに早く動いても走った軌跡を覚えて追いかけてくる。


であるならどうするか。


そこでアンバーは一つの作戦を思いついた。


アンバーは壁に向かって走った。


追っての火と壁に挟み撃ちにされてしまうのに。

それでもアンバーは走り、壁がもう、すぐ目の前になった頃。

ヒノヒトは剣を振り、アンバーの首を切り掛かった。


逃げ場を無くしたアンバーはどうするか。


壁を蹴り、ヒノヒトをバク転し飛び越えた。

寸前のところで剣を避蹴るのに成功した。


それだけではない。

アンバーは背中の矢筒から矢を一本抜いて放った。


背中に矢が突き刺さり、右側のもう一本の腕が後ろのアンバーを狙って切り掛かる。


彼女は素早い動きで腰に挿さった剣を抜きヒノヒトの剣を受け流した。

しかし、威力はヒノヒトの方が勝っていたために、アンバーは空中で回転。

背中を地面に付けて落ちた。


ヒノヒトのもう一撃として、使っていない左側の腕2本に持った剣をアンバーに。


豪剣はアンバーの持つ貧相な剣には重く、刃にひびを入れた。


徐々に押され、自身の剣で体を切られるところで、アンバーは機転を効かせ、彼女から見て右に2本の豪剣を流した。


地面にもひびを入れる剣の勢いで床を滑った。滑ったアンバーは適正距離を満たした時、片膝をついて弓の弦を引いた。

そしてすぐに指を離して、矢をヒノヒトのみぞおちに放った。


火の体に刺さった背中とお腹の矢は反応し、やつの体内で一筋の水が繋がった。


それは少しずつ横に広がり、ヒノヒトを2つに分断した。


アンバーは高台に向かって走り出す。


「あれだけの水じゃ、全身が炎で出来た怪物は止められない。もっとあいつとの距離が離れている場所に行かないと。」


アンバーはヒノヒトから逃げ、理想の場所を探した。


数秒後。

ヒノヒトは分断されたというのに、アンバーの見立て通り体は一つに元通り。


距離が少しばかり出来たが、アンバーの動いた軌跡を追っていく。



時を同じくしてサロスはクレディンに呼びかけていた。


「覚えてるか!300年前のあの日、クルックス、お前はアストラの誕生日プレゼント探すために前日ギリギリに俺を連れて街を歩いたあの日!お前は俺に言った!」


「…。」


「みんなが、仲間のみんなが大好きだって!ずっと忘れないと!」


「知らないな。私にはそんな記憶はない。」


「なら!ヴィルトゥスがお前のことを妹みたいに扱ってるのを見て、お前は俺とアストラに助けを求めただろ!私は子供じゃないと!」


「知らないと言っているだろ。」


「なんで…。」


クレディンは覚えていない。


サロスがどんなに300年前の思い出を引き出しても思い出さない。


クレディンは"クルックス"ではない。


だが、諦めきれないサロスは最後のひと押しとして言った。


「クルックス。あの冷凍庫にあったコロヌや、人間は何に使ったんだ。」


「やっと私が答えられる質問が来たか。」


サロスは身構える。

その口から何が出てくるのかと。


「簡単。皆、ひとえに供物のみ。魔王様への捧げ物よ。」


「…。」


薄々気付いていた。

床にこびりついた赤い何かが想像する物であることは。


でも、でも。

かつての仲間が生きていたと思ったら、信じたくなった。


信じることしか出来なかった。


彼女が"クルックス"であることを。


「…お前、誰だ。」


「もう何度も言った通り。私はクレディン。魔王様を心から慕い尊敬するレスレク団、教祖。その1人である。」


人を殺したこいつを生かしてはいけない。

剣を抜かなかければいけない。

こいつの首に刃を振るわなければ、

いけない。


分かってる。


でも…。


「クレディン。お前を倒す!絶対に!」


「やってみろ。一度は敗北したも同然だったろうに。」


「もう迷わない。迷えない。」



アンバーはある場所に出た。


そこには長いかけ橋が架けられ、木箱が至る所に置いてある。クレーンが吊るしている物もある。


まるで輸送場所のように物々しい雰囲気である。


これが洞窟と洞窟の間にある深い谷にあるのだから一層訳が分からない。


アンバーは奥にあるクレーンを見た。


「あそこならトドメを放てる!」


クレーンの上に登り、そこから弓を使う戦法だ。


だが残された時間はない。

いち早くコアを連れ出さなければいけないのだから。


橋の中腹まで来た所、背後からあの気配を感じた。


「もう追いついたの!」


ヒノヒトである。


アンバーは不安定な橋を駆け足で渡っていく。


ヒノヒトはお構いなしに橋の上を走ってくる。


アンバーも対応しようと周りの積み上がった木箱を倒し行手を阻もうとした。

が、効果はほとんどない。

どころかヒノヒトとの距離を縮めるばかり。


今の状態でクレーンに登ろうとしても足を引っ張られ、単純に言えば死んでしまう。


大幅に距離を稼がないとトドメも刺せない。


橋を渡りきったアンバーは一先ずヒノヒトの足元に煙を撒き、自身の動きを覚えられないようにした。


物陰に隠れ、隠れ場所を点々と変えていく。


今ならと、思うが煙から姿を見せた途端に、以下略である。


ヒノヒトを一時的に拘束できるようなものがあればトドメを打つ準備も出来る。


では何がある。


体長2.5メートル越え、4本の腕と燃え盛る体。


こんなやつを捕らえられるもの?


あるわけない!!


アンバーは心の中で叫んだ。


だってここには古い木箱と古い橋、それに動くか分からないクレーンしかないんだから!


…?待てよ。


クレーンを一気に作動させれば、一瞬の隙は生まれるはず。


その隙に罠を仕掛ければ…。


アンバーはブレーカーを探し始めた。


物音を立てないように静かに。


4個、5個の建物を周りようやく6個目の建物に制御板を見つけた。


扉を開き、電気のレバーのスイッチがある。


アンバーはそれをOFFからONへと押し上げる。


ガシャン!と大きな音を立ててクレーンが金属を軋ませながら稼働し始めた。


ヒノヒトは作動したクレーンに驚き、煙に巻かれたアンバーに気付かない。


地面に、壁に、至る所にマジックアローを突き刺した。


アンバーはそうして、目当てのクレーンを登っていく。


それにようやく気付いたヒノヒトは1番背の高いクレーンに向かうが、電気の矢を踏み感電、続いて水の矢に手をつき、その言葉の通り手を消した。


アンバーはその間順調にクレーンを登っていく。


「このまま行けば、なんとか。」


そう言ったのも運の尽き。

ヒノヒトはクレーン目掛けて両手、つまり2本の剣を投げた。


その剣はクレーンの柱を切り裂き、アンバーは梯子から手を離せず登れなくなってしまった。


「うそうそうそうそ!」


アンバーは梯子に抱きついて離れない。


ヒノヒトもアンバーに続いてクレーンを登る。

梯子を手で溶かしながら。


金属が軋み、クレーン自体が曲がっていく。


「私!しっかり!上に行かないと!コア君の命は私にかかってるんだから!」


そう鼓舞して再び登り始めた。


一段一段、梯子を登るとその分クレーンが傾いていく。


もはやいつ折れても不思議じゃない。


それでもアンバーは登り続け、ヒノヒトも追いかける。


やがてアンバーが何とか登り切り下を見るとと、その数段下にはヒノヒトがいた。


「まずいまずい!この距離じゃ打つ前にこっちがやられる!」


アンバーは焦りながらも、ヒノヒトに弓を構え、下に落とそうと矢を放った。


だが火力が上がっているのか、矢は貫くことも突き刺さることもなく、ヒノヒトに近付いた瞬間に燃えてなくなってしまった。


なす術なし。


アンバーも矢を水に電気に変え、放ってみるが効果なし。


トドメには発動するのに時間がかかる。


この数メートルという距離では打つことができない。


どうすればいい!?


そうして、ヒノヒトもクレーンの頂上に手を付けた…、その時。


ヒノヒトは左腕を斬られ、クレーンから落下した。


腕を斬ったのは、電気を纏った盾だった。


「アンバー!!行けっ!!」


コアが橋の向こう側から大声でそう言った。


それに応えるようにアンバーは呪文、トドメを準備し始めた。


「紅き魔導よ、我の言伝を聞きたまえ」


地面にはまだヒノヒトが起き上がり、クレーンに登ろうと近づく。


「今構えし剣に集いたもう」


アンバーは腰の剣を弓にかけ、弦を引いた。

そして呼びかけに応じ、剣の刃が赤熱光を帯びて、炎を纏った。


「眼前せし敵を撃ち貫け!」


右手を離し、赤く染まった剣がヒノヒトへと飛んでいく。


「パイロ!!」


その声とともに剣はヒノヒトを頭から胴体まで全てを貫き、炎を焼き切った。


ヒノヒトは灰となり風に吹かれ消えた。


その場には地面に深く刺さった剣があるのみだった。



「はぁっ!」


サロスは剣を横に縦に振り上げ振り下ろし、クレディンを攻撃していた。


しかし、炎の盾は全てを防ぎ、クレディン自体に何のダメージも与えられていない。


「それがあなたの本気か。取るに足らない。」


クレディンは煽り、炎をサロスに向かって噴射する。


「だが!こっちも効かない!」


サロスは噴射の際に現れる小さな隙を狙って剣を振った。


その一撃は彼女の頭に直撃。


クレディンはサロスから距離を取った。


「今、何が起こった。」


そうしてサロスの剣を見ると、緑の宝石が今までにないほどに輝きを放っていた。


「…なるほど。翠緑の石の効果か。」


「…?翠緑の石?」


「知らないのか。呆れたな。」


「これがなんだって言うんだ!」


「別に。あなたが知らないと言うのなら私には関係無いことだ。」


クレディンは火の玉を3連放った。


サロスはそれを全て掻き消した。

何もせずに。


「っ。面倒だな。」


「はぁっ!!」


サロスは一直線に突っ込んで行く。


牽制の火を放ってもびくともしない。


そしてまた剣で殴られた。


「ここまでなのか!翠緑の力は!」


クレディンは今までの疑問がこうして解消した。


サロスの熱耐性である。


今も、さっきも全く同じ、火の渦、渦巻く中で戦っているのに、全く怯んでない。


その理由、それが、あの剣に付けられた翠緑の石の力。


「全く!こいつはそれに気付いてないのか!」


「っ!!!」


サロスはクレディンの体を殴り、頭を殴打する。


「お前をクルックスだと思った俺はバカだ!お前なんか!!」


「こっちはずっと違うと言っていただろうが!」


「その通りだよ!!人殺しのお前を!俺の仲間だと思った俺は!あいつらに向ける顔がない!」


サロスは火も炎も介さずにひたすらに殴る。


「だから!ケリをつける!せめて!犠牲になった人達のためにも!!」


「ははっ!犠牲!?彼らは魔王様の供物になったんだ!彼らも本望だろうさぁ!」


「絶対に許さない!!」


サロスの猛攻は止まらず、すぐに決着は着いた。

最後に一つ大きな音を出して。


「クレディン。罪を償え。」


辛うじて息をする彼女を見て言い放った。


しかし、サロスの声は震えていた。



「コア君!」


クレーンから降り、倒れたコアを抱き抱え、呼びかけた。


「アンバー。早く、サロスの方に行かないと。」


「いや、あなたを病院に連れて行くのが先だよ。」


「だ…めだよ。」


コアは気を失った。


アンバーは洞窟から脱出、ノビリスの病院へ向かった。



数日後。


「ん…ん。」


「コア君!起きたの!」


「ここは。」


「病院だよ。私達勝ったの。レスレク団を壊滅させたんだよ。」


「…そっか。良かった。」


コアは顔を手で覆い、安心した声でそう言った。


「サロスは?」


「サロスなら車を取りに行ってるよ。」


「…そうか。…?今、なんて?」


「ん?車を取りに行ってるって…。」


「そこじゃない。サロスのことなんて言った?」


「ああ。それね。直々に怒られたんだ。死線をくぐった仲間なんだから"様"とかはやめろって。」


アンバーは照れたように笑っていた。


「な、なるほど。」


「今、サロスにも連絡するね。」


「う、うん。」


コアは空返事で答えた。



あっという間にやってきたサロスはアンバーと入れ替わりでコアの病室に入った。


「コア。目が覚めたんだな。良かったよ。」


「サロス。あの後どうなったの。」


「火の魔導書を取り返しノビリスに返した。」


「それで?」


「クレディンを牢屋に入れた。」


「…やっぱりか。」


この声色からコアの望みは読み取れる。


「僕も聞いた。彼女がサロスの元仲間だったって。でもあいつは…。」


「ああ。殺人者だ。知ってる。あの部屋にいた人間も捧げ物だとか言って命を奪ったんだと。」


「なら。」


「殺すべき。お前の言いたいことも分かる。でも、それだけが罪を償う方法じゃない。」


「…。」


「悪い。分かってくれ。」


「…僕はお父さんのような被害者を出さないために勇者になったんだ。戦うことを選んだ。ならサロスは何のために勇者になったの。」


「……。」


コアはベッドに潜り、顔を背けた。


サロスは部屋から出ることしかできなかった。


「どうでした、いやどうだった?」


「失望されたって感じ。」


「…で、でもきっと仲直りできますよ!あ、できる!」


「ありがとう。」


サロスは微かに笑った。


「君が仲間になってくれたら、あいつとの仲を取り持ってもらったのにな。」


冗談混じりにそう付け加えた。


「本当にすみません。せっかくのお誘いなのに…。」


「いや、家族のためだもんな。俺だって強くは言えないよ。」


「ごめんなさい。」


必死に頭を下げるアンバーと頭を掻くサロスがいた。



翌日。


アンバーは家に帰った。


そういえば、アンバーの犯罪歴に関しては今回のレスレク団壊滅に大きく貢献したとして帳消しとされた。


そして晴れてレンジャーへの挑戦を始めた。


この日はその勉強をし終わった後である。


「ただいまー。お婆ちゃん。」


おかえりの声が聞こえない。


寝てるのかな。


そう思ってリビングに向かうと、


「お婆ちゃん!!」


アンバーの祖母は床にうつ伏せになって倒れていた。



祖母は病院に運ばれ、何とか一命を取り留めた。


「お婆ちゃん。大丈夫?」


「ごめんね。アン。心配させたよね。でも大丈夫。この通りだよ。」


アンバーは祖母の手を握った。

すると、お婆ちゃんは言った。


「アン。お前、やりたいことがあるんだろ。」


「え?…ま、まあ、あるけど、今はそんな場合じゃないから。」


「若いのに周りのことばかり気にして夢を追えてない。私は前から言いたかったよ。」


「お婆ちゃん、急にどうしたの?」


「いいから聞きな。アンバー。どんな夢を今持ってるかは私には分からないけど、これだけは言っておくよ。絶対に後悔しちゃいけないよ。自分で選んだ道を歩むんだよ。いいね。」


夜の静けさの間、お婆ちゃんが言った言葉がアンバーの頭の中で反芻している。


「分かったよ。そうする。」


「いい子だ。」


そう言ってにっこり笑った。

それに返すようにアンバーも笑った。



いつの間にか寝ていた。


ベッドに伏せて、朝日が寝ぼけ眼によく染みる。


「お婆ちゃん。おはよう。」



「お婆ちゃん?」


安らかに寝ている。


アンバーの目から涙が溢れ出てくる。


「お婆ちゃん!お婆ちゃん!!やだよ!!お婆ちゃん!!」


冷たい手を握りしめ、大声で叫ぶが聞こえない。


やがてアンバーの声を聞いた医者や看護師が部屋に入ってきた。


「…すみません。もうすでに…。」


「いやだ!そんなの…。そんなの!」


葬式はできなかった。


貯金も無く、ギリギリの生活だったアンバーにそんな余裕は無い。


主治医からの進言で病院にお婆ちゃんを預けることはできた。


サロスもコアもこの訃報を耳にしていた。

コアは入院中で向かうこと叶わなかったがサロスは彼女を預けてから数時間の内にアンバーの元を訪れた。



空っぽになった家の中で、1人アンバーは椅子に座って空を見つめていた。


「アンバー。」


「…来てくれたんだ。」


サロスは椅子をアンバーの隣に持っていき座った。


「辛いよな。急なことで。」


「…お婆ちゃんが昨日の夜言ってたの。後悔するなって。…でも無理だよ。今、私、後悔ばっかりだもん。」


後悔…。


「ああ。分かるよ。あの時こうすれば取りこぼさずに済んだ命があったと思うよな。だけど過去は変えられない。悔しいし苦しいけどそれが現実だ。」


一拍置いて、サロスは続いた。


「だから、前を向かなくちゃいけない時がある。今すぐじゃなくていい。でも乗り越える必要がある。」


アンバーはサロスの肩を借り寄りかかった。


「今は、今だけは、ただ思いのままに。」


サロスはアンバーの肩を摩り、静かに隣にいた。



コアが退院できるようになった日。

サロスはコアを迎えに病院に来た。


コアを連れて病院から出て2人の間に沈黙が漂っている。


そしてサロスが言った。


「コア。この前のなんで勇者になったかっていう質問。答えが出たよ。」


「なに。」


「人を助けるためだった。300年前からこれは変わってない。」


「ふっ。サロスのことだからそう言うと思ったよ。」


なんだか安心したような調子でそう言った。

加えてこう続いた。


「僕も思い出したことがあるよ。僕は数ある選択肢の中で君を選んだって、勇者になりたいと母にでもなく友達でもなく、君に、言ったことを。」


「だから、決めたんだ。サロス、君を心ゆくまで信じるって。」


「じゃあ、俺も改めて。コア。お前を信じる。」


サロスは言い終わると拳をコアに向けた。


「ほら。グータッチ。」


「え?何それ。」


「知らない?世代間格差だな。」


サロスはコアの手を持ち拳を作らせた。


そして上下に拳をぶつけ、最後に拳同士を合わせ、締めの掛け声。


「プシュー」


「何これ?」


コアは笑いながらグータッチをバカにした。


「おいおい。マジか。」


がっかりと呆れがサロスを覆った。


「でもまあ、楽しいね。…プシュー…って。」


「だろ?」


笑みを浮かべてサロスは言った。



2人は車に向かった。

その途中。

彼女がいた。


「アンバー…。」


コアが言った。


「大丈夫。ありがとう。」


その先を聞かずにアンバーはコアに返した。


「2人にお願いがあるの。」


「?」


「私を仲間に入れてくれないかな。」


「…もちろんだよ。」


コアは即承諾した。

が、サロスは留まった。


「アンバー。後悔はないな?」


「うん。自分で選んだから。」


「なら賛成だ。」


コアは喜んで、アンバーもほっと胸を撫で下ろした。


「じゃあ行くか。次の場所に。」


サロスが言い、それに賛同して2人共、おー!と元気よく言った。


「そういえば、アンバーって何歳なの?」


コアが聞いた。


「え!?…エルフの年齢は平均だと1000歳だから…私は人間で言うところの20歳になるかな。」


「おー。じゃあ俺と大体同い年だ。」


「サロスは300歳以上でしょ?同じもなにもないよ!100年も違うんだから。」


「確かに私と100歳差になるんです、いやなるんだね。」


「そう考えるとこのパーティーの平均年齢、凄まじいな。」


「主に2人のせいでね。」


少し賑やかになった3人は歩き出した。


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