◎過去により。
ある森の中、黒いバンが木々を抜けて走っていく。
「サロス!サロス!もうそこまで来てる!」
「分かってる!」
その後ろを黒い波が追いかけている。
「もっと早く!!」
「やってるよ!!」
やがて、黒い波は車に覆い被さり…。
結末を言うよりも、最初から話そう。
2人は西門からゆっくりと車を走らせていた。
「サロスー。もっとスピード上げない?」
「ダメだ。この前のお婆さんみたいに困っている人がいるかもしれないだろ。」
「そうかもだけど…。これじゃエピテンスに辿り着く時、僕らの方がお爺ちゃんになってるよ。」
「俺は不老不死だから、大丈夫。」
コアはギャグを言う彼にこれ見よがしにため息をした。
「実際のところ、速度が遅いのは別の理由があるんだけどな。」
「え?何それ。」
「俺達は今、誰も統治していない土地を走っている。」
サロスは続けた。
いわゆる無法地帯という場所を2人は走っている。ここでは開発も進んでないためにある動物が住んでいる。
「魔物だ。」
「魔物?魔物ってゴブリンとかドラゴンのことじゃないの?」
「コア。間違えちゃいけない。あいつらは人間だ。」
ゴブリンやオークといった独自の文明を持っていたり、自分から考えられる脳を持つ彼らは大まかに言って人間の仲間に分類された。
とは言っても、そういった魔の人間達は今でも魔物と差別されている。
「じゃあ、サロスの言う魔物って。」
「魔の動物だな。」
これらは人間と同じような社会体系や文化を持たない。弱肉強食の世界で生きる動物だ。
「こいつらは不意に道に飛び出したり、旅人を襲う。だから、しっかりと周りを見ないとダメなんだ。」
「なるほど…それって、例えば、イノシシとか?」
「ああ。その通りだな。ただ正確に言えばコロヌだな。なんで分かった?」
「う、後ろから…来てるから…。」
「なんだって!?」
サロスは身を乗り出して車の背後を見る。
すると、地面を揺らし、木々を押し倒し、やって来る、コロヌの群れである!
「早く早く早く!」
サロスはコアに急かされアクセルを踏みギアを入れる。
悪路にサスペンションの効いた車は2人を上下に揺らした。
だが黒いコロヌの群れは悪路にもろともせずにズンズンとバンに迫る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
凄まじいエンジン音と数々のコロヌの足音に気付いた人がいた。
フードを被り、獲物から矢を引き抜き、くるくると回転させ矢筒に戻す。
「……。」
その人はマスクを鼻元に直し、木々に飛び移る。暴走するバンに徐々に近づく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「サロス!サロス!もうそこまで来てる!」
「分かってる!」
先頭のコロヌが自身の牙を車のバンパーにぶつけ、それに続き他のコロヌも車を攻撃する。
「もっと早く!!」
車に衝撃が伝わり、コアは急かす。
「やってるよ!!」
何かの部品が牙によって壊されたり、外されたりしているのが音で分かる。
「こうなったら!」
コアは窓から体を出して右手に電気を溜める。
「待て!魔法はダメだ!」
風に言葉が掻き消されないように大声でサロスは言う。
「なんで!?」
「あいつらは魔力を糧に生きる生物なんだ!魔法は奴らにとって餌だからダメなんだ!強化してしまう!」
「じゃあどうするの!?」
「逃げる!!」
サロスはアクセル全開で車を走らせる。
しかしコロヌの猛攻は止まらず、森の中を駆け抜け続ける。
やがて開けた場所を見つけ、サロスはハンドルをきり、そちらに車を向かわせる。
だが、そこは木が生えていないだけで岩場に囲まれ、身動きが取れない場であった。
「まずいまずい!どうしよ!」
「…仕方ない。コアは中で待ってろ。俺が外に出てコロヌを倒す。」
バンを止め、助手席のコアに言う。
地鳴りが少しずつ2人の元へ近づく。
「でもあんな量1人じゃ、無理だよ!」
「やってみるしか…」
そうこうしていると、コロヌの群れはバンに激突し、車を揺らし凹まし、ボゴボコにする。
「「うわー!!」」
周りがコロヌに覆い尽くされ、2人ともに諦めかけたこの時。
「……っ!」
1本の矢が車後方に固まっているコロヌに飛んでいき、大きな爆発と共に魔物を吹き飛ばした。
周りのコロヌも爆発音に驚き森の中へ消えていった。
「…へ?今のって。」
「…魔法だよな。」
2人はその爆音に気付かない訳もなく、音の方に目をやるが、倒れたコロヌ達と火が燻っているのが見えるのみ。
サロスにコアと続いて車から降りて、火の元へ近寄る。
「…魔粒子が出てない?」
サロスは燃えている火に対してそう溢した。
その時、火の中から生き残ったコロヌが2人に襲いかかった!
が、2人の間から矢がそのコロヌの頭を撃ち抜いた。
2人はゆっくりと、矢の軌道を遡り、車の屋根の上を見る。
そこには、弓を持ち、フードを被り、紫色の目を見せる人がいた。
「…正確には、魔粒子の量が少ないんだよね。」
弓の人は女性らしい優しげのある声でそう言った。
「あ、あなたは?」
コアが聞く。
弓の人は答えた。
とともにフードを取り、長い耳が露出した。
「私はアンバー。ノビリスのエルフだよ。」
「え、エルフ!?本当にいたんだ。」
「そりゃあいるさ。伝説の生き物って訳じゃないんだし。」
エルフ。それは人間の中では滅多にお目にかかれない幻の人族。
彼らは森の奥深く個々に小さい町や村を築き、その集合をノビリスという1つの国家としている。
「…それより、あの火は魔粒子が少ないって…。」
開いた口が塞がらないコアを横目にサロスがアンバーに質問した。
「あー。それは、魔法石を使ったからだね。中々の高額なものなんだけど人助けのためだったし、出し惜しみできなかったから。」
アンバーは車の屋根から飛び降りて撃ち抜いたコロヌを持ち上げる。
「…なるほど。あ、言うの遅れたが助けてくれてありがとう。」
「良いんだよ。」
アンバーは呟いてこう言った。
「…それが目的だったし。」
サロスはそれに気付かずに加えて言った。
「何か困ったこととかあるか?助けてくれたお礼がしたい。」
「んー。困ったことって言われても…。」
悩むアンバーに近づき、重そうに背負うコロヌをサロスは取った。
「…ちょ、ちょっと。」
「重いんだろ?運ぶ場所まで持っていくよ。」
「…そ、そんな…。いいよ。」
アンバーは申し訳なさそう…というより、少し焦った風でそう言った。
だが、2人はそうした不自然に気付かず、コアがサロスに言った。
「バンの外側が全体的にボゴボコになっちゃったから、修理しないと。」
サロスはそれに賛成し、アンバーに聞いた。
「ごめん。助けてもらったのに、更に聞くようだけど、車を修理できる場所って近くにあるかな。」
サロスは申し訳なさそうに言った。
アンバーは何かを諦めたのか、2人にこう提案した。
「…知ってるよ。近くにそこそこ大きな町があるから、案内するよ。代わりに私も乗せて。」
「もちろん。構わない。」
コアも頷く。
コアはバンの荷台部分に座り、アンバーが助手席に座り、サロスはエンジンをかけた。
アンバーは車にコロヌを乗せる時もコアが乗り込む時も終始サロスの腰にぶら下がる剣を見ていた。
あれって…もしかして。
何かに勘付いたアンバーは案内の途中でサロスに話しかけた。
「質問していい?…その剣って、サーケル・グラディウスだったりして。」
「…!よ、よく分かったな。」
サロスは分かりやすく驚いた。
「どうして、そんなこと知ってるんだ?」
「私、勇者が好きなの。」
「"勇者"が好き!?」
コアもその言葉を聞いて会話に混ざる。
「アンバーさん!本当ですか!!」
2人の驚きように圧倒されながらも答えた。
「う、うん。…確かに変な趣味なんだけど、私、勇者達が好きで、憧れで…。」
「サロス!やった!!」
「あ、ああ。」
アンバーは今まで見てきた反応と違うことに違和感を覚え、頭の上に疑問符を浮かべる。
「やった?ってどういう…。」
コアは待ってましたと言うようにその質問に答えた。
「僕は勇者を目指してて、彼は元勇者なんです!」
"彼"と指差されたサロスを見て、目をまん丸にして喜んだ。
「本当ですか!!!ってことはあなたが!!あの!!剣の勇者ってことですか!!!???」
サロスは、気恥ずかしくなって2人から目を逸らした。
「今までなんでご無礼を!!ごめんなさい!ごめんなさい!貴方様が魔王と戦ったことのある唯一の剣の勇者様であるとは知らず!」
「え?今、なんて?」
コアはアンバーに聞き返す。
「…?唯一魔王と戦ったことのある剣の勇者様とは知らず…?」
今度はサロスに聞く。
「唯一魔王と戦った!?本当なの!?」
サロスは何も言わずとも、アンバーが答える。
「本当だよ!!彼は今まで挑んできた849人の勇者の中でたった1人、魔王と直接対決を果たしたんだよ!!」
「サロス!なんで言ってくれなかったの!!」
サロスは耳を赤く染めながら、こう言った。
「あんまり、自慢することじゃないだろ…。」
「「自慢することだよ!!」です!!」
…猛反対である。
コアとアンバーの勇者語りは続き、1時間と少し。
「アンバーは誰が推しなの?」
「…私は、」
そう聞かれたアンバーはモジモジしながら、溜めて言った。
「私は、ルイーザ様かな。」
サロスはその名前を聞いて、体が反応した。
それを見逃さずコアは問いを投げた。
「…何か知ってるの?」
「ま、まあな。」
「是非教えて下さい!!!」
そう念を押したのはアンバーであった。
「ルイーザ様については今でもよく分かっておらず250年前のエルフの勇者であったことしか分からないんです。何か知っていれば教えて頂きたいです!お願いです!!」
サロスはその気迫に押され、話し始めた。
「俺は一時期彼女の仲間になった。彼女は男よりも男らしく猛々しい人だったよ。」
アンバーは続けて質問する。
「猛々しい人…。…武器は何だったんですか?」
「剣と盾だった。どんな攻撃もその盾で防いで、剣で敵を倒していたよ。」
「…かっこいい。」
アンバーはどんな姿か想像する。
「…容貌はどうでした?」
「えっと。黄緑色の目をしていて、黒い髪を一つに束ねてたね。あとは、君と同じく長い耳を持ってた。」
アンバーは惚れ直したのか、顔を赤らめて静かに興奮していた。
そうして、小話をしていると、目的地に着いた。
「コア君、勇者様。到着です。ここが、エルフの国!ノビリスです!」
フロントガラスに顔を近付け眺めた。
森の中に大きな集落が形成され、木で組まれたログハウスが建ち並び、奥の方に一際大きいログハウスが悠然と建っている。
「あの奥の家は何?」
コアはアンバーに聞いた。
「あれは役所だね。一応、ノビリスだと外国を真似て"城"って呼んだりもするよ。」
車をトロトロ走らせ、街並みを見る。
広場のようなところでは出店が集まって市場のようになっている。
「あの広場のやつは半年に一回やるフェスだね。毎回違うテーマに沿った展示とお店が並んで盛り上がるんだよ。」
目を細めて見ると蝋燭、ランプ、焼き物が並んでいる。
「今回のはどうやら、火にまつわる物らしいな。」
「おー!流石です!今年のテーマは火なんです!…でも今思ったらこのテーマ、珍しいかも。いつも売り物が多いんですよ。」
ノビリスにある数々の名所を訪れ、アンバーの家に着いた。
「じゃあ、私、あれを家に運んで来ますね。」
「いや、俺がやるよ。」
とサロスが言うと、アンバーは返した。
「いえ、大丈夫です。ここまで運んでくれただけで十分ありがたかったので。」
サロスは分かったと言うように、引き下がった。
ただ、文句を言った。
「だけど1つだけ。その敬語やめてくれ。今の俺はコアと同じ見習いだから。」
「了解です!」
抜けてないと思ったがひとまず置いといた。
コロヌを運び終え、工房に着いた。
車を預け、サロスの貯金を崩し、修理を依頼した。
「た、高くないか。」
サロスは寂しくなった財布を見てそう言った。
「最近、各地で火災が多発してるんです。多分その影響が価格にも出ているんだと思います。」
サロスは悔しいと唇を噛み締めた。
「2人ともお腹空いてません?」
「空いてる!」
コアは勢いよく飛びついた。
「なら良い場所を知ってるよ!」
「外食か…。」
サロスの呟きに反応することなく、2人は良い場所に向かった。
「ここです!"森の食堂"!」
外装は他と変わらず丸太が積まれ、組まれたログハウスだが、内装が他とは違い、綺麗に飾り付けがなされていた。
キャンドルが薄暗い場所を点々と明るくし、落ち着く雰囲気である。
「ここはノビリスの中だと色んなところにある程有名なお店で、お財布にも優しいんですよ。」
サロスは胸を撫で下ろした。
3人ともメニューを開くと、多種多様な料理があった。ポプルス始め、他の国の料理が再現され、どれも美味しそうである。
3人はそれぞれ好きなものを注文し、料理を食べた。
「「「美味しい!」」」
重なりながらも喜んだ。
フォークやスプーンで皿を擦り会話もせずに食べた。
[プルルッ]
電話が鳴った。
「すみません。私です。」
アンバーは席を離れ、店の外に出た。
サロスはその後を追おうと席を立つ。
「どこ行くの?」
「トイレだよ。」
コアは疑いの眼差しを向ける、が、サロスを行かせた。
「まあ、いいや。いってらっしゃい。」
アンバーは電話を耳に当て話していた。
「大丈夫。今週の分は手に入れたから。」
小さな声で電話の中の相手に答える。
「分かった。すぐに持っていく。」
物陰から見るサロスはほんのりとアンバーが言っていることが分かった。
「…何かを持っていく?何を?」
サロスはアンバーの後を追った。
アンバーはどうやら自身の家に向かっていた。
先ほど通った道だったため予測が付いた。
だが何のため?
サロスは続けて追跡する。
やはりというか、アンバーは家に到着。
建物の壁から顔だけ覗かし観察。
彼女はそのまま家の中へ。
サロスは待つことにした。
しかし、家に戻って取る物を電話の相手に渡すということだが、何を渡すのだろう。
そう考えると、1つの考えが浮かんだ。
コロヌの死体だ。
わざわざ小声で連絡する時点で表には出せないようなことであるに違いない。
表に出せないとはつまり犯罪だろう。
コロヌは魔物である。
こいつらは元々魔王の領域に生息する動物だ。
だがいつの間にか、誰かが魔物をこちら側に持ってきた。
それが繁殖、魔粒子を餌に出来るようになり、こちら側の異世界種となり、魔物になった。
そんな異例の生物である以上、飼育や販売は禁止されている。
アンバーはそんな魔物のコロヌを誰かに渡そうとしている。
つまりは…。
信じたくないな。
サロスは自分で出した考えを否定する。
他に考えられないかと頭を巡らせていると、アンバーが家から出てきた。
大きな袋を持って…。
「中身は…想像したくないな。」
アンバーはまたどこかに歩いて行く。
周囲の雰囲気が暗く、自然と警戒心が煽られるようになった。
「誰にそれを渡すんだ。」
渡す相手が相手ならその場で倒すしかない。
そう思っていると、アンバーは突然袋を置いた。
結びを解き中身を確認する。
…中身は、コロヌであった。
やっぱりだめだ。どんな相手だろうと、助けてくれた恩人が道を誤っているなら正さなくちゃいけない!
サロスはアンバーの元に飛んで現れた。
「…!!剣の勇者様!?ここで何してるんですか!?」
「アンバー!お前こそ何してるんだ!」
サロスはコロヌを指差して言った。
「こ、これは…その。」
「分かってるのか。魔物の販売は犯罪だって。」
「そ、それは、知っています…けど…。」
「やめるんだ。こんなこと!」
サロスの猛攻は止まらない。
しかし、それにたじろいでいるのかアンバーは反論してこない。
「おやおや。どうなさったのですか?」
っ!
この声。聞き覚えが…。
「…!なんでもないです!」
アンバーはサロスを隠そうと必死になって言った。
だが、サロスはその声のする方を向く他なかった。
その声が"彼女"と同じであったために。
茶色い毛先に、猫口。
そして特徴的な糸目。
「お前は、クルックス…なのか。」
彼女は答えた。
「…?私はクレディンだよ?」
糸目が開くと、その先には結膜が黒くなり、およそ人間とは思えない容姿だった。
しかし、サロスは人違いであるわけないと分かっていた。
声に髪、それに口調まで。
全てがかつての仲間、僧侶のクルックスに酷似している。
「…それより、アンバー?約束のコロヌは?」
「…!こ、ここに!」
アンバーは言われるがままにコロヌを担ぎクルックス、またクレディンに運んだ。
「…ダメだ!アンバー!」
サロスは気を取り戻しアンバーを止める。
「いや!離して!私にはこれしかないんです!」
これしかないって…。
一体何を抱えてるんだよ。
アンバーの必死さはサロスを振り解こうとする力でも感じられた。
アンバーはサロスを爪で引っ掻き、肩を持って投げた。
サロスはそれに対抗できずに地面に転がった。
アンバーはコロヌをクレディンに渡した。
「はい。ありがとうございます。今週分は週末に渡しますので。」
「はい!こちらこそありがとうございます!」
アンバーは礼をする。
「…と思ったんですが、もうやめにしましょう。」
「…え。」
「貴女はこの場に部外者を連れて来て、私を危険に巻き込んだんですよ。なので、クビです。」
「…そんな!待ってください!私にはこれしかないんです!だから!お願いです!」
「すみません。決定事項なので。」
クレディンは指を鳴らし、仲間を呼ぶ。
フードを被り、目元は見えない。
剣やら槍やら、目下ただの書類上のクビでは済まないらしい。
あのフードについたマーク。
…まさか。
サロスは奴らの正体に気づいた。
「2人を殺しなさい。それが魔王様の望みです。」
ローブの隙間から剣を抜き、槍を構え、サロスとアンバーに襲いかかった。
「アンバー!」
サロスは彼女に狙いを定める剣を弾いた。
「…!ど、どうして…。」
「こんな状況で罪なんか言ってられるか!命最優先だろ!」
剣は真正面からサロスに突っ込んでくる。
それに対応し、グラディウスを横に構え攻撃を防ぐ。
幸い力は近衛隊長ほどは無い。が、もう1人のフードの槍が隙を突く。
腹に槍が刺さる。
「っ!アンバー!ここから逃げろ!俺がこいつらの相手をする!」
「そ、そんなこと。」
「早く!」
サロスに怒鳴られるがアンバーは動けない。
自分が見つけられない。
好きだった勇者様を裏切り、怪しい商売に手を出して、逆に尻尾を切るように見限られた。
たった1人の家族を思っただけなのに、失敗したことがいつまでも足を動かすことを許さない。
「おい!アンバー!」
サロスは攻撃がアンバーに当たらぬように、フードの攻撃を受け続ける。
剣と槍の横振りにグラディウスを縦に、鞘にも手を添え攻撃を受ける。
同時攻撃になると力も近衛隊長に匹敵するため苦戦を強いられる。
クレディンは電話をかけ、何か話していた。
「始めてください。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
電話の先では、フードが魔法を唱え始めた。
それに連なるようにフードが次々と魔法を唱えた。
赤く、煌々と光るそれを、木に放った。
木は燃える。風に運ばれ火の粉は他の木に引火し、燃え広がる。
「火災だ!!西の方で火災だ!!」
展望台に立つ男は大声で叫ぶ。
「こっちも火災だ!!東の方でもだ!!」
「北でも!!」
「南でも!!」
全方位が火に包まれていく。
消防が現場に向かうがいかんせん火災場所が多く消防士の数が合わない。
そんな混乱が伝染したのか一般のエルフも逃げろ逃げろと言いながら大混乱に陥った。
その異常さにいち早く気付いた人がいた。
「今、火災って。」
コアであった。
コアは席を立ち、店から出る。
すると、そこは地獄さながらであった。
空が赤く染まり、誰かの泣き声や叫び声が響き渡る。
「これ…。」
自然とあの記憶が呼び起こされる。
……「逃げろ!火事だ!!」……
「…逃げないと、死ぬ。」
コアは呟き、出口を求めて走り始める。
「誰かー!助けてー!足が挟まって抜けない!」
「ママー!!どこー!!」
……。
「僕、手伝います!」
コアは横に落ちていたパイプを使って瓦礫を持ち上げ、下に挟まっている人を助けた。
「僕。名前は?」
「…ユウキ。」
「分かった。」
コアは空に電気を放つ。
その電気で"ユウキ"を表し、母親に示した。
数分後。
「ユウキ!」
「ママ!」
親子は再会した。
コアは走り、助けを求める人を探した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「っ!」
サロスは攻撃を受け続ける。
「アンバー!しっかりしろ!」
彼女に反応はない。
「私、私。」
「そろそろでしょうか。私も逃げるとしましょう。」
クレディンは時計を見て2人を後に歩いていった。
「おい!待て!クルックス!」
サロスの呼びかけにも答えない。
「なんなんだ!みんな俺を無視か!?」
違うと言わんばかりにフードの2人はサロスを攻撃する。
「たくっ!お前らには用は無いんだよっ!」
剣を交わし、槍を弾き、グラディウスを構え、小さい旋風を巻き起こす。
2人のフードは後ろに飛ばされる。
その隙にサロスはアンバーの元へ駆け寄る。
「おい!アンバー!アンバー!」
「私は、私は…。」
「もう分かったから!今は助けてくれ!じゃないと2人ともここで死ぬことになるんだぞ!?」
「…!勇者様!」
「…良かった。ようやく戻った。」
「違います!あれ!」
アンバーはサロスの背後、空を指差す。
「なんだ…よ。おい、嘘だろ。」
空にはよく見たあの煙が立ち昇っていた。
「火事だ。…まずい。コア!」
サロスはコアがあの店の中にいることを思い出した。
「早くコアの元に行かないと!」
アンバーは目から光が消える。
「お婆ちゃん…。」
「お婆ちゃん?」
サロスは聞き返すが、また通信拒否である。
すると、剣のフードが2人の元へ走り、剣を振るった。
それに負けじとサロスも剣を振る。
2振りの剣は弾き合う。
サロスが勢いにのけぞると槍はこちらに向かってくる。
「…まずいっ!」
貫かれるっ…、と身構える。
しかし、当たることがない。
サロスは槍のフードの方に目をやると頭に矢が突き刺さっていた。
その後ゆっくり倒れた。
「勇者様!前!」
アンバーの声でサロスは切ろうと振りかぶっていたフードに対応。
腹に一撃食らわし、倒した。
「ありがとう。助かったよ。」
サロスはアンバーの近くに行き、礼を言った。
「勇者様。大変言いにくいのですが、私を逃がしていただけませんか。」
「家族だろ?行って来い。俺も自分の役目を果たすから。」
アンバーは目に涙を浮かべながら礼を述べた。
「ありがとうございます!!!ありがとうございます!!!」
そうして、アンバーは自分の家へ走っていった。
「コア。大丈夫でいてくれよ。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「誰か!!助けて!!家の中に閉じ込められてるの!!」
コアはその声を逃さず、駆け寄る。
「大丈夫ですか!?今、扉を開けます!離れていてください!」
離れていく足音を聞き、コアは肩を使って扉を破った。
「いますか!?」
コアは続けて呼びかける。
「ここです!」
聞こえた!
燃え盛る火の中、中腰になりながら人のもとへ。
「ここです!!」
すると、ドアを破った衝撃でか、崩れた瓦礫で人が閉じ込められていた。
「そこで待っていてください!」
コアは必死に呼びかけた。
どうにか向こう側に行けないか探してみる。
2階への階段は続いている。だが上の状況は分からない。
まっすぐの道は瓦礫に塞がれ、通れない。
ならばと、右手にある廊下を通って人に近づこう。
コアはそちらに向かって歩き出す。
歩くたびに木がきしみ、焦燥に駆られる。
なんとか人のもとへ。
「ありがとうございます!」
そこで待っていたのは母親と小さい子供であった。
「…!あなた!子供だったの?」
母親はコアを見るなり驚きの色、一色で染められた。
「まあ、そうですね。それより、早く出ましょう。」
母親は子供の手を力強く握っていた。
今まで通ってきた道を引き返そうとするが、瓦礫が落ちて道が防がれた。
コアはまたルートを探す。
だが、そのことに気がとられて、木のきしむ音に気づかなかった。
魔女の笑い声のような音を立てて木材が落ちてきた。
その瞬間、母親が子供から手を放し、コアを引き戻した。
しかし、木材は母親の頭上へ落下。
母親はその場に倒れた。
「お母さん!!」
子供は大声で叫んだ。が反応はない。
自責の念に駆られるコアだったが、子供の手を握って外に出た。
「お母さん!!お母さん!!」
「今から助けに行ってくる。だからここで待ってるんだよ。」
子供は押し黙り、頷いた。
「ありがとう。」
コアは再び、燃える家に入っていった。
子供は待つことしかできない。
煙が吹き出し、炎が燃え盛る。
そんな家を見るだけで目が焼けそうに熱い。
必死に頭の中でお母さんお母さん、と唱える。
と、途端に今までの軋む音とは別格の音が少年の耳に届く。
お母さん!!お母さん!!
すると、家は大きな音をもって崩れた。
「…お母さん。」
子供はどうすることもなく立っていた。
だが、その時、瓦礫から電流が吹き出し障害物を飛ばした。
「っ!」
コアは母親を連れて崩れた家の中から出てきた。
「お母さん!」
子供は家だったものを駆け上がり、お母さんに抱き付いた。
安全な所に母親を置き、立ち去ろうとした時。
「コアー!」
サロスが戻ってきた。
「サロス!どこにいたんだよ!」
「その話はまたあとだ。まずはこの炎をどうにかするぞ。」
「でもどうやって。僕、水の魔法は使えないんだよ?」
「別に使えなくても雨を降らせることができるさ。」
「?」
サロスはコアに方法を話した。
「本当にできるの?」
「やってみないと分からないだろ。」
消防隊も水の量や隊の数も足りないため機能していない。
このままではノビリス全体が炎で覆われ全てが灰になってしまう。
そのため、サロスは雨を降らせる方法を考えた。
「よし!じゃあやるぞ!」
サロスはコアを鼓舞する。
「…本当にできるのかな。」
コアは半信半疑という風に呟いた。
「やらなきゃ分からないだろ!コア!頼んだ!」
「分かったよ。」
コアは電気を溜める。
これまでに溜めたことのない量の、最大限の量を手に溜めていく。
「…っ。」
「頑張れ!」
サロスはコアから離れた場所で剣を構える。
腰を捻り、両手で持ち、足幅も広く、姿勢を低くする。
「っっ。」
コアの電気は徐々に大きく、力強く、手から溢れ出していく。
コアも苦しそうにしているが、耐えて、電気を溜める。
「コア!俺が合図したらその電気を上に放つんだ!いいな!」
コアは痛みに歯を食いしばりながらも頷き、了解した。
「頑張れ。頑張れ。」
サロスはコアを応援しながら、自分も力を込める。
剣の魔法石は光輝く。
今までとは比べ物にならないくらいに。
「…よし!!コア!!今だ!!!」
「はぁっ!!」
コアは電気を言われた通り空に放った。
「はぁはぁ。」
体力が底をつき、コアはその場に倒れる。
「どう、するん、だよ。失敗、したぞ。」
息を切らしながらサロスに文句を言う。
「よく見とけ。」
空に浮かぶ雲が雷を含んで黒雲に変わっていく。
雷鳴がノビリスを渡る。
「俺の番だっ!」
そう言って、サロスは剣を振りながら空に高く飛んでいった。
「うおっー!!」
そして、ある程度高くまで上がると、さらにサロスは円を描いた風を周囲に放った。
その風は黒雲を動かし、ノビリスを覆った。
「あとは、神頼みっ!」
サロスは落下しながら空を見てそう言った。
「え!?サロス!?落ちるだけ!?」
その様子を見ていたコアは疲れも吹き飛ばして、彼に呼びかけた。
エルフ達も一連の流れを見ていたが、落ちていく剣の勇者に目を奪われた。
そして、やっぱりどうすることもできないために、地面に追突。
サロスは気絶した。
「サロス!何やってるの!こんなんじゃ絶対無理だって…。て?」
気絶したサロスを揺すった手に一滴の水が落ちた。
コアは上を向く。
すると、頬に、口に、額に、パラパラと水が落ちてくる。
そうしてすぐに。
大雨になった。
バケツをひっくり返したかのようにノビリスの建物の火も森の火も瞬く間に消えてしまった。
「やったぞ!!」
「やってくれた!!」
「私たちを救ってくれた!!」
雨を全身に浴びながらエルフ達はサロス達を褒め称えた。
「サロス!サロス!起きて!早く!」
コアは一生懸命にサロスを呼び、起こそうとするが、寝息を立てて起きない。
「もう!せっかく、こんなに讃えられてるのに。」
だが、サロスの顔は微笑みを携えているように見えた。