◎嘘を、
「サロス、どうしたのさ。」
「うん?」
「うん?じゃないよ!あんなこといつもしないじゃん!」
「私もそう思う。サロス、彼女に何かされたの?」
コアとアンバーは自分達の背中を押すサロスに言う。
「え、あ、いやなんでもない。ただ早く電気の魔導書を取るために仲間集めをしようと思っただけだ。」
2人がそんな話を信じる訳はない。
「ほら、行くぞ。」
だが、2人はサロスを信じることにした。
彼の呼びかけに、コアとアンバーは顔を見合わせ、追いかけることで応えた。
「…は!これは!!」
場所は変わり、ある城。
1人のフードを目深に被った者が焦ったようにどこかに走っていく。
そして、その者が玉座に座る男にこう告げた。
「ついに現れた。"彼"が。」
「ほぅ。やっとか。」
そう答えた声は優しく、それでいて怖い、聞いているだけで心を奪われるようであった。
「領域内の全ての王国に伝えろ。私の元に集まれ。と。」
「分かった。」
フードの人はそう言ってまた暗闇の中へ消えていった。
「もう、すぐだな。全てが終わるまで。」
男は自慢の緑色の髪色を指で巻きながらそう呟いた。
また場所は移り、サピエンス国。
「本当にここであってるの?」
「た、多分。私が見てた映画だとよくこういう場所で仲間を見つけるからさ。」
アンバーの口調は自信半々である。
「ふーん。」
コアが無難な返事をして流す。
「まあまあ。やってみれば分かる。」
サロスが宥め、ドアを開ける。
ここはサピエンス国の下層雲、ニージニイ・スロイ。
そしてアンバーの勧めでやって来たこのお店はありとあらゆる人が集まるだろうと思える酒場である。
ドアベルが鳴り、3人はお店の中へ。
店内は予想通り人で溢れている。
円机と4つの椅子がそれを取り囲むセットがいくつもあり、カウンターと2階に続く階段も見える。
全体的に薄暗く、開拓時代を感じさせる雰囲気である。
「なんだか、みんな、声掛けにくい…。」
コアがそう呟いた。
「確かに…。」
アンバーも同意見。
サロスがため息をつき、ならばと近くの人に話しかけた。
「なぁ、ここ空いてるかな。」
相手は鋭い目つきでサロスを睨んだ。
「どうぞ。」
「ありがと。」
サロスは椅子を引いて座った。
「で、何の用だ。」
相手は勘付いていたようだ。
「あ、ああ。実は、俺達、仲間を集めてるんだ。」
「仲間?何の。」
「…勇者の。」
「あー。」
「悪い。そういうのは間に合ってる。他の人を当たれ。」
「お、おい…。」
そう言って去って行ってしまった。
「まだだ。」
サロスの闘志は燃え尽きていない。
「…ごめん。」
「無理。」
「誘ってくれて嬉しいけど…。」
「断るわ。」
「悪い。」
「行けたら行くわ。」
「だめだー。」
サロスは机に伏せて、落ち込んだ。
「サロス。ここって勇者に寛容な国なんじゃないの?」
コアが聞くと、サロスは顔を埋めながら答えた。
「十分寛容さ。普通なら勇者って言うだけで独房行きだからな。」
「そんなー。」
寛容のレベルが低すぎる。そう思ったコアだった。
しばらくして、サロスの火は再び燃えた。
「すまない。ここいいか?」
机をノックし、先着の1人の酒飲みに聞いた。
「ああ。」
サロスは椅子を引き、座り、そのまま会話を始めた。
「俺達、仲間を探してるんだ。」
「…?」
酒飲みは何の?という風に片眉を上げた。
「…勇者の。」
「…がっははは!!」
すると、酒飲みは大きく笑い出した。
「何か、おかしなこと言ったか。」
「ああ、言ったさ。勇者の仲間になる!?ふざけてるのか?」
サロス達が黙っていると酒飲みは続けた。
「お前みたいな"勇者"の仲間になる奴なんてそこの2人くらいだろうさ。勇者に付いていっても死ぬだけだからな!?」
サロスは顔を背けた。
「悪かった。手間を取らせたな。」
そして、席を立ち、その"2人"に言った。
「ここから出よう。」
「…うん。」
「何なんですか!!さっきから!」
が、なんとアンバーがサロスに代わって机を叩いて、言い返した。
「おい、良いんだ。アンバー、行くぞ。」
アンバーはサロスの手を解き、酒飲みに大声で怒号を飛ばす。
「勇者様がまるで何の役にも立ってないみたいな言い草やめてください!!!」
「あ?勇者ってのはそういうものだろうがよ。」
「何を言ってるんですか!!勇者様方がいなければ今のこの時代は無かったんですよ!それなのに!」
「……。」
と、突然、酒飲みは黙った。
「お前、エルフだろ。」
「え?」
「それに、200年かそこらだな。」
「…どうして。」
「俺はお前みたいな長い時間生きてるやつが大っ嫌いなんだ。」
酒飲みは続ける。
「お前みたいな奴らは昔に経験した綺麗な出来事をいつまでも覚えて、後の世界の事実を知ろうともしない。」
店内はいつの間にか静まり返っていた。
「お前は"本当"に勇者がみんながみんな世界を救うだとか人を助けるだとかのために名を挙げたと思ってるのか?」
「どういう…。」
「自分を勇者と名乗ることで何が得られると思う。…名誉、名声、金さ。勇者と名乗る奴の中には一般人を何とも思わず、ただ自分の利益のために犠牲にする奴もいるのさ。」
サロスは下を向き、コアはその酒飲みを見ていた。
嘘だ。
そんなわけ…。
だって、勇者はどんな時でも立ち上がり、立ち向かう。
世界を救う人のはずだもん。
なのに…。
男はアンバーを色の無い目で睨み、こう言った。
「一辺倒な知識で物を語るな。」
サロス、コア、そして、アンバーは酒場を後にした。
「アンバー。大丈夫か。」
サロスが声をかけるが、反応は無い。
コアも何か言わなければと考える。
目線を落とし、必死に言葉を探す。
と、その時、コアが気付いた。
「サロス?剣に付いてた宝石どこにやったの?」
「え!?」
サロスは慌てて剣の鍔を確認する。
そこには、宝石が入っていた跡のみ。
嘘だろ…。あいつっ!
「まずい…。」
「その反応…。無くしたってこと!?」
コアが目を点にして驚いた。
「そうみたいだ。コア。アンバー。すまん!探すのを手伝ってくれ。」
サロスは2人に呼びかけ、周囲を別れて探すよう促した。
コアは、人混みの激しい方へ。
アンバーはゆったりと歩き、その場から消えた。
「早く見つけないと。」
サロスも"身に覚えのある場所"に向かう。
「おい!返せ!」
ソーフィエの家に来るなり、ドアを叩いて、叫んだ。
「おい!いるんだろ!あの石を返せ!」
いくら叩いても、叫んでも物音一つ中から聞こえない。
サロスはもしやとドアノブを掴んで回してみた。
「流石に…。」
そう呟いて、ドアを引こうとすると、
見事、少しの軋む音と共に開いてしまった。
「マジか。」
サロスは恐る恐る中に入り、ソーフィエ、と呼びかける。
だが、やはり反応はない。
家の中を歩き回り、姿を探す。
「あいつ、どこに…。」
そう漏らして、数分後。
まるで見て下さいと言うように、ある紙が机の上に置かれていた。
サロスは警戒しながらその紙を上から覗き込んだ。
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サロス。
お前さんはなぜかと思っているんだろう。
剣から宝石を取った理由。
仲間からお前さんの秘密を守ってあげた理由。
そして、私がお前さんの秘密を知っている理由。
その答えを知りたいんなら、国立研究所に1人で来い。
私は待っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
国立研究所。
目的の物はここにある。
しかし、サロスの足はすんなりと動かない。
国立研究所、つまりはサピエンス国、それどころか他の国とも関わることになるかもしれない。
そもそも、サピエンス国自体、寛容であるだけで許されているわけではない。
もし勇者であるとバレてしまえば監獄行きは免れない。
「それでも…取りに行かないとダメだ。」
自分に言い聞かせるように独り言を言い、ソーフィエの家から出た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
しかし、アンバーはそんなサロスに先駆けて、国立図書館にいた。
国立図書館は研究所と併設してあるサピエンス国の資料館である。
そして、理由は彼女の行動を見れば分かる。
アンバーは両手で抱えるほどに大量の本を読んでいた。
その本はどれも勇者の自伝と勇者の行動の研究だ。
紙を次から次へとめくっていく。
そのどれも似たようなことばかり。
・〇〇は仲間のために犠牲になった。
・〇〇は家族を救おうと戦い負けてしまった。
・〇〇は世界を救うために命を賭けた。
勇者は皆、誰かのために命を落としていた。
「そうだよ。これが、勇者だもん。」
アンバーは納得させるためにここに来たのだ。
勇者が利己的でないことを確認するために。
だが、アンバーの声は確信を持つようなものではない。何かに掴まることもできないような震えた声だ。
「…私の勇者は違うもん。」
あの男の言葉は彼女の頭の中で反芻し続ける。
……「ただ自分の利益のために犠牲にする奴もいるのさ。」……
「…絶対に、違う。」
勇者はどんな時であろうとも弱きを助け強気を挫く、そんな人。
勇者を名乗る者がそれを守らなければ世界は何を信じればいいのか。
アンバーは勇者のイメージを変えようとはしなかった。
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場所は人混みの中。
コアが街行く人に話しかけ、地道に探していた。
「すみません。緑色の石とかって見ませんでした?」
「手のひらサイズの緑色の石なんです。」
「僕達の大切な物なんです。」
その言葉にハーピー達、地面を歩く人でさえ聞く耳を持たない。
そして、いよいよコアも限界が来たのか、
「もう!やってられるか!」
地面を蹴った。
「一旦、何か食べよう。そうすればどうにかなる。」
コアは人混みから離れ、近場で料理屋を探し始めてしまった。
携帯を片手に、「近くの料理屋」と検索をかける。
その時。
コアは人にぶつかった。
「あ、ごめんなさい。」
すかさず謝ったが、ぶつかった人はコアの方を睨んだ。
「前を見ろ。ガキが。」
そう吐き捨てた男は刀を腰に下げ、袴を着て、いかにも侍という容姿であった。
しかし、義侠心など持ち合わせていないであろう口調でコアを罵った。
侍男はコアの元から去ろうとすると、
「あ!あなたはイミテト様!」
その声に釣られてその場の人達が男の方を見た。
「おー!本物だ!!」
男も鋭い目つきを切り替え、人々の方に手を広げて向かった。
「いやー。バレてしまったか。お恥ずかしい。」
「あなたのような人を見間違えるわけないじゃないですか。」
人々とその男は和気藹々と話をして盛り上がった。
その盛り上がりはコアを集まりの外へ外へ押し出した。
「これどうなってるの!」
コアは地面に倒れ、この盛り上がりにそう文句を言った。
「おや、知らないのかい。」
そう言った人は倒れたコアに翼を差し伸べた。
「あ、ありがとう。」
その翼を取り立ち上がる。
「…彼は、一体誰なの?」
コアはこの優しい人に聞いてみた。
「彼はイミテト様だ。この国を守ってくれている勇者だよ。」
「守る?何から?」
「君も見たことくらいはあるかもしれないが、この国の周りを飛び回っているあの竜からだよ。」
嘘でしょ…。
僕達あんなに苦労して追い返したのに、あの人1人でやったってこと!?
イミテトを見るコアの顔は尊敬と驚愕が混ざった表情になっていた。
「あはは。そんな顔になるのも無理はない。…本当に彼がちょうど良く現れてくれて良かった。でなきゃサピエンスは滅んでいたかもしれないからね。」
「ありがとう!」
「あなたが居てくれればこの国は安泰だ!」
「いやいや、そんなことは…。」
イミテトは人々の歓声を受け、頭を掻いて恥ずかしそうに答えた。
「おいおい。随分だな。未だに俺を殺せていないのに。」
と、今度はあのレスレク団のフードを被った男が現れた。
「今日こそは!この国を俺の竜で壊滅させてやる!!」
「また来たぞ!」
「だがまた彼がやってくれるさ!」
人々はイミテトを信じて逃げようともしない。
「お前。今日こそ決着を付けてやる。」
イミテトも刀の柄に手を掛けて、男を威嚇する。
「そうだな。イミテト。お前の死で決着が付く!」
フードの男は携帯を出し、ある音声を流し始めた。
それは弦が切れかかったバイオリンのような耳をつんざく音で、聞くに耐えなかった。
「この音は…まずい…。みんな!逃げろ!!竜が来る!」
コアは耳を疑った。
「あの竜がここに来るんですか!?」
「…ああ。だが大丈夫。イミテト様が撃ち倒してくれる。」
そう優しい人が言うように皆も思っているためにイミテトの言うことを聞かない。
「みんな!!あいつは他の竜も呼び寄せたんだ!!被害は考えられないくらいに大きくなる!!」
人々の顔から希望が消えていく。
「だから!!早く!この国から逃げろ!!」
「嘘だろ。」
「イミテト様がああ言うんだ。逃げるぞ!!」
イミテトを讃える人々は周りに呼びかけ、避難を促した。
「ほら!君も逃げるぞ!」
「でも、僕には仲間が…。」
優しい人はなら、とコアの手を引っ張り、
「仲間に伝えに行こう!」
そして数分も経たないうちにサピエンス国は大混乱に陥った。
何よりも信頼する勇者イミテトが逃げろと言い冷静でいられるはずがない。
「逃げろーー!!!!」
「竜が来る!!!何体ものな!!!!」
「助けてー!!!」
「お父さーん!!!」
阿鼻叫喚の元、サピエンス国は夕暮れを迎える。
その反対、妙であるが落ち着いている者もいた。
「大丈夫。勇者様が助けてくれる。」
アンバーは外の悲鳴を無視して、ひたすらにそう呟いた。
膝を抱え、机の下に潜り込んでいた。
アンバーが最後に見たページを出したままで。
そこにはこう書かれていた。
「40年前。魔王と取引した勇者がいた。その者の名は…」
アンバーがやったのか、それとも別の人物か。
取引をした勇者の名前は黒く塗りつぶされていた。
「やっとだ。やっとあの竜が活性化し出した!」
「お前、何言って…。」
サロスはソーフィエに会っていた。
こちらは興奮中。
しかし、意味が違う。
「これで、やっと終わる!!」
「何が…。」
「この国が、だ!!」
少し時間は遡り、サロスが国立研究所に着いた頃。
「覚悟しろよ。ソーフィエ。」
そう意気込んで、扉を開け、研究所の中へ進んでいく。
中は白いタイルと等間隔に置かれたライトが示す清潔感に満ちていた。研究所だからなのか少し不気味な雰囲気を感じる。
「まずはソーフィエを見つけないとな。」
サロスは独り言を呟くと、周囲の歩いている人に彼女の居場所を聞いた。
「すみません。」
「はい。」
「ソーフィエの居場所って知ってますか?」
「…!ご、ごめんなさい。今、忙しいので。」
なんと無理矢理、会話を途切られてしまった。
サロスは他の人にも聞いてみるが、
皆、ソーフィエの名前を出すとあれこれ理由を言って去ってしまう。
「何なんだ…。」
この国の人はみんなこんな感じで冷たいのか?
と冗談抜きで思ってしまう。
サロスは人に聞くことを止め、自力で探すことに。
その途中。
長い廊下に出た。
壁に写真が飾られており、その額縁の下に名前らしきものが彫られていた。
その写真は両方の壁に連なって飾られている。
この光景、すなわち圧巻で威圧感すらある。
それでもサロスはこの廊下を通らなければいけない気がしたために壁を眺めながら進んでいく。
写真が白黒からカラーに、画質も少しずつ良くなっていく。
すると、サロスは見たことのある顔をその中に見つけた。
足を止め、その写真を見る。
「この人って…あのおじいさんか…。」
そこには、ルナノクス国にてサロスに翠緑の石、緑色の継承などを教えてくれた本屋の店主である、オリバーの顔があった。
サロスは疑って、名札を確認すると、そこには、
「オリバー・ソーフィエ」
の文字があった。
「え!?これってどういう…!」
あいつと同名ってだけなのか?
いやでもオリバーさんは弟子がいたって…。
まさか、その弟子が…。
「お前さん。こんな所にいたのか。」
「うわっ!びっくりした。」
突然現れたのは、彼女、ソーフィエであった。
サロスの驚く様子を見て少々不敵な笑みを浮かべる。
「お前!なんでこんな所に!」
「ここは私の仕事場だぞ?居て当たり前だ。」
確かに…。
「それより、お前さんこそ、こんな所で何をしてる?」
「お前を探してたんだよ。周りの研究員に聞いたけどみんな去っていくから自力で…」
「まあ、だろうな。」
「…え?分かってたのか。」
「ひとまず、私の研究室に来てもらおうか。話はそれからだ。」
ソーフィエは両の翼をたたみ直しサロスの前を歩く。
数分の沈黙の後、ソーフィエは急に口を開いた。
「着いたぞ。」
サロスは目的地だと思われる部屋のドアを開ける。
「ここが、研究室…。」
入ると資料や本がそこらに落ちていて、加えて羽根も所々に散っている、綺麗とは言えない部屋が広がっていた。
「お前、これ、足の踏み場もないぞ。」
「別に構わない。飛べるからな。」
サロスはため息をつく。
物を退けて、椅子に座る。
「じゃあ、翠緑の石、返して貰おうか。」
サロスは右手を差し出し、ソーフィエに言った。
「…いやだ。」
「は?もう十分だろ。」
「あの手紙に書いてあったこと、本当に読んだのか。私はなにも石を返すとは言ってないぞ。」
「全く、じゃあどうすれば返してくれるんだ!」
「私はまだ恩を返してもらってない。この意味が分かるだろ?」
サロスは頭を掻いて、眉間を寄せて、嫌そうにこう言った。
「分かった。お前に礼をやる。俺のできる範囲ならな。」
ソーフィエは待ってましたと、ウキウキにサロスに告げた。
「なら、私をお前さん達の仲間に入れてくれ。」
「な、なんだって!?」
「私を魔王の元まで連れて行け。」
「何のために?」
「それは答えられない。お前さんが真実の過去を教えないように。」
「お前、分かってるんだよな。これは遊びじゃ…」
「ああ。分かっている。私だって遊びで勇者について研究しているわけじゃない。」
サロスはぐうの音も出なかった。
その時!
研究室が大きく揺れ出した。
資料という資料が棚から机から落ち、雪崩のようになっている。
「これ!どうなってるんだ!」
ソーフィエはサロスをそっちのけに窓を開け、外の声を聞く。
「竜が!!」
「みんな!!イミテト様が逃げろと言っている!!」
「あの竜が来る!!!!」
窓から、ゆっくりと顔を遠ざけ、ソーフィエは歯を見せて笑った。
「やっとだ。やっとあの竜が活性化し出した!」
「お前、何言って…。」
「これで、やっと終わる!!」
「何が…。」
「この国が、だ!!」
「は!!??お前!!正気を失ったのか!?」
「いや、私は至って正気さ。あの竜が覚醒したことでこの国の病は途絶える。」
「病…?」
「そうだ。私が作った魔粒子解析装置を使えば!…だが、使うにはその竜を倒さなければいけない。」
「あの竜を!?この国を飛び回っているあの竜をか!?」
「その通り。」
サロスは顔を青くして、驚愕している。
「ほら!行くぞ!剣の勇者!!」
ソーフィエはそんなサロスを連れて、竜の方へ飛んで向かった。
一方、コアは叫んでいた。
「サロスー!!アンバー!!どこにいるの!!」
「サロスさーん!!アンバーさーん!!」
優しい人も手伝っていた。
「ごめん。あなたも逃げないといけないのに。」
コアは2人が心配で仕方がなかったが申し訳ない気持ちもあった。
「大丈夫だよ。それに、私のことはスミルノフと読んでくれ。」
「ありがとう。スミルノフさん。」
2人はその後もサロスとアンバーを呼び続けた。
どこでか。
国立図書館の近くである。
コアの進言により、ソーフィエの家に向かい、あの手紙を見た2人は国立研究所に向かっていた。
そんな時、ある人影を窓の中に見た。
「アンバー!!」
コアは国立図書館の方に走って向かった。
スミルノフもコアに付いて行く。
人が混乱の中、波となり行手を阻む。
コアとスミルノフはそんな人混みを掻き分け、掻き分け、掻き分け、何とか図書館の中へ入ることが出来た。
本や何かの資料が床に散らばり、惨状と言わずにはいられない。
コアはアンバーを呼ぶ。
「アンバー!!どこにいるの!!」
スミルノフも呼びかける。
と、コアの肩を叩いて指を指した。
「あ!コア君!あれって!」
「はっ!アンバー!!」
言うまでもなく走り、駆け寄り、アンバーに抱きついた。
「良かった!!やっと見つけた!!」
しかし、アンバーは魂が抜けたように動かない。
「アンバー?」
コアが彼女の顔を見ると、目が虚ろになり、無表情である。
「早く逃げないと…。」
コアが体を揺らしても、反応がない。
そこでスミルノフが提案した。
「私が彼女を避難所まで運びます。コア君はサロスさんを探して下さい。」
「…ありがとう。」
スミルノフはその大きな翼を動かし、飛んでいった。
コアはアンバーを見送ると、アンバーが見ていたであろう本達に目が奪われた。
「40年前。魔王と取引した勇者がいた。その者の名は…」
「魔王と取引した勇者!?嘘でしょ…。」
コアは塗りつぶされた名前を手でなでる。
「…誰だ。そんな人、僕のあの本にも書いてなかった。」
その本を閉じ、傍に抱え、コアはサロスを探し始めた。
スミルノフはアンバーを背中に乗せ、上層雲、ヴェールフ・スロイにある最高避難所を目指す。
数分後、スミルノフはどうにか、避難所に到着。
しかし、やはりか避難所から人が溢れてしまっていた。
最高避難所であっても収容人数に限界がある。
「他の避難所はここよりも更に狭いんだ。ならどこに行けば。」
「こっちだ!!」
スミルノフはこの声に聞き覚えがあった。
「イミテト様!!」
「助けて下さい!!」
多くの人が彼に駆け寄った。
「この中に入れ!」
イミテトが出したのは、
「これはワープゲートだ!この先は地上と繋がっている!このゲートを通れ!!」
そうイミテトが言うと、そこにいた人全てがそのゲートの中へ入っていった。
もちろん、スミルノフもアンバーを連れて、そのゲートを通った。
「これで…助かった。」
スミルノフがそう呟いた。
ゲートに繋がっているのは…
一面の闇のみ。
その頃、サロスはソーフィエに連れられ、竜の方へ飛んでいた。
「サロス!!」
「ん!この声は!!」
「コア!!」
そう呼ばれたコアは声を辿り、空を見上げる。
「サロス!!??」
「ほら!ソーフィエ降りろ!!」
「は?嫌だ。」
「いいから!!」
サロスはソーフィエの髪を引っ張り、そう言った。
「いててて!!分かった分かったから!髪引っ張らないで!!」
そうして、地面に降り立つと、コアはサロスに抱きついた。
「良かった!!サロスもやっと見つけた!!」
「俺も会えて嬉しいよ。」
「あの、2人とも仲睦まじいのは分かったから、早く竜を倒しに行くよ。」
「へ?」
コアは耳を疑った。
「え?2人はあの竜を倒しに行こうとしてるの!?」
「いや、違う。こいつだけだ、やる気になってるのは。」
サロスが否定する。
「はぁ!?いいの?翠緑の石返さないよ?」
「それとこれとは別だろ!?」
「え!?ソーフィエさんが石を持ってたの!?」
「しっ!静かに!」
サロスが突然、そう言い、ソーフィエとコアを物陰に連れ込んだ。
「誰か来る。」
「誰もいないさ。みんな避難しただろうからな。」
ソーフィエが意見するが、サロスは見てみろと言わんばかりに目配せする。
コアもソーフィエに倣い壁から顔を覗かせると、そこには。
「「イミテト!」」
「ガハハっ!!やっぱり楽だな!勇者業というのは!」
「間違いない!!」
イミテトの隣にはなんと、あのレクレス団のフードの男も並び立っていた。
イミテトは家々から奪った金品を掴み取り、高らかに笑った。
「あいつら、お前が一度逃げろと言ったら何も疑わず命令を聞いたよな!」
「ああ!そうだった!そうだった!これが世界一の知識の国だとは名前負けも甚だしいな!!」
「あいつら、騙してたのか。」
コアはそう呟くと、サロスが聞いた。
「あいつらは誰だ。」
「この国で勇者だってみんなから讃えられてた人だよ。スミルノフさん、この国の人も彼がこの国を救ってくれたって言ってた。」
「…なるほどな。」
「ってことは、竜は現れないのか?」
ソーフィエは冷めた口調で言った。
「君はいいのか。あいつらに騙されてたのに。」
「私は最初から気付いていたさ。始めて現れた時から自分の口から竜を倒したと言っていたのだから信用に足る人物じゃない。」
サロスは呆気に取られていた。
「それより、お前さんの仲間、奴らの前に出て行ったぞ。」
「え!?」
サロスが急いで振り返ると、本だけが置かれていた。
「あいつっ!」
「おい!!お前ら!!」
コアはイミテトに向かって叫んだ。
「ん?なんだ?…ああ、あの時のガキか。」
イミテトは金銀を地面に落としながら、コアに歩いて近づいて来る。
「どうした。逃げ遅れたのか?俺が避難所まで連れてってやるよ。」
手を気怠そうに差し出す。
その手をコアは弾く。
「ふざけんな!お前は!勇者の名を汚したんだ!魔王を倒し、人を助ける、世界を救う勇者の名を!どの時代でも希望の光の勇者の名を!」
「ぷっははは!!そうか、そうか。勇者の名を汚したか。」
イミテトは腹を抱えて笑った。
その後、腰の刀を抜き地面に突き刺しコアに顔を近づけ、言った。
「勇者の名前なんて元から汚れてんだよ。」
嘲笑しながら続ける。
「勇者を信じる奴はこうやって馬鹿を見るのさ。金を奪われ、俺の腹を満たす。この世界、勇者なんていないんだよ。」
イミテトは刀を地面から抜き、コアに突きつける。
「じゃあ、まあ、俺達の商法も知られた訳だし、死んでくれ。」
「おい!あの石!返せ!」
「は?」
「コアが危ないだろ!早く!」
「なら、助けに行けばいいだろ。」
「こいつっ!」
イミテトが刀をコアの首に向かって振り下ろすと、コアが右手に電気を纏った。
「…!?」
コアはそのまま、イミテトに向かって電気を放った。
しかし、イミテトは電撃を避けた。
「あいつ…。」
コアは電気を解き、今度は炎を纏う。
右手を下ろし、その軌道に炎が残る。
「絶対に許さないっ。」
右手の炎が更に燃える。
「へぇ。あの子、やるじゃん。」
物陰から覗くソーフィエはそう言った。
「フエク。呼べ。」
「え?良いのかよ。折角の狩場だぜ?」
「あいつはやばい。出来るうちに対処する。俺が死んだら商売も成り立たないだろ。」
フエクと呼ばれたフードの男は嫌々携帯を付ける。
「分かったよ。」
フエクは携帯で音を鳴らした。
低くかつ深い音。
内臓が揺れる。
肺が絞まる。
心臓が早まる。
「おい!ガキ!そこら辺にしといて貰おうか。こいつと戦いたくなければなぁ!」
イミテトがそうコアに告げると、
大きな、空気が揺れるような、咆哮が近付いてくる。
「コア!!」
サロスがコアに近寄った。
「もう止めるんだ。あいつらのことは忘れろ。」
しかし、コアは聞く耳を持たない。
そして、少しずつ、少しずつ、翼の音が大きくなってくる。
「ほら!イミテト!逃げるぞ!」
「ああ。」
イミテトとフエクは持てるだけの金品を抱えて、その場から去った。
紅い巨体に一度翻せば家が吹き飛ぶ翼、振り下ろせば地面を抉る尾、何もかもを喰い裂く牙、狙った獲物を逃さない瞳孔。
目の前に現れたこの化け物が、最恐の魔物と称される竜、またの名をドラゴン、それである。
ドラゴンはコアとサロスに向かって炎を吐いた。
サロスはコアを抱え、攻撃を避けた。
「…っ!!熱っ!」
掠めただけなのに、体が焼け焦げそうなほどに熱い。
コアは、負けじと炎を竜に向かって放つ。
「はぁっー!!」
その威力でコア自身も後ろに下がってしまう。
「喰らえっ!!」
しかし、ドラゴンはその炎をもろともしない。
それどころか、翼を動かすことで風を起こし、コアとサロスを吹き飛ばした。
「「うわーー!!!」」
「まずい!このままじゃ地面にぶち当たる!」
サロスは剣を抜き構える…が、石が無く、魔法が使えない!
2人は家の屋根に落ち、崩した。
「っ…。」
ドラゴンは叫び、背中に生えたフジツボから魔粒子を噴出させた。
目に見えるほどの大量の魔粒子である。
「やばいっ!」
サロスはコアの鼻と口を押さえた。
「なにするの!」
サロスはそう言うコアを無視して、家から脱出する。
ドラゴンから距離を取り、体制を立て直す。
だが、ドラゴンが許すはずもなく、2人を襲う。
サロスも全力を尽くし、逃げるが、間に合わないと悟ったのか、コアを投げた。
サロスは剣をもう一度抜き、ドラゴンの牙を受けた。
「このっ!力はっ!!」
耐えきれず吹き飛ばされ、家に突っ込んだ。
「サロス!!」
ドラゴンが飛び風を起こしたお陰で魔粒子は消え、喋れるようになった。
コアはサロスを呼ぶが、意識は無い。
加えて、ドラゴンの羽ばたく音に咆哮で声がまともに聞こえない。
「この野郎っ!!」
コアは怒りに任せ電気をドラゴンに放った。
しかし、それでも効かない。
電気がドラゴンの鱗で掻き消されている。
「どうすれば…」
ドラゴンも攻撃されていることに気付きコアに標的を移す。
口を開け、コアを食おうと飛んでくる。
そこになんと、ソーフィエが現れ、コアの肩を足で掴み、攻撃を避けた。
「ありがとう!」
「別に。君に渡したい物があるからね!」
そう言うと、ソーフィエは近くの建物の屋根にコアを下ろし、ポケットからあの石を出した。
「これって、サロスの石でしょ?」
「ふっ。あいつの石じゃない。今は君が使うべき物だ。」
コアは渡された翠緑の石を握った。
「いいか。君に2種類の魔法を同時に使う方法を教える。あの竜を倒すには莫大な力で押すか、勇者の剣しかない。」
「でも…。てか…え!?」
コアは耳を疑っ…、以下同文。
「そんなこと出来るの!?」
「当たり前だ。君だって食べながら人と話せるだろ?」
「そうだけど…。」
「とにかく、感覚は同じだ。ただ源流を考えろ。電気と炎が自分の体のどこから流れてくるのか。」
どこからって言われても…。
とコアは思う。
と、その時、ドラゴンが2人を見つけた。
「よし、コア。私が君を運ぶ。君は2つの魔法を合わせてドラゴンに当てるんだ。」
ソーフィエはコアの返事を聞かずに、空を飛びコアの肩を掴んだ。
ドラゴンは叫びながら、2人を追いかける。
しかし、やはりドラゴンの空を駆ける速度は比にはならない。
ソーフィエも小回りの良さで建物を縫って対抗するが、体力が尽きるのは時間の問題。
「コア!頼んだぞ!」
そう頼まれたコアは未だ決心が付いていない。
この石を使うことの。
であるが、コア自身もやらなければいけないと分かっている。
サロスの居場所だって分かってないんだから。
コアは試しに、左手をドラゴンに向ける。
源流を意識する。
心の中で何度も唱え、左手に電気、炎を重ねて溜める。
だが…できない。
むしろ、どちらの魔法も出ない。
何回も試す。
電気を、炎を同じ手に溜める。
しかし、やればやるほど左手が魔粒子の循環で痛んでくる。
苦しい、苦しい、苦しい。
痛い、痛い、痛い。
もうやめたい。
「コア!諦めるな!君しかこの状況を変えられない!」
コアはその言葉を否定する。
僕だけな訳ない!
サロスは剣の勇者なんだから!
サロスならきっと…!
コアは魔法を使うことを諦め、サロスを探すことにした。
すると、土煙の中にサロスの姿を見た、コアはソーフィエの足を肩から外した。
「あ!ちょっと!コア!」
ソーフィエはドラゴンから逃げるのに手一杯でコアを拾うことが出来ない。
コアは炎を出し、地面に着陸。
倒れているサロスを揺すって起こす。
「…コア。」
「良かった無事で!」
「無事な訳あるか。」
サロスは息を切らしながら、コアの肩を借りる。
「痛いよね。でもごめん!あのドラゴンを倒して!!」
コアは手に持つ石をサロスの剣に戻した。
「は!?」
「サロス!お願い!!」
「なんで俺だけに頼るんだ?」
「あいつは勇者の剣じゃないと倒せないんだ!僕の魔法も効かないから。だから!お願い!!」
震える左手でサロスを立たせ、目を閉じ、ひたすらに頼んだ。
口に白い羽根と赤い血を付けたドラゴンが2人の元へ来る。
「勇者の剣でしか、倒せない。」
サロスはその言葉の意味が分かっていた。
鞘から剣を抜かなければいけないこと。
ドラゴンは一直線に向かってくる。
「やらないと。やらないとコアが死ぬ。」
サロスは剣を腰に構え、柄を掴む。
だが、抜けない。
右手が震える。
記憶が蘇る。
あの血を、あの顔を、あの恐怖を。
「…や、や、やら、ないと…」
サロスの声が途切れていく。
「サロス?」
コアが呼ぶが聞こえない。
サロスの息も上がっていく。
ドラゴンは迫ってきている。
それでも…サロスは剣が抜けない。
ドラゴンは牙で2人を喰い裂こうともう目と鼻の先。
口の影が2人を包んだ時。
見兼ねたコアはサロスを突き飛ばし、ドラゴンの攻撃を避けた。
そして、空高く舞い上がったドラゴンは再びこちらにやって来る。
コアは剣から石を取った。
すると石が光り出し、コアの目は赤と黄色に変わった。
「…力が湧いてくる。…魔法の源流を感じる。…体中を巡ってる。」
ドラゴンを狙い、左手をかざす。
そして、先程とはまるで異なり、いとも簡単に電気を纏い、炎を纏うことが出来た。
痛みも苦しさもない。
ただ、流れるままに力を行使する。
コアはその力をドラゴンに向け、撃ち放った。
電気の柱の周りを炎が渦巻くように纏いながら放たれたそれはドラゴンに大きなダメージを負わせた。
黒雲を立ち込ませ、空に向かって咆哮し、また飛んで行った。