9 使者
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
いつもの様に自宮の裏庭で食べられる物を収穫した後、図書館に向かっていた。遠くからマデリンの声が聞こえてきたのでサッと木陰に姿を隠してやり過ごす。なるべくならあの子には会いたくない。
この国は季節があるものの、温暖な気候だ。今は春で過ごしやすいので、ついでとばかりに少しここで休んで行くことにした。
暖かいそよ風が木の葉をそよそよと揺らし、午後のひとときをゆっくりと流れていった。
ふぅ、と一つため息をこぼす。なんだか疲れているみたいだ。
目を閉じていると色々な事が思い出される。
記憶が戻ってからだと四年近く、この身体は八歳になった。
毎日がむしゃらになんとかしようと藻掻いているけれど、大きな前進がなくて焦れったい。
どんなに努力しても私はこの後宮から、自力では出られないのだ。
向こうの国から使者が来た時だけがチャンスなのだけれど……他国が来るチャンスはあまりにも少ない。
ご機嫌伺いで来るような時は、私はそもそも呼ばれたりしない。
私が呼ばれるのは、嫁候補としての顔合わせみたいな時だ。
そんな時には第一王女は国内に留まることだけ決定しているので彼女は呼ばれもしないし、マデリンは煩いし……本当に最悪だ。
現在、嫁に行けそうなのは第二王女と私とマデリンだけだ。
婿なのか嫁扱いなのかは不明だが、第二、第四王子もいる。めっちゃくちゃ怯えてる時があるのは、嫁と見做されているからなのか?
当初、逃亡先候補の一つでもあった砂漠の国のハーレムは男性の妃もいるらしく、第四王子も狙われていそうだった。第四王子のギフトは『夢をのぞける』というものだ。
面白そうだって、手を撫でられてた。ちなみに第四王子は一つ下の七歳だ。
七歳に対して気持ち悪い王様だった。成長によっては、本当に選ばれてしまいそうなので、好みから外れて成長して欲しい。いや、ここの王族は全員が金髪で色白で線が細い美形という共通点があるので……逃げられないかもしれない。
私の事もマデリンの事も気に入った様子で、今後の成長と交渉次第では危ない。砂漠の国は早々に候補から外していて良かった。
この前の使者は本当に気持ちの悪い人だった。
この国の成人前後である十五歳前後まであと七年……早くなんとかしなくてはと気持ちばかりが焦ってしまう。
ちなみに第三王子と第五王女と第六王女はギフトがなかったので、彼らは本人希望で国内の実家に戻り暮らしているらしい。
あと二人最近王女が生まれたが、ギフトの儀式を受けていないので、まだ嫁にはなれない。
遠くから笑い声が聞こえてくる。
身を屈めて耳を澄ますと、どうやら洗濯籠を持ったメイド達のようだ。
「え〜今度のお客様はバルバドスなの?残念〜」
「ね〜逆に見初められちゃったら嫌だから、適当でいいわよね」
「キャハハ〜そうよね」
隠れている木陰で、声が漏れてしまわない様に必死で口を両手で押さえる。
そうしなければ声が出てしまいそうだった。
胸がドキドキする。
とうとう……とうとうチャンスがきた。転げる様に木陰から飛び出し走って自分の離宮に帰った。
調べるとバルバドス国から、食料支援のお願いに来週には使者がくるという。
これは私にとっては本当にチャンスだ。ここを逃す事は出来ない。
考えろ、考えろ。
私は必死でバルバドスにとって私の有用性をアピール出来る様にまとめた。万が一紙に書いて読まれたりしたら大変だ。
この国から出られない事だけは、絶対に避けたい。
だから、ちゃんと話せる様に……説明出来る様に、分かりやすい様にと何度も心のなかで繰り返し練習した。
でも一生懸命になりすぎたのだろう、バルバドスからの使者が明日到着するという夜……久しぶりに毒を飲まされていた。
使者の方に集中しすぎてしまった。注意力が足りなかった。
油断してた……ああ……本当に…………反省すべき所がたくさんある。
どこで飲んだのだろう、飲水か食べ物か……もうそんな事どうでもいい。
高熱で意識が朦朧とする。
痛くて苦しい。
喉も腫れて声がでない…………悔しい……悔しい悔しい悔しい悔しい。
どうして今なの。
なんでこんな事するの。
私が何をしたっていうの。
身体がいう事をきかなくて、悔しくて、苦しくって……
今まで我慢していた涙が一気に溢れて、耐えられなかった。
どれだけ泣いても、私は絶対に負けたくなんかない。
絶対幸せになってやるんだからと……朦朧とする意識の中でうわ言の様に呟いていた。
明日せめて、姿だけでも見にいこう。
だって砂漠の国の王族みたいに、相容れない人間性の可能性もある。
とりあえず、一目使者の人を見たら部屋に戻ろう。数日は滞在するであろうから、明日か明後日には動けるようになるかもしれない。
もしかしたら、すぐに交渉決裂して帰国してしまうかもしれない。出来れば……いや、絶対に一度は接触を図りたい。
もしバルバドス国がダメなら、他の国や違う方法を考え無くてはいけないのだから。
数時間か数分の短い時間、寝たり起きたりを繰り返しているうちに、気がつくと陽が高くなっていた。
まだ高熱が続いているようだ。身体が重い。節々が痛くて一歩がとてつもなく重いけれど、私は這うように部屋から出た。王宮の入口付近に着いたが、接触したのを見られる訳にはいかないと、近くの茂みに身を隠す。
ザワザワと、あちらこちらから声が聞こえる。
漏れ聞こえる話では、まだ使節団は到着したばかりで、謁見は数日先になるらしい。
……良かった。
その話を聞いた途端に安心したせいか、ガクンと力が抜けてしまった。
はぁ、と口からこぼれる息すらも熱くて苦しい。せめてこっそりと使者の顔を見たい……と思うのに、もう身体が全然言うことを聞いてくれない。
一瞬茂みの中で、意識が途切れてしまっていた。
もう声は何も聞こえず、近くに誰も人が居なくなってしまった様だ。
ノロノロと身体を起こし、立ち上がる。一歩を踏み出そうとしたのは、客人用の離宮に向かいたかったのか、自分の離宮に戻りたかったのか……もう、意識はあるようでなかったのかもしれない。
その後また力尽きていた様で、誰かの呼んでいる声が聞こえた。
私に声をかけてくれるなんて……誰だろう。ホワっと温かい、何かが触れた。
温かいと感じたと同時に、ずいぶん身体が軽くなった気がした。
がんばって目を開けると、こちらを覗き込む綺麗な顔をした人が見えた。
そして、綺麗な……まるでルビーの様な美しい瞳が心配そうにこちらを見ている。
──きれいな瞳。
私の心配してくれるの?
嬉しい。ここで、この王宮で純粋に私の心配をしてくれる人なんて乳母以外いなかった。
その気持ちも、この感覚も温かくて気持ちがいい。
そう思った瞬間に抱きあげてくれた強い腕の感触と、懐かしい漆黒の髪、そして心配気な瞳が潤んで見えた──気がした。