夜会にて
あの人達の話の内容は衝撃的だった。
それを一緒に聞いていた隣のトラビス様は、鬼の様な形相になっていた。
それなのに無理やり笑顔で堪えて「さあ女神様、お部屋に行きましょう」と流したのだ。
……あんな表情にも関わらず止めない事から……もしかしたらバルバドス国ではそう認識されているのではないかと気づいた。
いや……もしかしたら、この世界中なのかも……。
そう……そう考えると、辻褄が合う出来事がいくつもあった。
例えば、あんなに領主達の顔色が悪かったこと。
誰も、話しかけて来たりしないこと。
それに、キュプラにお迎えに来てくれた時の王族の反応もそうだ。
王族だからかな? とか思っていたけど……そっか。
だから、私がいきなり結婚を申し込んだのにも関わらず了承してくれたのも……おそらく同じ理由なんだろう。
もちろんあの時はそうでも、今は手紙のやりとりからもこの数カ月のことも、ソレだけではないはずだから、大丈夫。
うん。今は……それだけじゃない、はず。だから大丈夫。…………大丈夫。
ううん。大丈夫とも違うか。
例えソレが理由であっても、私の事を好きになって貰えればいいだけだ!
きっかけと、その後の関係は別だもん。
私だけが、彼の容姿を素敵だと思っていたなんて……あんなにイケメンだから、本当に気がつかなかった。
逆に考えると、私には大きなチャンスだった。アレックス様の気持ちを考えると、そんな風に言ってはいけないって思うけど、でもそう思わないと誰も報われない。
そう。間違いは正される。そういう事ね。
そうなのね……私が正せる。
他国の使者がいなくて、バルバドス国内の有力貴族が集まる、この婚約披露の夜会は……これを知らしめる良い機会だわ。
着替える最中に、思わず握りこぶしを握っているとポーラが首をかしげていた。
ポーラ見ていて! 私はきっとやり遂げてみせるわ!
バルバドス神も正せると言ってくれているんだもん。きっと出来る!
今後の事をウンウン考えているうちに、あっという間に時間が過ぎていた。
いつの間にか私の支度も出来上がっていて、完璧な装いだ。キュプラ式の形の薄い絹に、レースや宝石がたくさん縫い付けられた美しいドレス。
黒い薄絹は私の白い肌に、思いのほか映えて大人っぽくみせてくれる。首元や耳を飾るのは大小様々な大きさのルビー。
完璧にアレックス様の色だ。
なんか……意外と大人っぽく見えていいかも。これなら来年の成人後の結婚式には、なんとかなるかも。
そうやって鏡の前で確認していると、アレックス様がお迎えに来てくれた。
「フローラ……とてもよく似合っている」
「あ、ありがとうございます」
真っ赤なお顔で褒められると、私まで恥ずかしい。だって、完璧にアレックス様のお色だもん。
「披露の夜会は多くの貴族が参加するから、気をつけてくれ。なるべく俺の側を離れないで……後……色々と煩わしい事もあるかもしれないが……なるべく対処するから」
「アレックス様! 私も王族ですよ? 色んな人達がいる夜会なんて、慣れっこです!」
「そうか」
「はい! 花しか咲かせない姫なので、なんて言われても平気です!」
「いや……フローラじゃなくて……」
「大丈夫ですからね!」
アレックス様の言いたい事はわかってる。でも、あえて知らんぷりしていく。私は絶対に、この認識を正してみせるわ!
夜会には、バルバドス国内のほとんどの貴族が参加しているとの事だった。いつも参加しない貴族も、次期国王の婚約式ともなると来ているらしい。
全ての参加者が入場し、最後に王族が入る。
声高らかにバルバドス王族と私の名が呼ばれ順番に入場していく。私達は会場の二階部分である、大階段の上に出た。
さすがに軍事国家だと思える程に、全員が綺麗な礼をとっている。
「面をあげよ」
王の言葉で一様に顔をあげて立つ。やはりキュプラの夜会とはかなり雰囲気が違う。夜会でも軍隊の様だ。
「今日は王太子アレクサンダーとフローラの婚約式が恙無く執り行われた。バルバドス神より、いまだかつてない程の祝福をここにいる者達も聞いたと思う。大いなる祝福をもたらさん二人の門出を、今宵は皆も祝福し楽しんでくれ」
大きな拍手と歓声の後、アレックス様にエスコートされ大階段を降りていく。
なるべく美しく見える様に、誰からも次期王妃にふさわしく見える様に精一杯の自分で歩く。
アレックス様がキュッとエスコートする手を握りしめてくるので、そっと握りかえす。
見上げると嬉しそうに微笑んでくれる。この日を迎えられたことが嬉しくて元々笑顔になってしまうけど、それ以上にアレックス様かっこいいので頬が赤くなってしまっているだろう。
私のしあわせなこの気持ちが、みんなに伝わればいい。本当は立派な王妃様になれそうとか思われたいけど、今はアレックス様と婚約出来て嬉しいのだと伝わればいい。
ホールの真ん中に進むと、お互いに向かい合い一礼する。そして、音楽とともにファーストダンスを踊る。
練習の成果が出て、息はピッタリだ。このキュプラ式の軽いドレスがダンスに合わせてヒラリヒラリと舞う。
誰も彼も私達に注目しているのに、今、私達はまるで二人きりの様に感じる。アレックス様と踊るダンスは特別楽しい。まるで羽がはえたかのよう。
くるくると踊り続け、ああ、もうダンスが終わってしまうという所でアレックス様がニッと笑って、ふわっと私を高くリフトした。
驚いたけれど、最高に楽しい!
音楽とともに着地すると、それに遅れてふんわりとドレスも着地した。
二人で寄り添って礼をとれば、大きな拍手で迎えられた。
そこからダンスが始まり、私達は降りてきた王族に合流した。
「フローラ! 可愛いかったよ! 本当に天使の様だった!」
「とっても素敵でしたよ」
満面の笑みで駆け寄るオリビア様と王妃様は、私と色違いのキュプラ式のドレスだ。
周囲がドレスについて聞きたそうにしているので、王妃様がまとめて相手にしてくれている。
耳元でオリビア様が「今後、このドレスが流行りそうだな。コルセットもないから着るのが楽で私は好きだ」と笑う。
「さあ、アレックスが片付いたし、王位継承も問題ないからな! 私も恋人と踊ってこよう!」
そう言って笑いながら会場に消えた。アレックス様も兄弟も「あいつ、相手がいたのか?」と、ポカンとしている。
「はぁ、相手がいないのは俺達だけだな」
「本当ですね。じゃあ、どっちが先に相手が見つかるか競争しますか? 兄様」
「何? いい度胸だな」
二人ともじゃれ合いながら、ダンスの輪に向う。
王様と王妃様と一緒に、私達はきちんとした挨拶を本日は数組だけ受ける事になっていた。
数が多すぎるので辺境や遠くの有力貴族が、本日の夜会中に挨拶を受ける予定となっていた。
他の人達はまた別の日に予定が組まれている。
今日一日では、きちんとした挨拶が出来ないとの事で、今後一年かけて会って行くらしい。
風習が違って面白い。
キュプラだと、軽く全員と挨拶だけをサラリとするのだが……バルバドスはきちんと挨拶していくので、申し込みの中から予定が組まれていた。
本日予定していた人達と挨拶が終わると、王と王妃がダンスに加わるラストダンスまで自由となる。
夜会はラストダンスが終わると、会は自体は続くが一応は閉会となるのだ。
まだ少し時間があったので、アレックス様とスローなダンスを楽しんだ。
挨拶を受けて緊張した身体がほぐれた気がする。
「フローラ疲れただろう? 少し休憩しよう」
そう言ってバルコニーへ入り、長椅子に腰掛ける。アレックス様は飲み物やつまめるものを取りに行った。
ふう、とひと息ついていると……やはり遠くで、アレックス様を見て噂をしている者達が目につく。
やはり「怪物だ」「魔物だ」「恐ろしい」そう言った単語が多い。
悔しい。……くやしいのだ。アレックス様の事を誤解して、遠巻きにして、恐れて、彼を孤立させる。そんな理不尽。
きっとお祖父様もだわ。ここで、断ち切りたい。
笑顔で飲み物を渡してくれるアレックス様に、心の中で私に任せて!と訴える。
うん。全然通じてないけど、微笑み返してくれたからいいわ。
会場の調べが変わるのが聞こえる。
「フローラ、ラストダンスだ。行こう」
「はい」
うん。ここからが本番よ。
王様と王妃様のダンスが優雅に終わり、閉幕を告げる。最後に今日の主役である私の一言をと王様から言われた。
「本日は我らの為にありがとう。これからは夫婦となって、バルバドスの為に力を尽くす事を誓おう」
まずはアレックス様が感謝の言葉を伝えてくれる。緊張でドキドキする。さあ、フローラと優しく手をとってくれる。
「皆様、本日は素敵なお祝いをありがとうございました。私はキュプラ王族として、キュプラの女神の祝福を受けて育ちました。今日、新たにバルバドスの神に大いなる祝福を受け、気持ちを新たにバルバドスの為にありたいと思います」
ここで一つ息を吐いて、小さな花をそこかしこに咲かせる。会場で、わぁと小さな感嘆の声があがる。
「キュプラ神の祝福はとても強いと思っておりましたが、バルバドス神の祝福もとても強いので驚きましたわ」
すると二階席からお祖父様が声をあげる。
「そう思うか?」
「はい。だって、そうじゃありません? キュプラ神よりもわかりやすいです!」
お祖父様にも、みんなにも聞こえる様に、はしゃいだような大きな声で言う。
「フローラ、何を?」
「え? アレックス様?
だって、アレックス様もお祖父様も……バルバドス神にそっくりですものね!!」
会場は、物音一つしない。私はあえて空気を読まずに話し続ける。
「キュプラ女神は自分の子孫の一部にギフトをくださいます。そして、国土を護ってくれていますでしょ? ただ、バルバドス神は各世代に自身の加護を一人に全振りさせてくださるのですよね! そして、その一人がわかりやすい様にバルバドス神と近いお色をしている!!」
さあ、これが証拠とばかりに笑顔で宣言する。
「だからこそ、その人が国王になると決められているのでしょう?」
「……」
「私もお優しいアレックス様を愛しておりますが……寵愛を競うのがバルバドス神様だなんて……勝てませんわ! いえ、いつか勝ってみせますね!」
会場は混乱のまま閉会となった。
一緒にこのお話を楽しんでくださった皆様、ありがとうございます!
明日のエピローグで終わります!最後までお付き合いくださると嬉しいです(*´ω`*)




