王の伴侶 Sideアレックス
「黙れ」
これ以外にフローラへ影響が及ばない魔法を思いつかなかったため、いままで使う事がほとんどなかった……いや、使う事を避けていた……闇魔法を使い女を締め上げる。
精神を闇魔法に囚われ、壊れたブリキの様に「ギギッ」と変な声を漏らしながら硬直し泡を吹く。
女の意識下に影響するこの闇魔法の中で、死よりも苦しむ事になるだろう。
闇魔法に囚われ顔色を無くした女を無視して、フローラを抱きとめる。倒れ込んだフローラは一度俺を見てから、安心した様に眠りに落ちた。
あの女にひきずられたのか、顔やあちこちに擦り傷が出来ていた。抱き寄せた肩も熱を持ち腫れてしまっている気がする。
「この女は半日は闇に囚えたままとする。そう簡単には楽にはさせない……尋問はトラビスに任せる。フローラが目覚めるまでに、この女から吐かせておけ。私は一度、部屋に戻る」
「はっ!」
後ろから追いついたトラビスにそれだけ告げて、フローラを抱きあげて部屋へと移動した。俺はフローラをこんな目に遭わせたこの女を決して楽に死なせはしない。
たとえそれが普通の黒魔法と違い、魔の物を思わせ全ての人から嫌悪される闇魔法を使ったとしても……俺から彼女を奪おうとする者を、彼女の意思を無視する者を許すことはない。
足早に部屋に戻ると、静かにベッドに彼女を寝かせた。最初に確認出来た以上の怪我は、ないようだ。よかった……ようやく小さく息がつける。
眠る彼女のその小さな手を、そっと握りしめ回復魔法をかける。
早く目を開けて欲しい。そしてその澄んだ瞳で──決して俺を恐ろしい者だと、怪物や魔物の類だと、一欠片も疑っていないその瞳で、見て欲しい。
もうフローラがいない世界では生きられないんだ。俺を普通の人として、普通の男として見てくれるフローラなしの世界なんて耐えられないんだ。
回復魔法をかけたので、傷も腫れも消えた。フローラの静かな呼吸の音と、わずかに上下する胸元が、彼女が生きてここにいてくれると教えてくれる。
彼女が消えたと気付いた瞬間の、あの焦燥。
呼吸が止まり、全ての音が消えた。
ああ、彼女はこんなにも俺の一部に……いや全てになったんだな。
「フローラ……早く目を開けてくれ」
小さな声で、祈る様に願う。
目覚めるまで、たぶん数時間だっただろうが……永遠の様に感じた。
フローラのまぶたが小さく瞬き、ゆっくりと開いてから、こちらを見る。
数回瞬きをしてから「アレックス様……」とにっこり微笑んだ。
「フローラ、よかった……」
起き上がろうとするのを「そのままでいて」と制止しその表情を観察する。無理はさせられない。
とりあえず、今のところなんともなさそうで安心した。
「どこか痛むところは? 気分が悪いとかもない?」
「…………はい」
フローラは、身体の状態を少し確認してから、微笑んだ。
「ふふふ、なんだか……懐かしいですね」
「懐かしい?」
「私達が初めて会った時も、こんな感じでした」
ああ、確かにストレス発散目的の嫌がらせで、キュプラ後宮で毒を盛られていたあの時か……。
「私、アレックス様に助けて貰ってばっかり……」
「それは違う。私がどれだけフローラに助けられているか……私の方がフローラに助けられてる」
「そんな訳ないです。ギフトの事があっても…………」
「いや、ギフトは国としてはとても助かるが、それはフローラ個人に助けられているのとは、また別の話だろう?」
「え?」
「ん?」
お互いに何か、意見が食い違っているとはわかったが……何がおかしいんだ?
「えっと? なんでこんな事になってるんだ? 何と説明すればいいのかわからないが……ギフトは関係ない。あーそうだな、例えばフローラにギフトがなくても、俺はフローラを迎えに行ったし、フローラに助けられてる…………通じたか?」
「私に……ギフトが、なくても……?」
なんだかフローラが呆然としてしまった……何だ? 何か間違えたかと、気持ちが焦る。なんだ、何をすれ違っているんだ??
「ギフトがなくても……いい…………それでも、私を……?」
独り言だろう、わかっていてその問いに勝手に答える。両手を握りしめ、俺に意識を向けて欲しいという、子供じみた独占欲だ。
「いい。フローラがフローラであるだけで、俺のそばで笑っていてくれたら、それでいい。いつまでも待つから」
「私……でいい……」
「違う。フローラがいい」
まだ、来年とはいえ成人前のフローラに、ここまでの気持ちを伝えるつもりはなかったが、何やら微妙なすれ違いがありそうなのできちんと伝えておきたい。
「アレックス様……私、嬉しい」
そう言って静かに涙を零しながら、微笑む。この子は時折、こうした大人びた表情をする。
「まだ疲れているだろ? 結界を張っているからもう少し休んでくれ」
いつまでもフローラの側にいたいが……そう、まだやる事が残っている。精神的にも疲れたのだろう。フローラはすぐに眠りについた。彼女が眠ったのを確認した後、部屋には強固な結界を張り巡らせてから部屋を出た。
「首尾は?」
「指示通りに。今はまた闇魔法の中に戻しています。良い報告としては単独犯で、自分の利益を優先させるために他に情報を漏らしていない様です」
チラリと女に目をやる。闇魔法に囚われ、全身が硬直し苦悶の表情を浮かべている。
「単独犯か……」
「はい。もともと、隣国にトルバの情報を売ったりしている情報屋です。普段はトルバで暮らしていて、ここ一月の結界作業や護衛に何かあると思い調べていた様ですね」
「そして、フローラに気がついたと……」
「ですが、姫様の本当の価値には気がついていない様です。ギフトの力を他国に売ろうとしていた様です。愚かですね……」
「ギフトか……」
「そう、姫様の真の価値は、我が主の伴侶という点です! ギフトや竜と話せる、心優しいなどは女神だからであって、女神に付随しているだけなのですから!!」
「そうだな」
確かにそうだ。
「他に情報が漏れていないならいい。後の処理は任せた。そうだな……結界と護衛の動きで他の侵入者達に勘付かれていると見た方がよさそうたな……そちらは…今晩中に俺が調べておく」
さて、今夜は長そうだ。




