復興と希望と月明かり
一面の焼け野原だったブロンディールの街周辺も、半月もすると目に入るのは一面の麦畑だ。
焼けた黒い煤ばかりだった野原が、今や収穫も近い穂が膨らんだ緑の麦畑になっている。
もう後一ヶ月程もすれば、収穫となるだろう。
風に揺れる麦畑を見ているだけで嬉しくなる。
魔法で一緒に麦を育ててくれている魔術師さん達以外にも軍の非番の人や、街の人達が総出で手伝いにきてくれる様になっていた。
街に着いた時に疲れ切って見えた街の人達も皆、希望を持って畑仕事に勤しんでくれている。
あれから、いくつか麦畑を作ってみたけれど、やはりすぐに食べるものも必要だと思った。だからその次の日は、オクラをできるだけ多くの畑で咲かせた。
それからは、また麦に集中して咲かせているが三日後には、街の人達も派遣された人達もみんなでオクラを収穫しオクラパーティーをした。
近くの森にちょうど出没した鳥型の魔獣を狩って来てくれていたので、焼き鳥の様にしたものも出て豪華な決起会となった。
「さあ、姫様と麦畑にカンパイだー」
あちらこちらで、この様な号令で乾杯をあげてはみんなが笑顔でお酒を飲み、オクラを始めとする料理を食べている。これには大人も子供も、ここに住む全員が参加している。
街の奥様方がみんなでワイワイ料理を作ってくれてあったので、私は作るのに参加しなかった。
ちなみに料理の指導もトラビス様がしていた。トラビス様はものすごく有能だし、たまに「トラビス様って何人かいるんじゃないの?」という働きをしている。
なので今回の私は、楽しくオクラを食べたり、焼き鳥を食べたりしながらの参加となった。
楽しそうな周りを見ていると、小さな男の子と女の子の兄妹が近寄ってきた。お口の周りや両手に、たくさんの油をベチャベチャにつけたまま、目をキラキラと輝かせている。
「姫様のオクラとオニク美味しい〜」
「おいしー」
にぱっと笑う二人に、思わず笑みがこぼれる。なんて可愛いんだろう。
「姫様〜ありがとうございます」
「あいあとー」
可愛いさが爆発してる。椅子から降りて二人に目線を合わせて頭をなでる。
「良かった。たくさん食べてね」
二人はきゃ~と笑いながら私に抱きついてきた。可愛い二人からの抱擁に私も嬉しい気持ちで抱きしめ返した。
すると、向こうから青ざめた様子の女性が駆けてきた。お母さんかな?
「ひっ……姫様、申し訳ございません。あぁ……お洋服が……」
跪こうとするお母さんを制止する。子供達も不安で泣き出しそうに見えた。周囲もシーンとして、一気に緊張感に包まれる。
「さっきまで畑にいたのよ? 気にしないでね。みんなが喜んでくれてるって、二人が教えに来てくれたのよ。ね〜」
二人に笑いかけると、お母さんと私を交互に見ながら、うんうんと頷く。
「だから、とっても嬉しいの。教えてくれてありがとう。また、何かあったら教えてね」
「うん。姫様に一番に教えるね」
「おちえるー」
「ありがとう〜」
ふふふ、とみんなで笑って「さぁ、今日はたくさん食べて、また明日から頑張らなきゃね」とまた杯を持ち上げた。
すると周囲もまた乾杯を始めて、飲んだり食べたりし始める。
良かった。王族相手だと、緊張してしまうわよね。国によっては不敬罪とか言われてしまうもんね。
そう思って、ホッとしていると近くにいた若い夫婦がオズオズと話しかけてきた。
「あの、姫様……」
近くに座るアレックス様とトラビス様が俄に緊張したのがわかる。
「こんな機会が二度とないかもしれないので、話しかけてしまう、あの、ご無礼を、その……お許し、ください」
二人ともとても緊張しているらしく顔色もかなり悪い。大丈夫かしら。
ちらりとアレックス様を見ると頷いてくれたので、二人に向きあう。
「あの、オレ……いや、私達はこの街に生まれた時から住んでいるんです。もう、ダメだと思って移住も考えていて……なぁ」
「そうなんです! でも、私も夫も生まれ育ったこの街を捨てられなくて、けれどまた魔獣にやられての繰り返しで……国から軍も派遣して頂いてとても感謝しているんですが……生活はどんどん立ち行かなくて……もう、絶望しかなくて」
「せっかく植えた作物も、次の年にはまた荒らされ、焼き尽くされてしまって……本当に絶望しかなかったんだ……です。でも、国から魔法師団や軍が派遣されて、かすかに希望も見えて…………けど、この何年も同じ事の繰り返しで、あの荒れた、焼けた土地を耕しても、もうどうにもならないんじゃないかって……」
「冬の間に、食べるものもどんどん無くなっていって……春になって……荒地を前に、みんな言わないけど、もう無理かもって絶望してたんです。だから、こんな……またこんな……景色がここで見られるなんて……うぅ」
「本当に感謝しても、し足りないって言うか……姫様と殿下達に、あの、本当にありがてぇって……」
この二人もさっきの子供達も、一生懸命に伝えに来てくれた気持ちがとても嬉しい。私もここで役に立てているのが実感できるから。
「こちらこそ、ありがとう」
二人にお礼を言うと、後ろから私も私もと、色んな人が声をあげてくれた。
「姫様のおかげで希望が見えた」
「殿下のおかげで、命が助かったんです!」
「国が軍を派遣してくれて、安心しております」
「まさか魔法師団が結界までしてくれるなんてと、感激です」
「派遣の人達がきてくれたおかげで、街の経済もまわっています」
「そうです! 家の姉も軍の官舎で洗濯係として働かせて貰っていますし」
などなど、みんな一斉に話し始めた。あまりに一斉に話されて聞き取れないのもあったけど……みんなが生き生きとしていて、私も嬉しい。
アレックス様は、最初は驚いてポカンとしていたが、ハハハと笑いだす。つられて私も笑うと、みんなで笑ってしまい……いつの間にか宴会会場の全てで笑いの渦が起きていた。
ある程度の時間になると、トラビス様が時間を告げる。アレックス様がみんなは楽しく続けてくれと挨拶して、私と一緒に退席した。
まだ遠くから、みんなが笑ったり、また乾杯したりする声が聞こえる。
月明かりの中、泊まっている屋敷まで二人で歩く。
「……いい夜だな」
「はい」
「……あんな風に、みんなで飲めるなんて思わなかったよ。俺は、怖がられてるから」
小さなため息ともに、酔って溢れるアレックス様の小さな言葉。前を向くアレックス様の表情は見えない。
「王族と関わる事が少ないとしょうがない事ですよね。でも、今日はみんなと近づけましたね」
「あぁ、フローラのおかげだ」
「ええ!? アレックス様が討伐して、その後の支援もしてたからです!」
そうしてお互いに、お互いのおかげだと言い合って……アレックス様はまた笑いだした。ひととおり笑い終わった頃に、滞在している屋敷前に着いた。
「こんな気持ちになれるなんて思わなかった。フローラありがとう……その、抱きしめても?」
急にどうしたのかとも思うけど、そんなのご褒美でしかない。恥ずかしいけど、嬉しくて頷けば、アレックス様はそっと抱きしめてくれた。
そんなにそっとじゃなくても、壊れたりしないのにと思う程に、優しくそっと包みこんでくれる。
私も、ぎゅっと抱きしめ返すとギシッとアレックス様の体が固まった。
え? そんなに? と思う程にガチガチに固まったアレックス様が可笑しくて、また小さく笑う。
はぁ、とため息を溢すアレックス様を抱きしめたまま見上げると、月夜でも赤いお顔を片手で隠して上を向いていた。
その真っ赤なお顔が嬉しくて、恥ずかしくて、私もまた下を向く。
地面には、二つの月影がしばらくの間一つのままだった。
村人A「なーなー、以前の殿下は遠くから見ても震える程に怖かったけど、そんな事ないな」
村人B「だよな! 俺もそう思った」
村娘A「それはきっと姫様の愛よね」
村娘B「きゃ~私もそう思うわぁ〜」
トラビス「……(私もそう思う)」




